このろくでもない世界で

案山子

 このろくでもない世界で

 ボクは思っている。

 この世界に救いはないと。

 この世界に希望はないと。

 この世界に幸福はないと。


 だってこの世界はどうしようもないほど醜く歪んでいるから。


 無くならない戦争。

 横行おうこうする詐欺。

 腐敗ふはいしきった政治家たち。


 これを醜く歪んでいると言わず、なんと言うのか。


 ――けどわかってはいる。


 数十億という人間がひしめくこの世界が容易たやすいモノではないということは。


 でもやはり、ボクは今のこの世界の有り様がどうしても気に食わないのだ。




「ボクってめんどくさい人間だな」


 ポツリと漏らした嘆きの独り言。それに、


「ん? なにか言った?」


 隣を歩く彼女が声をかけてくる。


 それは大学へと向かう道すがら。

 こちらがつい口走ってしまった呟きを耳にした彼女に対し、ボクは曖昧な笑顔を顔面に貼り付け答える。


「な、なにも言ってないよ。ただの空耳じゃないの?」


「ふ〜ん、ほんとかな。なんだが疑わしいなぁ」


 猜疑心さいぎしんを隠そうともせず、じっとこちらを見返してくる彼女。

 それにボクはただ乾いた笑い声で応えるしか出来なかった。


 ボクと彼女は同じ大学に通っている。

 だからいま最寄りの駅から一緒に歩いて大学に向かっているわけなのだが。


 そんな彼女は根暗ねくらのボクとは正反対で、とても明るくて前向き志向な女性だ。

 彼女の前でネガティブな発言をしようものなら、


「なんでアナタはいつもそんなに消極的しょうきょくてきなの!」や、


「つまらないことばっかり考えているから顔が暗いのよ!」とか、


「……もしかして陰キャラが格好良いとか勘違いしていない?」など、


 音速の速度でクレーム――もとい、叱咤激励しったげきれいが飛んでくる。


 性格が真逆の彼女と恋人関係を維持していられるのは不思議を通り越し、地球上の歴史に残るような奇跡ではないかとボクは本気で思っている。


 そんな奇跡の日々を過ごす中で、ボクはある自分の気持ちを知った。それは――


「今日はいい日になるかな……」


「なるに決まっているじゃない! 少なくてもわたしはアナタとこうして喋べれてる今日はいい日だって確定してるから」


 恥ずかしさが滲み出るような言葉を、屈託のない笑顔で平然と言う彼女。


 ――それは、どんなにここが救いがなく、希望がなく、幸福がない、最上級にろくでもない世界であったとしても、


「……だったらボクも今日はいい日になるかな。キミとこうして会話していられるんだから」


 そんなの関係なく、ボクは彼女と共に明日を歩んでイキたいという強い想いがあるということを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

このろくでもない世界で 案山子 @158byrh0067

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