ホラー短編

チャッキー

第1話 夜の理科室

夜の理科室。噂では、夜になると骸骨の模型が動き出すという。俺と友達はその真偽を確かめるため、静かに足を踏み入れた。


室内には嫌な寒気が漂う。蛍光灯のチカチカと、埃っぽい匂い。机の上にはビーカーや試験管、そして中央には骸骨の模型が置かれていた。いよいよ対面――俺たちは息を飲む。


すると、骸骨がいきなり喋り出した。英語で。


「Greetings, students. Tonight, I shall elucidate the profound biochemical properties of starch, particularly as it exists within the tuber commonly known as the potato, Solanum tuberosum. Observe how the polysaccharide granules, composed of amylose and amylopectin, absorb water when heated, swelling and undergoing gelatinization, thereby transforming from an opaque, rigid structure into a viscous, malleable matrix that is essential for cellular energy storage in plants. Consider, if you will, the iodine test: when iodine molecules interact with the helical structures of amylose, a deep blue complex emerges, signaling the presence of starch within the plant tissue, a phenomenon first documented centuries ago yet remaining as crucial today as ever…」


なに? 何を言っているのか全くわからない。友達も首を傾げるだけ。骸骨の目が光る。赤く、妖しく光っている。だが、英語だ。俺は英検すら持っていないし、TOEICも受けたことがない。辞書もない。スマホを手に翻訳アプリを立ち上げるが、骸骨は止まらない。

 

「Furthermore, the gelatinization temperature, the rate of retrogradation, and the enzymatic hydrolysis by amylases determine not only the culinary qualities of potatoes but also their nutritional availability, impacting glycemic indices and human metabolism. Each granule, microscopic yet intricate, represents eons of evolutionary adaptation, storing chemical energy that sustains life, energy that can be released, transformed, and ultimately consumed by countless organisms…」


冷や汗が背中を伝う。友達は必死に翻訳を追うが、表示される文字は一行読む前に消えていく。理解できない。まったく追いつけない。怖い。恐怖は、幽霊でも骸骨でもなく、理解できない自分自身だ。

結局、俺たちは背を向け、理科室を後にした。夜の理科室は静まり返り、骸骨は元の無言の模型に戻っていた。しかし、心の奥には、言葉の壁という名の恐怖が、ずっと光を放っているような気がした。


翻訳



「みなさん、こんばんは。今夜は、ジャガイモ(学名:ソラヌム・トゥベルソルム)に含まれるデンプンの高度な生化学的性質について詳しく説明します。加熱すると、アミロースとアミロペクチンからなる多糖類の粒子が水を吸収して膨張し、ゼラチン化が起こります。これにより、もともと不透明で硬い構造が、粘性があり可塑性のあるマトリックスに変化し、植物の細胞におけるエネルギー貯蔵に不可欠な役割を果たします。さらに、ヨウ素液を用いると、ヨウ素分子がアミロースのらせん構造と反応して深い青色の錯体を形成し、植物組織内のデンプンの存在を視覚的に確認することができます。この現象は何世紀も前に初めて記録されましたが、今日においてもなお非常に重要な知識です…」


「さらに、ゼラチン化温度、老化(レトログレーション)の速度、アミラーゼによる酵素分解は、ジャガイモの料理特性だけでなく、その栄養利用可能性にも影響を及ぼし、血糖指数や人間の代謝にまで関わります。各粒子は微視的でありながら精緻で、長い進化の過程で獲得された化学エネルギーを蓄えており、このエネルギーは生命を維持し、放出され、変換され、最終的には無数の生物によって消費されます…」

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ホラー短編 チャッキー @shotannnn

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