第6話 歩行
□歩行
私はMがいなくなったことがショックで、歩行困難になったでしょ。
今もその症状が続いているわけだけど、でもさ。
もう、これだけMと繋がれるようになって、
生前よりも近く交流できるようになった。
そうなると「歩けなくなる必要があるのかな」って本当は思っているんだよね。
ただ、Mの残された家族の前で、こんなこと言ったらひどいことだから言えない。
でも、私とMの二人の間では、もう近いからさ、
そんなに悲しいことでもない、っていう風にだんだん思えてきた。
――2年。いや、もう1年半か。1年と10ヶ月ぐらいになるのかな。
なんかね、悪いことばかりじゃないっていうか、
喪失って埋まるんだな、ってやっぱり思うんだよね。
さっきも、いろんな人の書いたものを読んでいて思った。
「喪失」とか「なくなる」とか、そういうことは芸術につながる、
って書いてる人がいたんだけど、
喪失って「失った後」、それをあまりあるものが埋めていくんだよね。
ただ、同じものは戻ってこない。
同じものを求めているうちは、ずっと喪失に悩む。
でも、その代わりのものを見ていく。
それは「ステージダウン」じゃなくて、「ステージアップ」なんだよね。
たとえば、10円失ったら1万円が入ってきた、くらいの大きな違い。
でも、その10円、銅の重いコインを探していたら、
同じものはもうない。
ステージアップしたものは、物質じゃないかもしれない。
イメージだったり、喜びだったり、楽しさだったり、
そういう可能性もある。
けれども、あの銅の10円玉をずっと探していたら、
同じものは見つからないんだよね。
『本当に大切なものは 目に見えないんだ』
って、星の王子様の中で作家サン・テグジュペリも言っているよね。
サン・テグジュペリは飛行機乗りでアフリカのリビアのサハラ砂漠に一人で不時着したんだけれど、命ギリギリのところで最後に思い出したのは、愛する人のこと(物語の中では『ぼくの薔薇』)で、きっとそう悟ったんだと思うの。
きっと、それは絆ね。
飼いならされた『ぼくの薔薇』と言っているから。
薔薇とは、ずっとすれ違いだらけだったみたいだけれど。
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