Hot wind is browing
蒼京龍騎
Hot wind is browing
────暑い。
久方ぶりに地元へ帰って、最初に考えたことはそれだった。さんさんと照る太陽の日差しが町に襲い掛かり、熱された空気が熱い風を運んでくる。
道中は電車に乗っていたため暑いと感じることはなかったのだが、降りた途端に汗が噴き出すほどの熱気が襲い掛かってきた。
濡れた髪をタオルで拭いつつ、
「相変わらず、クソ暑いな」
遠方の有名な学校へ通っていた輝緒だが、夏休みになったのでそれを利用して帰省したのだ。いかんせん有名な学校ということもあって学業は熾烈の一言に尽きる。
この帰省は日々絶えることなく学び、疲れた頭と体を休ませる目的も含んでいる。しかし、ここまで暑くては休むもくそもない。既に体はふらつき始め、意識も朦朧としてきた。
「……まるで、あの時みたいだな」
ぼうっとした頭が、ふと過去の記憶を思い出す。まだ輝緒が幼く、両親とこの町に居た頃の記憶を。
その日も、今日のように太陽が輝いている猛暑日だった。それでも子供特有の無尽蔵の体力で元気が有り余っていた輝緒は、外に遊びに出ていた。虫を取りに行こう、という安易な理由だったことを今でも覚えている。
熱中症など、暑い日に起こる体調不良について知識の乏しかった当時の輝緒は、なんと水筒を持たずに虫取り網と虫を入れるための籠だけを持って山へと向かったのだ。当然、虫を取り終えて満足した頃には熱中症の初期症状が出始めていた。
とにかく家に戻ろうと吐き気やめまいに襲われながらも歩いていたが、いくら体力のある子供でも限界はある。疲労や水分不足など、複数の要因が重なって輝緒は耐えることができず倒れそうになったのだ。
そんな時だった。輝夫の心を掴んで、今も離さない少女と出会ったのは。
倒れそうになった体は、地面に激突することなく、誰かに抱きしめられるようにして止まったのだ。
「だ、だいじょうぶ⁉」
朦朧とした頭に、確かに聞こえてきた幼い少女の声。顔を上げれば、すぐ近くに見知らぬ少女の顔があったのだ。普段なら心臓が跳ねて、慌てふためくような状況でも、呆けた輝緒はただ少女の顔を見続けていた。
可愛らしい向日葵の髪飾りが着いている夕焼けのような橙色の髪に、青空のように澄んだ空色の目。
「……きれい」
思ったことが、そのまま輝緒の口から出る。女の子のことを可愛いと思ったことはあれど、綺麗だと思ったのはそれが初めてだった。
「と、とにかく休ませなきゃ‼」
少女は照れるように顔を赤らめつつも、輝緒の様子からただ事ではないことを察したのか、輝緒の脇下に手を通して担ぐようにして運んでいく。なされるがまま着いたのは、近場の公園だった。
少女はベンチに輝緒の体を横たわらせ、腰にかけていた水筒を手に取った。蓋を外して、飲み口を輝緒の口に近づける。そのまま、中に入っていた液体を飲み始める。
当時はその飲み物をジュースだと思っていたが、思い返せばジュースにしては甘くなかったのでスポーツドリンクの類だったのだろう。
「ぶはっ」
輝緒は水筒から口を離して息を吸い込む。水分を摂ったおかげか、体から更に汗が噴き出して体が冷やされていく。更に水で湿らせたタオルを関節に置いてくれていたおかげで体温は正常になり、朦朧としていた意識がはっきりとし始める。
しばらくして輝緒は現状を理解し、すぐさまベンチから起き上がった。
「あ、ありがとう」
少しかすれた声で言うと、少女は安堵のため息を吐きながら微笑みかける。その顔を見た途端、輝緒の頬が熱くなり少女から視線を逸らしてしまう。
助けてもらった恩人に対して無礼な行為だったが、しかし少女にとっては微笑ましいもののようだ。
「まだ気持ち悪かったり、めまいがあるなら言ってね。冷やしたからこれ以上悪くはならないと思うけど、念のためここで休んだ方がいいよ」
