第30話 再捜査④

木漏れ日が二人を照らす。

ギリーは立ち上がり、レムの隣に並び、驚きのまま固まっている。

「リシェル夫人が……裏切り者の一人?」

「確証はねえがな。だが、リシェルって女を探す必要はどのみちあった。死体は彼女に偽装されていたのに、本人は行方知れずだ」

「本人……? その場合、犯人はリシェル夫人ということにならんか?」

「かもな。だがいいか、ギリー捜査官。結論を急ぐな。色々な可能性を考えるのはいいが、絵図を書くのは証拠を得てからにしな」

風が止み、ギリーの栗色の髪が静かに落ちた。

「……それは、ケイジにとって大事なことか?」

「ふっ、わかってきたじゃねえか」

レムが苦笑する。

「ところでギリー、お前はリシェルに会ったことはあるか?」

「いや、ない。社交の場にはサダナ子爵しか出てこなかったな。病気がちとかなんとか言っていた気がする」

レムが頭をかく。

「そいつは困ったな……顔写真の一つもねえと、聞き込みもままならねえ」

「シャシン?」

「要は、そっくりの似顔絵だよ。そういうものがたくさんあると、捜査員が街の人間にに『こいつを見たことがねえか』って聞いて回るのに楽だろ?」

「それは……こういうものでもいいか?」

ギリーが杖をひと振りする。空中に水の渦が生まれ、小さな球体となってレムの手のひらに落ちる。

水の表面がゆらぎ、そこにパンザロールの顔が浮かび上がる。

レムの目がわずかに光る。

「なんだこれは?」

「吾の記憶からパンザロールの顏を映し出したものだ。ネモリと呼んでいる。これでよければ何個でも作れるし、他人に触れればその人間の記憶を映すこともできるぞ」

「……それも、お前の魔法か?」

「そうだぞ!ふふん。 まあ、これぐらいの魔法なら、魔法捜査官ぐらいなら教えればすぐにできるだろう」

ギリーが胸を張って、杖を地面に着く。

「なるほどね。悪くねえアイデアだ。なら、サダナ子爵の記憶を探れば、リシェルの写真は手に入る」

「なるほど! それは役に立つな! 吾の魔法が!」

レムはうっかり褒めたことを後悔しつつ、さらに話しかける。

「問題は名前もわからねえ死んだ男の方だ……目撃者の一人でもいればいいが、パンザからそういう話は聞いてねえし……」

「そうだな……見た者がおらんのでは、さすがにネモリには映しようがない」

「男は裏口から入ったはず……深夜にそれを見てた奴なんて……」

レムはあたりを見回し、ふと大木を見上げる。

改めてみると大きな木だ。レムの巨大な体をもってしても、その幹に腕を回すのは無理だろう。

「ギリー、お前確か前に、箒で速く飛び過ぎて森だから木だかの精霊に文句を言われたとかいってたな」

「なんだいきなり? それがどうした?」

ギリーが腕を組んで不服そうに睨む。

「この世界には、つまり、精霊がいるのか?」

ギリーは人差し指を立てた。その先には雲の浮かんだ空がある。

「いるぞ。雷や雨、風、巨大な力は精霊たちの群れが動かしておるし、草花や木など、物言わぬ生物にも精霊が宿ることがある。精霊の力を借りる魔法も多いぞ」

「……じゃあ、この木はどうだ? いるか?」

レムが大木の幹に手を当てる。木の表皮には年季の入った筋がぼこぼことあり、まるで脈打つようだ。

「立派な大木だ。おそらくいるだろうな……どれ、見せてみろ」

ギリーが木に手を当て、呪文を唱えると、木の前に淡い光のオーブが浮かび上がる。

枝の葉が揺れ、低い響きのような音が漏れた。

「……ふむ。この木は百年以上ここに立っているそうだ」

「会話もできるのか」

「年を経るほど力は強まり、意思や感情もはっきりしてくるものだ」

「ならその木に聞いてくれ。屋敷が燃えた日、子爵夫妻や使用人以外の男が、あの屋敷の裏口に入るのを見なかったか」

