死に損なった僕に君がくれたもの

りんくま

第1話 頑張れ!愛里ちゃん

これは、リハビリ室で倒れた秀が、病室を抜け出し、愛里が母たちに別れを告げた後の、もう一つの結末である。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


肺の奥まで空気を吸い込もうとするたび、胸が焼けるように痛んだ。

愛里は必死に呼吸を整えながら、ひとけのない道を進んでいた。電柱に手をついて身体を支え、片足を引きずるようにして前へ進む。


(どこにいるの、秀くん……?)


ようやく捕まりながら歩けるようになったとはいえ、まだ愛里の体には外を一人で歩くのは過酷すぎた。風が冷たい。義足が軋むたびに、足の付け根に鈍い痛みが走る。

(お願い、呼んで……あの時みたいに……)


足元がおぼつかなくなり、次の瞬間、愛里の身体は地面に倒れ込んでいた。

膝を擦り、泥に汚れたプリーツスカートの裾に、じわりと血が滲む。倒れるのは、これで何度目だろう?


それでも――急がなければ。

秀は、誰にも知られず、一人で命を終わらせようとしている。


焦れば焦るほど、義足は重く感じた。装着したはずの金属の脚が、体の一部であることを拒むように縺れ、歩みを阻む。

体力は限界に近く、息をするだけでも苦しい。


夜の帷が静かに街を包み込み、海風が冷たく頬を撫でる。

海辺のこの町に、今や外を出歩く人影はない。

「……」


ふらついたまま、その場にペタンと座り込んだ。


チカチカと点滅を繰り返す街灯の明かりが、容赦なく彼女の心を照らし出す。

誰もいない夜道。

見つけたい、でも見つからない。


不安は静かに、確実に、愛里の胸を締めつけていった。


ふと、愛里の頬を湖風が撫でた。真冬だというのに、何故か柔らかく暖かな風。


「…………海?」


愛里は、何かに弾かれたように、再び起き上がった。

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