3-5.きんいくはせーぎ
第十二騎士団帝都営舎に到着した三人は、騎竜が放し飼いにされている
ふたりを護衛するセイレスト家の騎士たちも、距離をおいてぞろぞろと追従してくる。
ファルテイとミルウスのふたり分の護衛にしては、少しばかり人数が多すぎる。
兄がいかに息子を大事にしているのかが伝わってきた。
「ミーウスにーたま! ここが竜苑なのですね! す――っごく、ひろいですねぇ」
ファルテイは初めてみる帝都の竜苑に夢中だ。護衛など全く気にしていない。
そして、ミルウスもまた護衛以外のことに気を取られていた。
「ほう……。ヒトが竜のために用意した場所か。実に興味深い場所だな。随所に工夫がみられる」
「……そうか。それはよかったな」
竜苑の見学者はふたりではなく、三人。
そう、三人なのだ。
市場でルリーと出会って『竜の姿焼き』を食べて……ファルテイが他の物も食べたいと言いだし、そのまま三人で買い食いを楽しんで……。
その流れのまま、当然のような顔をしてルリーが帝都営舎にまでついてきてしまったのだ。
ルリーがあまりにも堂々としていたので、受け付けで彼はファルテイの護衛と記録され、帝都営舎の見学を許されてしまった。
こんな偉そうな護衛がどこにいるのか、第十二騎士団の警備体制は大丈夫なのか――と言いたいところだが、ルリーと一緒にいられるのは素直に嬉しい。
見学といっても、メインの見学者はまだ七歳の子どもなので、竜苑の見学しかできない。
それでもファルテイは大はしゃぎで、竜苑の境界を示す柵によじ登り、広大な草原を眺めていた。
柵から落ちる心配はあるが、兄の息子なら落ちても怪我はしないだろうという安心感はある。
わずか二日で、ミルウスは甥の恐ろしさと頑丈さを身をもって知ってしまった。
案内役の竜騎士がファルテイの大胆なふるまいに狼狽えるが、ミルウスは「大丈夫だから」となだめて、一同はそのまま見学を続ける。
今日は非番なのか、コルトの姿は見えない。
もうすぐしたら兄が様子を見にここに来るという。
「ミーウスにーたま! ひろいです! ひろいです! テート本邸のおにわよりもひろいですよ!」
「ああ。そうだな。広いだろ?」
「はい。でも『空天の渓谷』のほうが、おおきいですね」
「当然だろう」
と答えながら、ミルウスは隣に立つルリーの顔を見上げ、それから自分の腰辺りに視線をおとす。
自分の腰にはルリーの腕がしっかりと回されており、先ほどからぐいぐいと引き寄せられている。
ようやく肩車から解放されたのに、今度はルリーにがっしりと拘束され、身動きが取れない。
彼の息遣いがすぐそこにあり、耳元がくすぐったい。夏場のせいか、密着している部分がじんわりと熱を帯びていく。
予想していなかった展開に、ミルウスの胸はずっとドキドキしていた。心臓の動きがわかるくらいだ。
ファルテイに「ミーウスにーたまのお顔がとっても赤いですけど、どうしたのですか?」と聞かれたときは、驚きすぎて心臓が止まるかと思った。
「ミーウスにーたま! ちちうえがお話ししてくださったように、竜苑には草原があって、森があって、泉もあります! すごいです! 本邸のおにわにはないものがたくさんあります! ここなら、おもいっきり遊べそうです!」
どうやらファルテイは目がとてもいいらしい。遠くまで視えているようだ。よい竜騎士になれるだろう。
誰が遊べるのかは、あえて考えないようにする。
「竜にゆっくり休んでもらえるように整備しているんだ。ここは、騎竜と騎竜になるための竜に用意された場所だ。ずっと竜舎に閉じ込めるのは可哀想だろう?」
「そうですね。ボクもおへやでずっとおべんきょうするよりも、外でキントレするほうがたのしいです」
「勉強もしろ。筋トレはほどほどにな」
「でも、ミーウスにーたま『きんいくはせーぎ』とははうえがおっしゃっていましたけど?」
ミルウスの言葉にファルテイはコテリと首を傾ける。
「筋肉を鍛えるのは運動だ。しかし、脳を鍛えるのは勉強になる。運動では脳は強化されない。学べ。考えろ。識る努力を怠るな。脳と筋力の両方を鍛えたら、もっと強くなれる」
「わかりました! ボク、もっと『きんいく』と『のう』をきたえて、強くなって、竜とけいやくします!」
小さな胸を思いっきり反り返して、兄によく似た甥っ子は大きな声で返事をする。
その無邪気さに、周囲の空気も柔らかくなった。
夏の乾いた風が吹き、さわさわと草原を揺らす。
「騎竜があっちにいっぱいいますよ! もっとちかづいてくれないのかなぁ。お――い! こっちに来てください――!」
[みんな、こっちにおいで。甥っ子を紹介したいんだ]
ミルウスも『古のコトバ』で呼びかけるが、今日の竜たちはいつもと違って近寄ってこない。
遠くの方からこちらをチラチラと眺めて、「グルグル」と唸っているだけだ。
「おかしいなぁ。いつもなら呼べば何頭かは寄ってくるんだけどな……」
竜に好かれているミルウスにとっては初めての経験だ。
三人をここまで案内した竜騎士も「契約シーズンなのに珍しいですね」と言って首を傾げている。
ファルテイの「お――い!」という甲高い声が聞こえているだろうに、竜たちはぴくりとも動かない。
「騎竜とは賢い竜だな。よく心得ている。しかし、ヒトが跨るのを許すとは……心が広いというか……」
ルリーの声が頭の上の方でする。
竜騎士は小柄であることが条件なので悔しいとは思わないが、こういうときは自分の背の低さが気になってしかたがない。
「当然だろう。ヒトを乗せて一緒に戦場で戦うからな。訓練もするし、ヒトの命令を理解してくれる竜だ。とても大人しくて賢いんだよ」
「ミルウスも竜が好きなのか?」
「もちろん。大好きだよ」
その返事にルリーの身体がピクンと震え、ミルウスにも伝わる。
「ミルウスはどんな竜が好きなのだ?」
「そうだな……オレは風系の魔法が得意だから、やっぱり風属性の竜がいいんだろうな。賢くて、でも、勇敢な……」
と言いかけたところでミルウスは口を閉じた。
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