5.母帰宅 → 寝る

「ただいまー」

お母さんが帰ってきた。

あれ? 早くね?

明日休みだから飲むぞーって言ってなかったっけ?

仏壇に手を合わせる母。

独特の空気感。

——お父さんと会話してる?

夫って、なんなんだろう。

私にとっては未知の存在。

付き合って三か月が最長だわ。あたしww

それが一生とか、ずっと一緒とか。意味わかんない。

……でも、大事な思い出だから、笑って流すだけじゃダメなんだ。

お父さんはいなくなった。

あたしにとっては父だけど、お母さんにとっては夫。

親子って何だろう。

男女って何だろう。

愛って何だろう。

「……今日、早いじゃん」

澄んだ鐘の音が消えるのを待って、声かけた。

「……あんたのLINE見たら、お父さん思い出しちゃって」

心臓ぎゅん。

息止まった。

しくじった。

まちがった。あたしまちがった。

言葉選びを間違った。

ガチミスった。

「楽しんで」って送ればよかったのに。

なんで「御無事で」とか言っちゃったんやろ。

えぐい。

喉の奥、ぎゅってなる。

もう、だめ。

……ぐちゃぐちゃなまま考えて、最後に思うのはひとつ。


——早く帰ってこなくていい。

——無事でいてくれれば、それでいい。


だって、お母さんの誕生日に「早く帰ろうとして」、お父さんは「死んだ」から。

お母さんを、お父さんと、あたしのいる≪世界≫に引き戻しちゃった。

感情ぐじゅぐじゅ。

呼吸ができない。

余裕がない。

ガチで。

「なに泣いてるの」

言われてはじめて気づいた。

鼻水ダダモレ。

体も、感情も、全部ぐじゅぐじゅ。

ガチで余裕ない。

「お母さん……」

声にならない声。

お母さん、少し困った顔して、

「……ココア入れよっか」

って言った。

二人でキッチンに行って、

マグカップにココア入れて、牛乳あっためて。

湯気がもわっと立つの、なんか救われる。

「ほら、あんたの好きな甘め」

「ありがと」

熱いココアすすって、鼻の奥ツンってした。

甘いのに、しょっぱい。

お母さんも何も言わずに、一緒に飲んでた。

そのあと久々に、お父さんの思い出話を母とした。

小一時間しゃべって、母が大あくび。

「明日もあるんだから、おやすみ」

「うん。おやすみ」

ベッドにドサッてわざと音立てて倒れ込む。

明日もまた同じ日が来るんだろなーって思う。

幸せとか、来ない。……それはもう分かってる。

でもさ、「明日こそ来る」って信じて寝るのが正解なんかな。

布団ひんやりで背中ちょい冷たくて、あー気持ちいいってうっとりする。

「幸せは一晩遅れてやってくる」って言葉、ふと思い出した。

待って、待って、待って——もう限界で家飛び出したら、

次の日に最高の幸せが届いてた——でも、もう遅かった、みたいな。

「幸せは一晩遅れてやってくる」

自然と、つぶやいた。

幸せは——さっきスワイプした動画みたいに消えて、戻ってはこない。

……お姉ちゃんは、幸せ、保存できたかな。

ラグい。

眠い。

眠りに落ちる瞬間って、なんか変な感じ。

スマホの電源を落とすみたいに、意識がだんだん薄れていくんだけど、突然通知が来たみたいに「ハッ」って目が覚める。

また意識が薄れて、ウトウトし始めると、今度は「ピコン!」って通知音。

そんなことを3回か4回繰り返して、それからやっと、朝までぐっすり。


——あたしは、「眠れる森の美女」w


おやすみ。


さよなら世界。


気になるなら、アカ探してみ?

会えんと思うけどwww

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JK——太宰治「女生徒」令和リライト 渡貫 可那太 @kanata_w

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