第8話──戦場に響く声



戦は最高潮に達していた。

両軍は互いに退くことを知らず、死体と瓦礫に覆われた大地に剣を振りかざしていた。

叫び声、泣き声、金属の軋む音、血の匂い。

それらすべてが重なり、空を覆い尽くす。


中央には、鎖に縛られた魔女たちが立たされていた。

ゼロの氷は大地を凍てつかせ、エレノアの雷は兵士を焦がす。

アイリスの大地は砲台のように隆起し、フィーナの視は戦術に利用され、クロエの未来視さえ命令に従わされていた。


──誰も望んでいないはずの光景。

だが戦は、欲と恐怖によって止まることを知らなかった。



その地獄に、アリアは歩み出た。

黒のローブが風に揺れ、紫の瞳が戦場全体を射抜く。

彼女の姿はもはや「聖女」ではなく、毅然と立つ魔女そのものだった。


兵士の一人が叫ぶ。

「聖女様だ! 聖女様が来た!」


アリアはその声に一瞥をくれ、薄く笑んだ。

「……違うわ。私は魔女よ。」


その一言は、戦場の喧騒を切り裂いた。



次の瞬間、銃声が響く。

鋭い音と共に弾丸が彼女の胸を撃ち抜かれた。

衝撃に体が揺れ、鮮血が黒衣を染めた。


「聖女様が……!」

「撃たれた……!」


両軍の兵士が駆け寄り、アリアを抱きとめる。

彼女は苦しげに息を吐きながらも、微笑みを浮かべていた。


「……バカね。私は……魔女よ。」



その瞬間、アリアの体は宙に浮かび上がった。

血に濡れた黒衣が光を帯び、羽のように広がっていく。

タクトの先に刻まれたト音記号が眩く輝き、どこからともなくパイプオルガンとハープの調べが響き渡った。


静寂。

そして、アリアの歌声が戦場に広がった。


最初は独唱のように儚く。

やがて聖歌隊のような合唱が重なり、旋律は天地を揺らすほどの力を帯びていく。


──ララバイ。

眠れと諭す子守唄。


──そして、セレナード・エデン。

命そのものを捧げる最後の歌。



兵士たちの剣が地に落ち、膝が崩れ落ちる。

涙が頬を伝い、誰もが天を仰いだ。


「...俺たちを、癒そうとしてるのか?」

「あなたを傷つけた我々を?」

「ハハ、まるで女神じゃないか」

兵士たちはポツリと呟く

「……嗚呼……なんと心優しき女神様……」


その言葉が人々の心に溢れたが、アリアは心で呟く。


──違う。私は女神ではない。

 私は、魔女よ。


そして奇跡が始まった。

空は裂け、光が降り注ぎ、大地には緑が芽吹いた。

兵士たちの心は穏やかに溶かされ、争いの炎は静かに鎮まっていく。



光を纏うアリアの姿は、やがて粒子となって天へ昇っていった。

最後まで微笑みを絶やさず、歌を残したまま。


──癒しの魔女、アリア。

その歌は戦場を包み込み、永遠の詩となった。

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