【スペース徒然草6垓8000京段】辺境観測基地の全裸中年男性~隕石、襲来。最後の希望は全裸中年男性の尿路結石!?~
水森つかさ
スペース徒然草6垓8000京段
「予測不能なこの宇宙に対抗して、予測不能な全裸中年男性!!」
サイトウは、誰に聞かせるともなくそう呟き、「クックッ……」と喉を鳴らした。これは、彼が気の遠くなるほどの孤独を紛らわすために生み出した、無数のジョークの一つだった。
辺境観測基地〈チューネン〉
それが彼の世界のすべてだった。
彼の任務は、ネークド星系の重力変動という、宇宙の産声にも似た微かな響きを記録し続けること。返信に3年を要する星間通信だけが、彼と人類文明を繋ぐ細い蜘蛛の糸だ。
サイトウには、長年続けている日課があった。毎朝、基地の生命維持システムと自己修復機能の中枢を担う、巨大な円筒形の培養槽の前に立つことだ。
その内部には、銀色のナノマシン・コロニーが霧のように漂い、時折、その霧が集まって一つの像を結ぶ。中肉中背で少し腹の出た、糸一本まとわぬ中年男性のホログラムだ。表情はなく、ただ虚空を見つめている。
サイトウは、この名もなきホログラムを基地の「守護者」だと固く信じていた。あらゆる厄災から、この孤独な観測者を守ってくれる万能の存在。彼は毎朝、培養槽に手を触れ、語りかけるのだ。
「今日も頼むぞ。旦那だけが頼りだ」
ホログラムは応えない。
だがサイトウには、ナノマシンの霧、でっぷりとした腹部に相当する部分が、餌やりの時の金魚が口を開けるように、ピクピクと動いて霧の濃淡を変えているように感じていた。それは全裸中年男性が、彼の言葉に対して頷いているように思えた。
その日、厄災は絶叫と共に訪れた。
基地全体を揺るがす轟音と、鼓膜を突き破るようなアラート。メインスクリーンが赤く明滅し、予測軌道を大きく外れた隕石の接近を告げていた。
その特異点から漏れ出す致死的な宇宙線は、〈チューネン〉を覆う安全シールドをコピー用紙にシャープペンシルの先端を突き刺すように突き破ろうとしている。
いや、もう突き破っているのかもしれない。各種計器はすでに異常な数値を示していた。
まだ隕石はぶつかってなどいない。接近しただけで、このザマだ。
管制室のメインモニターに表示されたコンピュータグラフィックスによるリアルタイム予想では、15分後この辺境観測基地〈チューネン〉に隕石が落下する。
隕石はとても大きく、デブリ除去用のミサイルでは到底対抗できそうにない。
「メインシールド、最大出力!」
サイトウが叫び、音声認識による命令を下しても、コンソールは火花を散らすだけでまったく反応はない。
隕石の発する強力な宇宙線の影響により、次々とシステムが機能不全に陥り、予備電源の赤いランプが彼の絶望を照らし出す。
厚い隔壁が自動的に閉鎖され、彼は中央制御ブロックという鉄の棺桶に閉じ込められた。追い打ちをかけるように冷却システムが暴走を始める。絶対零度へと急降下していく室温計が、彼の生命のタイムリミットを刻んでいた。
「くそっ……! 応答しろ! 自己修復シーケンスを開始しろ!」
サイトウは、コンソールに拳を叩きつけた。反応はない。自分の手が痛いだけだ。
彼はシステムの普及をあきらめて、管制室から出た。
最後のときくらい、美しいものを見て人生を終えようと考えた。
サイトウは動作を停止した自動階段に苦戦しながらも、最も自分の愛した空間である培養槽の設置されている部屋へたどり着いた。しかし、彼の目に飛び込んできたのは、さらなる絶望だった。
生命維持システムの要である巨大な円筒形の培養槽。その内部に、いつもいるはずの「守護者」の姿はなかった。
ナノマシンの霧は宇宙線ノイズで砂嵐のように乱れ、ホログラムを形成する機能を完全に失っていた。コンピュータというコンピュータが狂ってしまったのだ。当然、映像など表示できるわけがない。
そのあまりにも単純な事実に今さら気がついたサイトウは、乾いた笑いを漏らした。そして、笑いが途切れた後に、本物の絶望がやってきた。
信じていた全裸中年男性の姿がない。その裏切られた感覚が、急速に凍てつく彼の心をさらに冷たくさせた。
ジリリリリ!