優しい声色で少女は言う。少女の言う通り、既に輝緒の体調不良の大半は消えて体も思うように動く。少女に礼を言ってすぐにでも帰ろうかと思ったものの、何故か輝緒の体はその場から動かなかった。
少女から休んだ方がいいと言われたのも理由の一つだろうが、帰る気になれなかったという理由の方が強いだろう。少女の隣で座るという、ただそれだけの行動がやけに心地よいのだ。そのせいで立ち上がることが出来なかった。
「駄目だよ、水を持っていかないで虫取りなんて。次からは気をつけてね」
ベンチの横に虫かごがあるからか、少女は輝緒が虫取りに行っていたことを知っていた。咎めるような口調ながらも、優しい笑顔を浮かべながらの言葉だったからか気分は沈まなかった。
少女の声を聴く度に、その動作一つ一つを見る度に、輝緒の心臓は高鳴って気分が高揚してしまう。
そのせいなのか、何故か涼しいはずの風がとても熱く感じたのだ。心臓がうるさく鼓動を繰り返して、体温が上がっていたからだろう。
それから少女は、輝緒に山での出来事を聞いたりしてきた。なかなか女の子と話す機会がなかったせいで言葉が片言になったり上手く言葉が出なかったりしてしまったが、それでも少女は少々過剰に反応し、相槌を打ちながら笑ってくれた。
その時少女が輝緒に向けて見せた笑顔はとても眩しく、数年たっても記憶から消えることはなかった。
とても楽しく、ずっとこの時間が続けばいいと思っていた輝緒だが、残念ながら楽しい時間ほど早く終わってしまうものだ。
「あ、ごめん。私そろそろ行かなきゃ」
時計をちらりと見た少女は焦った様子で立ち上がり、数歩歩くと輝緒の方に向き直った。
「次は水を持ってくるように。ここはとっても暑いから」
手を数回振ってから、少女は公園を後にした。少女と別れた後、輝緒は胸の内に燻る言いようのない感情に悩まされることとなるのだが、その正体を知ったのはつい最近のことだ。
我ながらチョロいと思った輝緒だが、それでも一夏の淡い思い出として、記憶に刻み続けることにしたのだ。
その日以来、あの少女とは会っていない。何度公園に訪れても、少女が現れることは無かったから。
「……って、何思い出してるんだか」
朦朧としているせいか、らしくもなく過去の記憶にふけてしまった。本格的に熱中症になりかけているのだろう。あの時からの反省を活かし、暑い日は常に飲み物を携帯するようにしていたためバッグから飲み物を取り出して飲もうとする輝緒だったが、気付いてしまう。
「やべっ」
空である。この暑さで頻繁に喉が渇き、電車の中で飲み干したことをすっかり忘れてしまっていたのだ。それに気付いてしまったせいか、体に異変が起こり始める。
めまいで視界が揺れ、体の動きがおぼつかなくなる。ふらついた足で立っていられなくなり、体勢が崩れて輝緒の体は前方へと倒れ始めた。
そのまま、輝緒の体は地面に衝突する……かと思われた。
倒れかけた輝緒の体は、誰かに、正面から優しく抱きしめられたのだ。その時、鼻腔を懐かしい香りがくすぐった。
「だ、大丈夫ですか⁉」
顔を上げて真っ先に目に入ったのは、少女の髪を留めている髪飾り。それは、あの時の少女が付けていたものと同じく、向日葵の花を象っている。
「……ぁ」
自然と、声が漏れてしまう。あの時のように、少女へと視線が釘付けになった。
もう十年も経っているというのに変わらない輝きを持つ橙色の長髪に、まっすぐとしていて澄み切った空色の瞳。あの時と同じように、綺麗としか言いようのない容姿の少女。幼い頃に戻ったかのような錯覚すら覚える。
ただ、違う点が一つあった。それは、輝緒が自分の内にある感情を理解しているか、否か。
「暑いな、ほんとに」
────今日もまた、熱い風が吹いている。
Hot wind is browing 蒼京龍騎 @soukeiryuuki
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