第2話 死んでくれる部下&会社ゲットRTA・前編


『アズ・ラエルくんだっけぇぇ……♥ お姉さんたちに、匂いかがせてぇ……♥♥♥』


「ひっ!?」


 ……この世界はいわゆる中世ファンタジーってやつらしい。

 モンスターやらダンジョンやら魔法――この世界ではなぜか『隷術』と呼ぶ――がありふれている。使用言語や地名はなぜか日本由来だ。国名『サイタマ王国』だし。マジでなんなんだ。今度調べよ。


 まぁそんなのは些細なことだ。なによりこの世界、男女比がおかしいのだ。



「すんッ――すんすんすんすんッ! プハァァァァッ! こッ、この香ばしい匂いッ、間違いなく〝真性ガチ〟の男の子よォッ! イヌ天人のわたしが保証するわッ!」

「ナマの男の子なんてマジ!? 男装じゃなくて!?」

「本物の男の子ハジメテ見たぁぁぁ! これはもはや処女卒業では!? 責任取って結婚してくださいお願いしますッッッ!」

「オークション開始ッ! 男の子クンの足跡付き地面の砂だよッッッ! 一粒十万ディナールからッ!」

「あぁ~~~~男性ホルモンちょうど欠けてた癒されるぅ~~~~~」

「あッ、男の子クンの抜け毛落ちたッ! 拾えええええええええッ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーー!」

「それよこせッアタシのだァァアーーーッ!」



 大騒動になる冒険者ギルド。俺を囲んで女冒険者たちみんなで土下座、殴る蹴る、足跡なめる、抜け毛食うなどやりたい放題だ。


 こうなるのも当然だったか……なんとこの世界の男女比たるや、【1:100】。遺伝子マップが明らかに壊れてる。

 しかも男はほとんどが死にかけで生まれ(走れるくらいの俺は希少)、逆に女はめっっっちゃ強く生まれる。それゆえに圧倒的に女性社会だ。


 男の扱いは……カカポに近い。『イエス男の子クン♥憐れみのノータッチ令(※破ったら死罪)』で保護され、愛玩されつつも、生物として格下に見られてる感じだな。あと一方的に『男の子クン♥ 可愛いね♥ 我が寝室で飼ってやろう』と性的な目も向けられる。ディルドカカポだ。


 で、当時の俺はそれをよしとしなかった。



『俺はアズ・ラエル! 男の未来を憂い、英傑となるべく立ち上がった者だぁっ!』



 とか喚いて冒険者ギルドに突撃。

 それから『冒険者からは多くの英傑が生まれてきた! 〝幽囀の嘆涙〟リアト・マハ! 昏き彼女は大海魔クラーケンを討ち取り、伝説の地エルドラド・ホッカイドウへの道を開いた! 〝鏖閃の骸歌〟ディアドラ。烈しき彼女は夜王獣リュカオンとの死闘を制し、禁域アネクメーネ・グンマに国を興した! 〝繽糅の華殤〟フロイヒ。妖しき彼女は地獄鳥フレースヴェルグを地に墜とし、理想郷アルカディア・ナゴヤの女王となった! ほかにも様々な英傑がいるっ! だがしかぁしっ、その中に男はいない! ゆえにこそ俺が初の男の英傑、〝英雄〟となり! 世間の目を評価を変革し~~~!』


 とかなんとか。


 アホなことを喚きながら受付に向かったところで――転んだ。それはもう、盛大に転んだ。おもっくそ頭から床に激突した。



『男は女に守られる存在にあらず! これからは、男が女を支えられるように――ッてアイタァァアアッ!?』



 脳みそが弾けるような激痛は、今でも覚えている。

 それと……ギルドでたむろしていた女冒険者たちの、〝ハムスターが回し車回し過ぎて吹っ飛んだ! アホカワイ~~!〟みたいな視線もな。


 で。



「……そのときのショックで、前世の記憶が戻ったわけかぁ……」



 床にへたり込んでいるのはそういうことだったか。

 なんてアホな記憶療法だろう。もう一度アタマをぶつけたら、羞恥の記憶ごと全部消えないだろうか?


 ――――なんて、思っていた、その時。



「ウヒッ、ウヒヒッ……♥ 男の子クゥン……!♥ こ、こんなお姉さんまみれの場所に一人で来たってことはァ、えっちなことにキョーミがあるんだよねぇぇ……!?♥」


「えっ」



 そこで、気付いた。俺を囲む女たちの目が、いよいよやばい輝きを放っていることに……!



「ハァッ、ハァッ!♥ さッ、触らないから!♥ 触らないからせめてッ、あたしたちの息吸ってッ!♥ はぁぁぁぁ~~~!♥♥♥」


「ひええええ~~!?」



 だ、脱法ノータッチだッ! こいつら一斉に、甘ッッくさい発情吐息を吹きかけてきやがった! ぎゃー!



「あッ、あたしの名前はマナナンッ!♥ このへんの連中まとめてる銀等級冒険者なのッ!♥ か、かなり実力あるからッ、あたしをお嫁さんにしたら、いい生活させてあげるよォッ!?♥」



 集団を代表するように、シャチ尻尾の黒髪黒マスクなゴスロリ女が俺ににじり寄ってきた……!

 腰は細いのに、彼女の背には巨大な大鎌が。ひえっ!