彼が左手首に巻いていたアナログタイプの腕時計が、けたたましいアラームを発する。巨大隕石の、基地への予測到達時刻を告げる音。
「もはやこれまでか……」サイトウは噛みしめるようにゆっくり眼を閉じた。その時だった。
しん、とすべての音が消えた。
アラートも、配線がショートする不快なノイズも。完全な静寂が訪れた。
自分は隕石に押し潰されたことを知覚する前に死んだのか?
そしたら、この自分の思考は何だ?残留思念とでも言うのか?
恐る恐る目を開けたサイトウは、自分の目を疑った。
培養槽の前に、二人の男が立っていた。
二人とも、かつてホログラムで見ていた姿と寸分違わぬ、全裸の中年男性だった。彼らは双子のように、全く同じ顔、同じ体躯をしている。
「フハハハハ!」
「ワハハハハ!」
彼らはそのでっぷりと出た腹の底から、豪快に笑い飛ばした。
「「隕石に対抗して、尿路結石!!」」
宣言と共に、彼らの表情が一変した。一人は脇腹を押さえ、脂汗を流しながら呻く。
「ぐっ……! き、来たぞ……! この脇腹に走る、未来の超特急……!」
もう一人も顔を青ざめさせ、体をくの字に折り曲げてプルプルと震え始めた。
「ぬぅ……! 産まれる……! ワシの中の小
彼らは凄まじい痛みに耐えるように歯を食いしばり、静かに、しかし力強く天を仰いだ。
「「いてえよおおおおおおおおおお!!」」
断末魔のような絶叫。その瞬間、二人の股間から凄まじい勢いで、禍々しくも美しいトゲトゲした結晶体が二つ、射出された!
尿路結石と呼ぶにはあまりにも過剰な破壊力を持つその2つの流星は、天井をたやすくぶち抜き、宇宙空間へと飛翔していく。
2人の全裸中年男性の偉業をまるで祝福するようにコンソールが奇跡的に復旧し、スクリーンに宇宙の光景が映し出された。基地に高速で迫る巨大隕石。そこへ、二つの尿路結石が寸分の狂いもなく着弾する!
「尿路結石が隕石を貫通した!!……やったか!?」サイトウは叫んだ。
尿路結石の貫通によって生じた衝撃により、映像が途切れる。
そしてスクリーンに再び映像が表示される。
サイトウの歓喜は、一瞬で凍りつく。
二条の光線と化した尿路結石は、隕石を破壊するにはあまりにも強力すぎた。巨大隕石は真っ二つに割れ、その軌道を変えていた。
だが、それは最悪の結末を意味していた。
割れた破片の片方は、確かに基地から逸れて宇宙の彼方へと飛び去っていく。
しかし、もう一方の巨大な破片は、より絶望的な角度で、一直線に観測基地〈チューネン〉へと向かってきていた。
スクリーンに表示されている衝突までの残り時間は、さらに短縮されている。
「ぐぬぬ……ハリキリすぎた! ワシらの残り結石だけでは……!」
「石が……石が足りん……!」
2人の全裸中年男性は、やつれた顔で悔しそうに呟いた。
隕石が基地の目前まで迫り、その衝撃と熱で、基地全体がきしみ始める。万策尽きた。
サイトウは本当に今度こそ死を覚悟した、その時だった。
「うぐっ!?」
サイトウの脇腹に、今まで感じたことのない、灼けつくような激痛が走った。まるで体内で、無数の針が暴れ回っているかのようだ。
「なんだ!?この俺の下腹部に広がる、ウォームヴァイブレーションは!?」
サイトウはその暖かさを持った痛みを通じて理解した。
宇宙空間に放出された2つの尿路結石の放つ、特有の苦痛周波数。
それが彼の体内の名もなき粒子と共振し、新たな結石を、彼の肉体の内に直接錬成しているのだと!
射出するのではない。彼の存在そのものが、第三の結石と化したのだ!