ギリーが頷き、杖の先をオーブに向ける。幹の中を水がかけめぐるように魔力が駆け抜け流れていく音が響く。

ハッとして、ギリーがレムを振り向く。

「……確かにいたそうだ!見知らぬ男が、屋敷に入っていったと!そしてそのあとしばらくして、火事が起きたとも言っている」

レムは首を左右に傾け、ミシミシと鳴らした。

「ならギリー捜査官、さっきの人の記憶を映す魔法、精霊でも使えるか?」

ギリーの目が輝く。

「なるほど……面白いことを考えるな。やってみようではないか!」

木の精霊の光がゆらめき、人の影が浮かび上がる。

ギリーが杖を振ると、水の玉が再び作られ、その中へ人影が移っていく。

夜なのだろう、暗い中で、足を引きずって歩く男らしき影。

やがて短髪の中年の顔が浮かび上がった。身なりは整っていない。おそらく貧しい生活をしていたのだろう。顔には傷があり、焦燥に駆られた顔をしている。

その顔の像は少し霞んではいるが、十分人相を判別できる程度にははっきりしている。

いける、とレムは思った。

「やはり少し粗いな。精霊は人の顏に興味がないからなあ」

「いや十分だ! 精霊の記憶……目撃者というより監視カメラだな……これは、使えるぜ」

「どう使う?」

「近場の精霊たちに、今度はこのネモリを見せて聞くんだ。そうすれば、事件の夜のこの男の足取りを追える。こいつが何処からやってきたか」

「なるほど! ……ところでレム、何か忘れていないか?」

「あん?」

ギリーが人差し指をレムの顏の前で振る。ちっちっち。

「この吾の魔法で、焼け死んだ男のネモリが手に入ったのだよな?」

「……まあ、そうだな」

ギリーが杖をくるりと回し、一回転する。栗毛とローブが舞い。そして最後におなじみの決めポーズをし、笑顔を作った。

「一級魔法捜査官の力を見たか! 褒め称えるのが筋というものだ! 貴様はいつも敬意が足りないからな、こういうときぐらい……」

「さっさと行くぞ」

レムはギリーを無視して立ち上がり、歩きはじめる。ギリーは慌ててレムの後を追った。

「こら、待たんか!」


木々の間を抜け、ギリーが次々とミモリを持って小さな精霊に話しかける。

花や草の上に小さな光のオーブが浮かんで、返事をするように時折揺らめいた。

レムは精霊の声は聞こえない。何もできず、横で黙って見守っていた。

「ここの花は何も見ておらん」

「川の精霊は音しか覚えておらんそうだ」

ギリーが精霊から聞いた話を元に、次の行き先を示す。レムが頷きながら方向を変える。

高い枝に咲く花へは、レムの肩にギリーが足を乗せ、ネモリを掲げて問いかけた。

そして話しかけた精霊の数が十を超えた頃――林を抜けた。

そこは人々が行き交う、賑やかな通りだった。

荷馬車が行き交い、金属を打つ音がどこからか響いてくる。

鍋や剣を並べた露店が並び、行商人たちが呼び込みの声を上げている。

「街に出たか。この辺りにくると、人が多くて精霊はおらぬ」

「精霊カメラはここまでか……」

「さっきも言っていたな? そのカメラとかいうやつは何だ? ネモリと同じようなものが貴様の世界にもあるのか」

「原理は違うんだろうが、そういうこった。それより、ここはどこだ?」

「ビルディアの北西区画、工場が多いところだな」

レムが通りを見渡す。

チャリンチャキンと金属の擦れ合う音がそこかしこからしている。

その中で、ひときわ大きな声を挙げる男がいた。その男の配る紙に人が集まっている。

「さっき刷り上がった魔報紙だ! サダナ子爵邸炎上事件の続報だよ!」

「魔報紙……パンザの奴が言ってたな。新聞みたいなもんか」

レムの肩の上で、ギリーが尋ねる。

「ここからどうする?」

「そうだな……ここからは、人の出番だ」

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