「フーッ、フーッ!♥ 男の子クンさぁ……!♥ なんか女を支えたいとか言ってたよねぇ……?♥」


「そ、それは」



 前世の記憶を取り戻す前の話だ。今の俺に大それた気はない。

 が、しかし。先ほどの勝気な宣言は、目の前の女を刺激してしまったらしい。いわゆる『メスガキわからせたい』というような面持ちで、マナナンは俺に迫りくる。



「支えるって、ザコ男子の腕力じゃァ、そんなの無理だよねぇ!?♥ つまり――つまりッ、お姉さんたちの〝欲〟を解消するって方向で、支えたいってことだよねぇええッ!?♥」


「はぃぃ!?」


「『はい』!?♥ はいッ、いまハイって言ったァッ!♥ 言質取ったァッ!♥ 男の子クンが合意したなら、ノータッチ令は無効ッ!♥ マナナンお姉さん〝〟きまぁああすッ!♥」


「っていやいやいやいや!?」


「みんなァッ、この子を一生監禁してお婿くんにしちゃぉおおおおーーーッ!♥」


『うおおおおおおおおおッ!♥♥♥』



 一斉に襲ってくる発情冒険者たち!

 

 こ、こんな来世がありかよ。前世では食い物にされて死んだのに、二周目では、別の意味で食われまくる人生なんて――!


 俺が終わりを覚悟した、その時。



「〝鉄〟よ、磁界を孕み雷火を纏え。隷術解放――『電磁抜刀・斬煌一閃』」



 瞬間、目の前を迸る極雷の斬閃。

 女冒険者たちが「ぎゃば!?」「ぐべら!」と、悲鳴を上げて吹き飛んだ!



「ひえっ!?」



 いきなり殺人事件!? ……と思ったが、肉体は斬れていない。峰撃ちだったのか。



「……あなた、大丈夫?」



 キン、と刃を収める音と共に、無感情な声で話しかけられる。

 視線を上げると、長刀を佩いた金髪のシスターさんが立っていた。



「あ、あなたは……」



 十五の俺より少し年上か……冷めた蒼い瞳がひときわ目を引く、人形のような風貌の少女だ。俺と似て薄い色素が、そんな印象を際立たせている。



「大丈夫か、聞いてるんだけど」


「は、はい!」



 どうやらこのシスターさんが助けてくれたようだ。礼を言わねば。



「ありがとうございます! あやうくお婿くんになるところでした!」



 そう頭を下げるも、しかし。



「……やはり男の子クンはザコ生物。あんな連中もどうにかできないなんて」



 冷徹かつ、苛立った声が、俺にぶつけられた。



「え……?」


「アズ・ラエルと名乗ってたっけ。男の子クン、ナマのは初めて見た。ほとんどが死にかけで生まれて、国に保護されちゃうザコ生き物……」



 まじまじと俺を見てくるシスターさん。ヒトを見ているというより、珍種の小動物を見るような視線だ。



「角も尻尾も、『隷光輪ハイロゥ』もない。ツルツルしてて、本当に弱そう。ひとりでおしっこもできなさそう」


「それはできますから」


「あそ」



 明らかに見下しているシスターさん。そんな彼女のベールからは、牛の耳と牛の角が飛び出していた。また頭上には、独特な形状をした蒼い光輪が。



「わたしはフーリン。見てわかる通り、『Type:猛牛タイプ:ミーノ』のウシ天人」


「ど、どうも」



 天人――それがこの世界における、ヒトの学名、らしい。

 あの女冒険者たちのように、なぜか動物の身体的特徴や、生命力バイタルを指し示す光輪を持っているのが特徴だ。

 理由は知らん。俺なんも知らなすぎだろ。流石前世から勉強できない無能……!


 ちなみに男はそれらの特徴がほとんど発現しない。ヒトではなくディルドカカポな扱いにも、そのへんが拍車をかけているのかもな。差別は外見のわずかな差異で起こるものだし。



「見てわかった。やっぱり男の子クンはザコ生物。頭もきっと、わたしのほうが三倍かしこいよ。ママにもよく褒められるし」


「そ、そうですか」


「ふふん」



 鼻を鳴らされた。このフーリンという少女、やけに俺に突っかかってくるな。初対面のはずなんだが。



「えぇと、俺はアズ・ラエル、です。なに天人なのかは、特徴もないし赤ん坊の時に親に捨てられたみたいだから、よくわからないんですけど」


「……そう。ともかく、あなた。いると目障り。わたしの前から消えるといい」


「え?」



 俺を見下ろし、彼女は続ける。



「わたしには、一刻も早くお金が必要なの。そのために、日々、魔獣共と命懸けで戦ってるの……」



 無機質な声音より、さらに温度が抜けていく。人形の肌の冷ややかさから、刃の冷たさに変わるように。



「だから……あなたみたいなのは、ムカつく。夢見がちな子供は、見ているとイライラするの……!」



 鋭さを増す少女の視線。揺れた刀が、カチャ……ッと嫌な音を鳴らした。

 それをやばいと察したのか、遠巻きにこちらを見ていた女冒険者の中から、これまたシスター姿のイヌ耳赤毛少女が飛び出してきた。『Type:闘犬タイプ:ルーガ』あたりだろうか。



「お、お嬢っ。暴力はダメっすよ! 『イエス男の子クン♥憐れみのノータッチ令(※破ったら死罪)』に反しちゃいますよ!?」


「む、クラン。別に暴力を振るう気はない」


「でもお嬢、怖かったっすよ。いい加減に休みましょうよぉ」



 お嬢ぉ――とフーリンなる少女を呼んでいるあたり、知り合いのようだ。俺のほうを見て、「ごめんなさいっす、男の子ク~ン……!」と、へこへこ頭を下げてきた。いいっすよ。



「ん……とにかく」



 びしっ、と。フーリンさんはこちらに指を突き付けてきた。



「あなたのようなザコ男の子に冒険者は無理。消えるといい」


「そっすね、帰ります」


「まぁ見ず知らずのわたしが言ったところで、聞かないだろうけど――って、えっ!?」



 えっ!?



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