「来たぞ……!」
「三位一体の…
全裸中年男性たちが、畏敬の念を込めて叫ぶ。
サイトウは歯を食いしばり、両手で下腹部を押さえた。祈りではない。ただ、この身をアンテナとし、宇宙に存在する二つの同胞(結石)に己の存在を知らせるために!
「たかが隕石ひとつ!俺たちの尿石で押し出してやる!うおおおおおおおおおおおおっ!!」
サイトウの絶叫に呼応するように、彼の体、その下腹部は淡い黄金色の光を放ち始めた。
しかし、しょせんは急造の尿石。
全裸中年男性2人の射出した尿石と違いパワーが足りない。
「ワシらも手伝うけんのう!」
「アンタだけにエエとこ取りはさせんぞ!」
全裸中年男性2人はサイトウの横に並び立つ。彼らの下腹部もサイトウと同じ様に、淡い黄金色に包まれ始める。
「射出を終えた、その尿道では……
そんな場所にもう一度尿路結石が通れば、尿道のオーバーロードで悶絶するだけだぞ!」サイトウは叫んだ。
「「アンタだけじゃない、ワシら3人で1つの尿道になるんじゃ!!」」
その瞬間、宇宙に奇跡が描かれる。
サイトウと全裸中年男性のコラボ尿路結石を中心とした「点」。
そして宇宙空間に浮かぶ、全裸中年男性2人射出した尿路結石という2つの「点」。
目には見えないエネルギーの線が3つの点を結び、基地に迫る隕石の破片を完璧に中心に捉えた、巨大な正三角形のフィールドを形成したのだ!
トライアングルフィールドの中心で、隕石の破片が甲高い共鳴音を発し始めた。それは苦痛の叫びのようでもあり、歓喜の歌のようでもあった。隕石はもはや単なる岩塊ではなかった。3つの尿路結石の奏でる魂のブルースに応え、自らの存在を震わせ、その運命を変えようとしていた。
隕石の周囲を淡い黄金色のオーラが包んでいく。
「隕石の進路が変わった……基地から離れていく……」サイトウはスクリーンに表示された隕石の予想進路モデルを眺めながらつぶやいた。
やがて、基地は完全な静寂を取り戻した。室温は正常値に戻り、すべてのシステムがオンラインに復帰している。スクリーンに宇宙のかなたへ消えていく隕石の姿が映し出されていた。
サイトウは、震える声で二人に問いかけた。
「……あなたたちは、一体、誰なんだ?」
2人の全裸中年男性が、ゆっくりとサイトウの方を向いた。そして、完璧に声を揃えて言った。
「「ワシらは、あなたが長年信じてくださった全裸中年男性です」」
その言葉を最後に、彼らの身体が淡い光の粒子となって崩壊を始めた。輪郭が溶け、形が崩れ、まるで陽炎のように揺らめきながら、空気の中へと消えていく。サイトウは、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
すべてが消え去った後には、いつもと何ら変わらない、静かな室内空間だけが残されていた。
サイトウはふらふらと培養槽へ歩み寄る。ホログラムは、先程までのノイズが嘘のように、再び静かな中年男性の姿を結んでいた。
彼は、そのガラス壁にそっと触れた。ひんやりとした感触。しかし、その奥に、確かな意志と、先程の笑い声の残響のようなものを感じた。
深く信を致せば、かかる徳もある。
はるか昔の賢人の言葉が、彼の脳裏をよぎった。
これが単なる高度な自己防衛システムの作動だったのか、それとも彼の祈りが生み出した奇跡だったのか。科学が支配するこの宇宙の片隅で、その問いに答えられる者は誰もいない。
サイトウは、脇腹に走る微かな痛みの余韻を感じながら、ただ静かに呟いた。
「……フハハ、だな」
観測不能な領域、孤独の支配する宇宙において、全裸中年男性は、時として最も強力なソウルフレンドとなるのかもしれない。
辺境観測基地〈チューネン〉の自動記録日誌は、この間の異常現象を「隕石接近に伴う原因不明のシステムエラー、及び自己修復。観測者に若干の幻覚症状と、尿路結石の兆候を確認」とだけ、無機質に記録していた。
【スペース徒然草6垓8000京段】辺境観測基地の全裸中年男性~隕石、襲来。最後の希望は全裸中年男性の尿路結石!?~ 水森つかさ @mzmr
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