彼女が引いた貧乏クジ

@arz6sk

既に彼女に愛は無く、

 『ラブコメ漫画の主人公の友人』ってどんな奴を想像する?


 明るくて、ひょうきんで、女子にモテない猿顔の男子。

 大体の人はそんなのを想像するだろう。


 そして、ソイツは大体の作品に於いて主人公から友人と認識されてはいても、内心ではナチュラルに見下されているんだ。


 ……俺のように、ね。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「ユウが、幼馴染みが……っ寝取られた」


 夕日の差し込む教室の片隅で、俺の友人である『東野とうのエイスケ』、ボサボサの髪とヨレヨレの服装の彼は、苦悶に歪む表情でそう呟いた。


 東野エイスケは、俺と同じクラスの高校2年、中肉中背の男子学生。


 そして、まるでラブコメ漫画の主人公の様な男である。


 まずコイツは何故かやたらと女子に意識される。


 気難しいクールビューティー。

 男嫌いの才媛。

 異性が苦手なおっとりお嬢様。


 高校に入学して一年で様々な美少女と交流を持ち、友好的な関係を築く様は正にラブコメ主人公と呼ぶに相応しい手際だった。


 更に東野には、隣に住む幼馴染みの美少女と、血の繋がらない美少女の義妹が居るという役満っぷりである。

 

 ……正直、ここまで漫画な状況を目の前に出されると、ハーレム状態に対する妬みよりも

『コイツいつか刺されるんじゃないか』

という心配の方が勝ってしまい、東野へのヘイトは意外にも低く、俺も面と向かって舌打ちをしながら『クソがっ!!』と吐き捨てる程度で友人関係を維持できている。


 ……時々、上から目線で周囲に女性しかいない苦労を話されるのはイラッとくるが。



 そんな東野ハーレム野郎が今日の朝、登校してきた俺に『相談がある』と声を掛け、放課後の教室で開口一番に出した言葉が、


 「幼馴染みが寝取られた」


 である。


 ……どうしろと?

 東野この男は俺に一体何を求めているんだ?

 アドバイス?

 自分がナチュラルに見下すぐらいに非モテの俺に?

 慰め?

 指差して『ざまぁ!』って笑われるのは、普段のやり取りで分かるだろうからこれは無い。


 それとも、もう《知っている》のか……?


 「なぁ、一つ聞いていいか?」


 頭に浮かんだ疑念を一旦追いやり、俺は今一番に聞かないといけない事を尋ねる。


 「『寝取られた』って言ったけど」



 「東野オマエ五代幼馴染みって、付き合ってたの?」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 五代ごだいユウ


 東野エイスケの幼馴染みであり、小学生の頃から東野と共に過ごし、ズボラな所のある東野を公私にわたり甲斐甲斐しく世話をしてきたお母さんな美少女。

 ……いや、彼女の世話焼き能力は東野だけではなく、クラス、学年を飛び越え学校全体を包む程の母性を持つ。

 学校のお母さん的存在。


 『学校のママン』


 と、言われている。

 ちなみに本人はその呼び名を心底嫌がっている。

 

 でしょうね。


 ともあれ、五代ユウは学校中にその名が知られる美少女であり、

 多くの先輩女子から可愛がられ、

 多くの後輩女子から慕われ、

 多くの男子生徒から好意を持たれ、

 多くの先生達から信頼される少女である。


 ……ちなみに、彼女をエロい目で見ている一部の連中は、彼女を

 『守護らねば……っ!』

 している女子達から潰されているらしい。


 ……比喩か直接かの表現は避ける。


 そんな彼女だが、ある時期まで恋愛的な意味で浮いた話は一切上がらなかった。


 理由は簡単、彼女には既に付き合っている相手が居ると認識されていたからだ。


 その相手こそ、東野エイスケ。


 五代ユウの幼馴染みにして、彼女から日々お世話をされながら生活している男である。


 普通なら周囲の男子からの嫉妬の念で灰色の学生生活を送りそうなものだが、前述した通りのラブコメ漫画そのまんまな絵面に学校中の男子がドン引きしたため、暴行・嫌がらせ等の胸糞悪い行いは回避されている。


 が、そんな危機的状況に晒されていた事を知ってか知らずか、東野本人は彼女の事を


 『別に、ただの幼馴染みだよ』


 と、恋人関係では無いと主張。


 これにより、五代への告白奇襲を目論む男子生徒ジャック・ハ○マーと、彼女を守護まもらんとする女子生徒本部○蔵による攻防戦が日夜、近所の公園で繰り広げられたとかないとか。


 余談だが、この噂が出回った時期に前後して、性別の垣根を越えた友情を手にした男子漢女女子が数組誕生した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「お前と五代って、付き合ってたの?」


 俺の疑問の言葉に、東野はバツの悪そうな顔をして俯く。

 どうやら付き合っている訳では無いようだ。


 「付き合ってるんじゃ無いならさ、『寝取られた』ってのは違うくね?」


 俺はゆっくりと、言って聞かせるように東野へと語り掛ける。


 「東野オマエと五代が付き合ってるって、周りから見られてたのは事実だけどさ」


 「他ならぬオマエがそれを否定してるんだろ?」


 「ならさ、五代が誰と付き合ってても、それは五代の自由じゃないか?」


 東野の目を真っ直ぐに見据え、言う。


 頼む、これで納得してくれ。


 オマエが望んだ結果なんだ、今更実は好きだったなんて言うのは止めてくれ。


 ……って言うか、俺を《面倒な事態》に巻き込まないでくれ!


 そんな縋る様な願いを顔に出さないまま、東野への言葉をつづ

 「オレ、見ちゃったんだ……」

 ハイ終わったー。


 「……聞くまでもないと思うけど、何を?」


 内心の動揺を表に出さないよう、慎重に問う。


 東野コイツが《気付いている》なら、既に終わり。

 だが、まだ《気付いていない》なら、ワンチャン誤魔化せる……!


 我ながら浅ましい自己保身に強い自己嫌悪を覚えながら、俺は一縷の希望に縋る。


 頼む、勘違いであってくれ!


 違う時刻に見たとか!

 違う場所で見たとか!!

 違う人と間違えたとか!!!


 「……昨日の放課後」 1アウト


 「文芸部の部室で」 2アウト


 「男に抱かれてるユウを見た」 3アウト


 終了~!!!


 はい終わったー!

 俺終わったー!!

 学校中の人間から命を狙われるのが決定しちゃったーーー!!!


 そう、東野の言う通り、五代ユウは寝取られた。


 昨日の放課後、五代の所属する文芸部の部室で、五代は抱かれていた。


 よりにもよって、クラスの中でも『コイツは無いな』と女子達から見下されている猿顔の道化キャラである俺、


 《小田切おだぎりカオル》に、彼女は抱かれていたのだ。




 ……男女共に合意済みであった事は、強く主張したい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る