第32話 自白①
取調室は相変わらず、狭く、薄暗かった。
机は簡素な木製。サダナ子爵は既に連行され、木の椅子に深く腰掛けていた。
姿勢は崩さず、両手の指先をくっつけたり離したりしている。
その前、椅子には座らず、床に胡坐をかくレムが対峙している。
壁際には別の椅子に座り、ギリーが紅茶のカップにケセからお茶を注いでもらっている。カップの湯気がゆらめく。
「やあ、何日ぶりかなゴーレム君……確か、レムといったか」
サダナの口元に笑みが浮かぶ。
レムが黙って、深い眼孔でじっと相手を見つめる。
「あのときはどうも。しかしあんたは落ち着いてたよなあ。最初に会ったときは、リシェル夫人が死んであんなにおろおろしてたのに」
「それ、吾の行ってたやつ!」
つかさずギリーが割って入り、レムを指さす。
レムが振り返って叫ぶ。
「うるせえ!流れってもんがあるんだ」
サダナが苦笑をもらす。
「リシェルが死んだと聞いたときは動揺したし、ミナの件を探られているときは逆に動揺を隠していた。内心ドキドキだったさ」
「なるほど。愛人がいても妻の死には動揺したかい」
サダナがレムをにやりと見返す。
「二人とも愛しているのでね」
ギリーが興味なさそうに紅茶をすする。
「だいたいの貴族はそう言うな」
レムが少し眉をしかめた――いちいちギリーを気にしていたら、サダナの揺さぶりにならない――
「なるほど。リシェル夫人も愛していた、と。ところで夫人は、貴族の社交の場には顔を出さなかったそうだな。そこの貴族の姫さんに聞いたんだが」
「ギリー捜査官と言え」
サダナがギリーをちらっと見て答える。
「――ああ……彼女は少し心を病んでいたのでね……人前に出るのは苦手だった。世話をしていたのもずっと一人のメイドでね……」
レムの目が細くなる。
「ふむ。ところで、捜査に必要なんだが……リシェル夫人の似顔絵なんかはあるかい?」
「肖像画が食堂にあったが……燃えてしまった。彼女の姿をもう見られない、寂しいものだ」
サダナは俯きながら、指先をつけたり離したり同じ動作を繰り返す。
「そうか。ならいいもんがある。少しリシェル夫人の顔を思い浮かべてくれないか」
サダナが手を止める。
「いいもの? 思い浮かべろ?」
「そうだ、、それ以外は考えず、顔だけを」
レムがギリーに目配せをする。
ギリーが紅茶のカップを片手に、杖を振った。
サダナの前に水の渦が現れる。さらに水の渦がサダナに頭の周りをまわって一周し、戻ってくる。
それが収束し、球体となって机の上に落ちる――ネモリだ。
中には穏やかな微笑みの、金髪の女の顔が映っていた。
「リシェル……これは、何をした?」
レムがゆっくりとネモリを取り上げる。
「なかなか綺麗なカミさんじゃねえか。あの獣人の女とは似ても似つかねえ。あっちも一緒に愛せるなんて、ずいぶん多趣味なんだなあ」
「貴様のような下郎に彼女の価値を話す必要はない」
サダナの目が鋭く光る。
「このネモリってやつは複製できる。あんたにも一つやるよ。寂しいんだろ?」
「ふん……構わんが、貸しにはせんぞ」
「そうか、まあ受け取りなよ」
レムがさらりと、別のネモリ――男の顔が映ったものをすり替えて差し出した。
「はっ……なっ!?」
サダナが息を飲み、顔を引きつらせる。
ギリーが思わず目を見張る。
「しまった、間違えた」
レムはリシェルのネモリを差し出した。そして男の顏の映った方のネモリを指さし、
「ところであんた、この男のこと、知ってる風だったな。ならコイツの素性を教えて欲しいんだ。ちょっと探しててよ」
サダナが沈黙する。
その指の動きが早くなった。
唇がかすかに震えている。
「……知らない。知らん男だ。こいつがどうした?」
「そうか。思い出したら教えてくれよ」
レムが立ち上がる。影がサダナにかかる。サダナはレムをじっと見ている。
「もういいのか」
「ああ」
レムが取調室のドアに身をひるがえそうとして、顔だけ振りむ。
「そうだ一つ伝えておく。リシェル夫人は死んでなかった」
サダナの顏が驚愕に変わる。
「なんだと!?どうしてそんなことがわかった?」
サダナが反射的に立ち上がる。椅子が音を立てて倒れる。
目が合うレムとサダナ。
その視線が火花のようにぶつかる。
「捜査上の秘密でね……ま、調べた結果、どうやら死体はリシェル夫人じゃなく、この男らしいとわかったんだよ」
ガルバスのネモリを掲げるレム。
ネモリの水の光にサダナの顔が二重に映っている。
「もう一度聞く、この男を知らないか? ビルディア中を捜査官が駆けずり回って調べてるんだが、早めにわかるにこしたことはない」
「知らんと言っただろう!」
サダナの表情からはすっかり笑みが消え、怒りだろうか、手はすっかり落ち着きなく震えている。
その迫力にギリーは思わずたじろいだ。
レムがゆっくりと息を吐き、じっとサダナを見据える。
「意外に喜ばないんだな」
「何?」
「せっかくリシェル夫人は生きてるかもしれないってのに、あんたが聞いたのは、それが本当かどうかじゃなく、どうやってわかったか、だ」
「!」
サダナが目を見開く。口を開け、しかし言葉を発することができない。
「妙なところが気になるもんだと思ってね。ま、別にいいんだけどよ」
レムが背を向ける。
「取り調べは終わりだ。行くぞ、ギリー捜査官」
「ああ……なんだか、空気が重くないか?」
ギリーは紅茶のカップをケセに私、お腹を押さえて顔をしかめる。
「腹が痛くなってきた。トイレに連れていけ」
「空気の読めないガキだなお前は!」
「むしろ空気を読んだから腹が痛くなったと思えんのか!」
やり合いながら、レムがギリーを肩に乗せる。
扉を開け、取調室を出ていく二人。
サダナはその背中を見つめたまま、手を震わせている。
そして、ガタンと木製の机を蹴った。
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