第8話 佐々木オーナーと白毛馬

 新馬戦の勝利から数日。俺の体は至って健康でレースの反動ダメージは全くない。元気モリモリである。

 この身体は本当に丈夫だ。日々の調教だってぬるく感じて仕方がないし、もしかしてこれが<グラニ>産駒の特徴だったりしてな。


「ウマシン、今度優暮厩舎に新しい仲間が加わることになったんだ」


 調教後に馬房に戻った後、春日さんが新しい仲間のことを教えてくれた。


「君と同い年の牝馬だぞ。しかもなんと白毛!まさかまさかの突然転厩が決まったんだ」


 同い年の白毛牝馬と聞いて牧場でテレビに映されていた子を思い出す。

 まさかあの子?でもあの子が幽霊厩舎に来るかな?もっとG1をたくさん勝つような有名厩舎に行くもんだと思うんだけど。


「優暮調教師は昔は<再生工場>なんて言われてたからね」


 ああ、なるほど<再生工場>か。確か優暮調教師が他厩舎で成績が振るわなかった馬を引き取ると好走することが多いなんて言われてたんだっけ。

 それに期待してるのか。

 

「何にせよ楽しみだねウマシン」


 まぁあの子かどうかなんてわからないけど確かに楽しみだ。白毛を間近で見られる機会だし、綺麗なんだろうなぁ。

 

 後日、白毛馬が本当に転厩してきた。

 とても綺麗な馬、一目で分かったよ。あの時テレビに映されていた子だ。昔見た時と変わらずとても綺麗で幻想的に見えた。

 競走馬名は《スノーブロッサム》。名前に負けない美しい馬だった。


 しかし当然ながら馬房は離れていて調教の時に遠目で見るのが精一杯。ただの馬である俺は気になっていても自由に会いに行くことはできないのだ。


 不自由なことにある種の諦めを感じていると優暮調教師の声が聞こえてきた。

 

「全くお前ときたら馬主としての自覚はあるのか?ウマシンの新馬戦に来もしないし」

「任せきりになっているのは申し訳ない。今はどうしても仕事が立て込んでいて……。ウマシンが新馬戦に勝ったのは知っている。今日はちゃんと労うから許してくれ」

「ちゃんと撫でてやってくれよ?ウマシンは本当にいい子なんだぞ?」

「分かっている」


 おお、佐々木オーナーが来てくれたのか。

 マジで全然来てくれないし、俺の新馬戦もすっぽかしたって言うし、寂しいと思っていたけど仕事が忙しいなら仕方ない。

 俺も生前は社会人だったんだ、仕事を大事にする姿勢を理解しなきゃな。


 佐々木オーナーは俺の前まで来ると俺を労ってくれる。

 

「ウマシンよくやってくれた。これからも頑張ってくれよ」


 あれ?なんだか佐々木オーナーってばソワソワしてない?


「ところで優暮君、君の厩舎に転厩してきたと言うスノーブロッサムはどこにいるのかね?」

「またそれか……。この先の馬房にいるはずだが、それはお前には関係ないだろう。今はウマシンに集中してやれよ」

「そこをなんとか見るだけでも……」

「ダメだ。スノーブロッサムは円城寺オーナーのものだ。見せ物にするわけにはいかない。それよりウマシンはな――」


 優暮調教師が精一杯俺のことをアピールしてくれる。しかし佐々木オーナーは心ここに在らずと言った様子で相槌を打ちながら聞いているだけだった。


 (俺より白毛馬のことか?)


 なんなんだこの人は。俺の新馬戦賞金をたんまりもらったんだろ?もう少しちゃんと俺を見ろよ。


 優暮調教師の話を聞いていたのかも怪しいまま、佐々木オーナーはこの後の打ち合わせをするべく事務所に帰って行った。

 

 俺は馬だから文句の言葉を伝えることができない。言いたいことも言えないまま、佐々木オーナーの背を見送った。


「ガッデーーーーム!」


 怒りのままに叫ぶ。人間にはヒヒーンとしか聞こえないだろうけどね!



 ◇

 ザッザッザッザ

 

 また誰か来たようだ。足音から察するにずいぶん急いでいるようだ。


 ザッザッザッザ


 目の前までやってきてそのまま通り過ぎていく。


「佐々木オーナー!?」


 来たのは佐々木オーナーだった。俺を一瞥もせず馬房の奥へ進んでいく。

 おいおい、1人で歩き回っていいのかよ。いや、ダメに決まってるだろ何してるんだよ佐々木オーナー。


 まさかスノーブロッサムを見に行ったのか!?白毛は確かに珍しいけど、それを見たいだけでこんな大それたことしたのかよ!?


 当然これは問題行動だ。だけどそんなこともわからない人ではないと思っているが……。


 止めないといけない。だけど俺には止める方法がない。だって俺、馬だもん!


 そろそろスノーブロッサムのところまで辿り着いた頃か。こんな強引なやり方、すぐに厩舎の人に見つかってしまうだろう。そしたら信用問題扱いされる可能性だってある。


 俺は祈った。他に出来ることがないから。

 ぞんざいな扱いをされて憤っていたけど、だからと言って自分のオーナーが問題行動馬主として処罰されるって言うのは嫌だ。


 目を閉じて神に――神だとあの馬面ふんどしが出てきてモヤるので太陽に祈った。すると信じられない声が聞こえてきた。


「娘よおおおおお!」


 ブハッ!え?は?はぁああ!?

 油断していたから思わず吹き出してしまう。

 何言ってんだあの人。今のスノーブロッサムに向かって言ったの!?

 いやいやいや、ワンチャンきっと娘さんがたまたま馬房の中でスタンバッてて……ってそんなことあるかい!


「お父さーーーーん!」


 ほああ!?今の声何!?誰の声!?日本語だったよ!?マジで佐々木オーナーの娘さんが馬房にいるの!?

 

 HAHAHA、読めたぞ。佐々木オーナーは今日娘さん連れてここにきてて、そんで娘さんが迷子になって、それを必死に探してたってオチね。完全に理解したわ、名推理したわ。

 真相がわかってホッとしたわ〜。


「馬の姿になっていたんだな。会いに来るのが遅くなってごめんな」


 ………………もうわけわかめ。


 俺が思考を放棄した直後、スノーブロッサムから更なる爆弾発言が飛び出す。


――私ね、馬に転生しちゃったのよ


 な!?


 その言葉に衝撃を受ける。一瞬思考停止して理解に時間がかかっているとザッザッザッザとまた誰かが速足で近づいてきた。


 今度は優暮調教師と春日厩務員が俺の前を通り過ぎる。敢え無く佐々木オーナーは捕まって連れて行かれた。


「スノーブロッサムが転生者……俺と同じ……」


 スノーブロッサムが転生者だったと認識した瞬間、頭の中で機械的な音声が聞こえてきた。


「キーとなる転生者を認識したことを確認。対象の精神を転移します」


 何だこの声はと疑問を感じる間もなく、俺の意識は強制的に途切れた。

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