第8話──戦場に響く声
戦は最高潮に達していた。
両軍は互いに退くことを知らず、死体と瓦礫に覆われた大地に剣を振りかざしていた。
叫び声、泣き声、金属の軋む音、血の匂い。
それらすべてが重なり、空を覆い尽くす。
中央には、鎖に縛られた魔女たちが立たされていた。
ゼロの氷は大地を凍てつかせ、エレノアの雷は兵士を焦がす。
アイリスの大地は砲台のように隆起し、フィーナの視は戦術に利用され、クロエの未来視さえ命令に従わされていた。
──誰も望んでいないはずの光景。
だが戦は、欲と恐怖によって止まることを知らなかった。
◇
その地獄に、アリアは歩み出た。
黒のローブが風に揺れ、紫の瞳が戦場全体を射抜く。
彼女の姿はもはや「聖女」ではなく、毅然と立つ魔女そのものだった。
兵士の一人が叫ぶ。
「聖女様だ! 聖女様が来た!」
アリアはその声に一瞥をくれ、薄く笑んだ。
「……違うわ。私は魔女よ。」
その一言は、戦場の喧騒を切り裂いた。
◇
次の瞬間、銃声が響く。
鋭い音と共に弾丸が彼女の胸を撃ち抜かれた。
衝撃に体が揺れ、鮮血が黒衣を染めた。
「聖女様が……!」
「撃たれた……!」
両軍の兵士が駆け寄り、アリアを抱きとめる。
彼女は苦しげに息を吐きながらも、微笑みを浮かべていた。
「……バカね。私は……魔女よ。」
◇
その瞬間、アリアの体は宙に浮かび上がった。
血に濡れた黒衣が光を帯び、羽のように広がっていく。
タクトの先に刻まれたト音記号が眩く輝き、どこからともなくパイプオルガンとハープの調べが響き渡った。
静寂。
そして、アリアの歌声が戦場に広がった。
最初は独唱のように儚く。
やがて聖歌隊のような合唱が重なり、旋律は天地を揺らすほどの力を帯びていく。
──ララバイ。
眠れと諭す子守唄。
──そして、セレナード・エデン。
命そのものを捧げる最後の歌。
◇
兵士たちの剣が地に落ち、膝が崩れ落ちる。
涙が頬を伝い、誰もが天を仰いだ。
「...俺たちを、癒そうとしてるのか?」
「あなたを傷つけた我々を?」
「ハハ、まるで女神じゃないか」
兵士たちはポツリと呟く
「……嗚呼……なんと心優しき女神様……」
その言葉が人々の心に溢れたが、アリアは心で呟く。
──違う。私は女神ではない。
私は、魔女よ。
そして奇跡が始まった。
空は裂け、光が降り注ぎ、大地には緑が芽吹いた。
兵士たちの心は穏やかに溶かされ、争いの炎は静かに鎮まっていく。
◇
光を纏うアリアの姿は、やがて粒子となって天へ昇っていった。
最後まで微笑みを絶やさず、歌を残したまま。
──癒しの魔女、アリア。
その歌は戦場を包み込み、永遠の詩となった。
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