マヨネーズ王は貧乏になりたい! 【男女比1:100】世界で逝く勘違い出世街道

馬路まんじゟ

第1話 死んでサイタマ ~異世界全方位成り上がりRTA開始(※望んでない)~


第一話


「新社長は何もしなくていいですよ」

「そんな気張ることないですよ、新社長」

「そうそう、この前の飲み会代、経費にしたんで承認だけお願いします」


 ――俺は唐突に社長になってしまった。

 会社は小さな弁当工場。若い女性の経理さんが一人で回しているような零細企業だ。

 成人を迎えたばかりの頃、社長だった親が急死し、落ちこぼれでほとんど不登校気味に過ごしてきた俺が、なぜか跡を引き継ぐことになったのだ。経理さんや社員たち曰く、『前社長の強い要望』らしい。

 そんな話、父さんからは聞いてなかったが、当時の俺は馬鹿正直に信じた。〝父さんはダメ人間の俺を見捨ててなかった! 絶対に期待に応えてみせるぞ!〟と、感動すらしていた。



「ああ、今回の飲み会は新社長こなくてもいいですよ。ほら、若い社長の時間を取るわけにはいかないんで」



 年上の社員たちはみな、どこか壁があった。

 でも俺は〝縁故就任だから仕方ない。頑張って働いて、みんなを支えるんだ!〟と意気込んでいた。凡才以下の無能のくせに無理して、努力して、みんなの助けになろうと思っていた。経理さんからは『あなたは苦労する必要はありません。余計なことはしないでください』と冷たく言われていたが、何もしないわけにはいかない! 少しでも弁当を売り広めるために、色んなところに営業に行ったり、日夜様々なアイデアを模索していた。


 ……まぁ、今にして思えば無駄だったんだけどな。

 俺にはトーク力もアイデア力もない。努力はほとんど無駄に終わった。

 そして……そもそも、多少成功していたところで、実はもう手遅れだった。ある日の夕暮れ時、経理さんが日の沈む社長室に訪れ、こともなげにこう言った。



「もうぶっちゃけると、倒産です。この会社、なくなるので」



 ――は? と呟く俺。そんな俺を無感情に見下ろし、経理の女性は「後のことはご心配なく」と続けた。



「社員たちはみな、次の就職先は決まってますので。特に自分は大企業の高給取りとなります。では社長、お疲れさまでした」



 ……自慢したいのか、そう女は言い残してから、去っていった。気付けば階下の工場ラインからは、一切の音が消えていた。

 それから固まることしばらく……俺は〝もしや〟と思いながら、経理の机に飛びつき、書類を漁った。これまで『素人の社長がいじる必要はありません』と言われてきた帳簿を見つけ、ゾッとした。


 ――本当に経営は、火の車だったのだ。しかも、俺が就任したあたりから、度重なる経費の使い込みにより、わずかな貯蓄も消え去っていた。



「ははっ……そういう、ことだったのか……」


 

 鈍感な俺でも、流石にわかったさ。

 経理や社員たちは――最初から、会社に見切りをつけていたのだ。

 俺の役目は『延命のための生け贄』。倒産寸前の会社の責任者に据え、その間に彼らは会社の最後の金でリフレッシュしながら、転職活動をしていたわけで……。



「ふ、ふざけんなあああああーーーッ!」



 俺の努力は、みんなを支えるために頑張ろうって気持ちは、全部本当に、無駄だった。

 ああ、今ならわかるさ。前社長の要望で息子を社長に――なんて話自体、きっと嘘っぱちだったんだろう。俺は、貧乏くじを握らされただけだったのだ。


 加えて……別に倒産したところで、社員たちも実は困らなかった。


 無能な男の善意や頑張りなんて……最初から誰も、求めていなかったのだ。




「はは、は……こんなのって、ありかよ……」




 真実に気付き、絶望した夜だった。

 ああ、もういい。俺も逃げようと思い、社長の椅子から立ち上がろうとした瞬間――俺は死んだ。



 後頭部への強い衝撃。ゴッッ、という鈍い音。崩れ落ちる身体。一気に遠のいていく意識。


 ……俺は、背後より忍び寄った誰かに、致命傷を負わされたのだ。


 痛みに朦朧とする中、視線をさまよわせれば、血濡れたバールで金庫を叩く、覆面の強盗がいた。



「よしッ、開いたァ! これで今月分の上納金に……って、全然入ってねぇじゃねえか!?」



 毒づく男。おそらくは極道の一員なのか、「組長ボスになんて言えば……クソォッ!」と、滅茶苦茶にあちこちを蹴っていた。資料棚が倒れ、俺が我武者羅に営業してきた会社のリストや、無駄に考えたアイデア用紙が宙を舞った。



「あー、チクショウ。若い跡取りが働きづめてるらしいから、儲けてんのかと思ったら……全然じゃねえか」



 男の視線が、ようやく俺のほうに向く。

 その両目には、失望と苛立ちと――侮蔑の念が浮かんでいた。

 最期を迎える俺に、男は言う。



「無能が成り上がってんじゃねえよ、ゴミ社長が」



 ああ、その通りだよ――と。俺は心から納得しながら、瞼を落とした。


 これが俺の結末だった。


 冴えないダメ人間が、勘違いから空回りして、みんなのために努力しようとか青臭く誓って。


 その結果が……この始末だよ。

 罰ゲームで座ることになった社長椅子で、俺は馬鹿にされながら殺された。



〝ははっ……もしも次の人生があるなら――〟



 分不相応な努力も無茶も、成り上がりの選択も絶対にしない。

 日銭だけ稼いで、ひっそりと生きよう。

 それが無能には相応しいのだから。



 そう強く思いながら……俺の人生は、終了した。




 ◆ ◇ ◆




 床にへばりながら、俺は呟いた。



「――あっぶねぇぇ……! 無能のくせに『冒険者になって成り上がりたい』とか、ないわぁぁ……!」



 冒険者ギルド『サイタマ王国・ムサシノ支部』にて。

 建物に入った直後、俺はスッ転んだ衝撃で『前世の記憶』を思い出した。後悔まみれで死んだ、ゴミ社長としての日々を。

 思い出して3秒で忘れたくなった。くそう。



「はぁ、前世の二の舞になるところだった……。で、えぇと、今の俺はどんな感じで、どんな世界に生まれ変わったんだっ――け……?」



 顔を上げて、俺は気付いた。



『ナマ男の子クンだぁ……♥ かぁぁぁぁわぃぃぃぃ……!♥』


「ヒュッ!?」



 頭にそれぞれ『光輪』を浮かべた、イヌ耳やネコ耳やヘビ尻尾やシャチ尻尾の女性たちが、俺を囲んでじっ~とりと見つめながら、ニチャァァァッと微笑んでいた……!

 異様に熱くて甘い湿気が、舌を湿らせる。



 ……拝啓。亡き父さんや、カスの社員たちへ。

 今の俺の名はアズ・ラエル。幼児にしか見えないほど矮躯な、色素の抜けた十五歳。

 ただいま、男女比【1:100】の圧倒的『オンナ余りファンタジー世界』に、転生しております……ッ!



「どうしてこんなことに!?」



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【Tips】


アズ・ラエル:十五歳。転生者。色素の抜けた容姿と、十歳児以下にしか見えない矮躯が特徴。

無能で運が悪く、前世では『』。


死に際、日銭だけ稼いで、ひっそりと生きることを、『目標』にしてしまった。


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