第22話


 食事後。旅人と少年はまた本を読んでいた。

 旅人は浮遊魔法で浮いているので、ふわふわゆらゆらと動きながら本を読んでいる。

 ものすごく平和な時間である。

 そんな平和な時間に、少年は本から目を離さずに旅人に突然質問してきた。


「旅人さん、さっき街の奴らから何聞いてきたの?」


 旅人はその質問に固まった。

 少年は、聞いてはいけないことだっただろうかと思いながらも、旅人の返事が返ってくるのを待った。

 もう聞いてしまったことは、取り消せないので、仕方がないと思っている所存である。


「…聞いちゃう?それ」


 旅人はしばらく経ってから、やっとのことで発した言葉がそれだった。

 少年はその質問に、やや食い気味に頷いた。


「聞いちゃう」


 少年の返答に、旅人は体を後ろに傾けて、木の枝から足だけでぶら下がっているような体制になった。


「ちょっと危ないよ」


 少年がそう声をかけてくるが、旅人は中に浮いているので落ちる心配は特にないのだ。


「うーんそうだな、何から話せばいいんだろう…」


 旅人はしばらくうーんと唸ってから、あ、と思い出したように声を発した。


「そういえば、少年の名前をつけた人とあったよ」


 少年は目を見開いた。


「俺の名前、町長がつけたんじゃないの?」


 町長から詳しいことは聞いたことがなかったが、てっきり少年はそう思っていたのだ。


「違うっぽいんだよね、その町長に聞いたから」


 旅人は次々と衝撃的な事実を淡々と話していく。

 少年は頭が追いつかない。


「どうせなら、一回行ってみる?少年の名前つけてくれた人のところに」


 気になってはいることだ。

 だけど真実を知るには、あまりにもなんというか…重たいことのような気がして…。

 旅人は少年は唾をごくりと飲み込んだ。

 しばらくして、長考の末に頷いた。


「結構考えたね」

「そりゃ考えるでしょ」


 旅人はわかっていない。

 自分の名前をつけた人間の元へ行くということが、どういうことなのか。

 自分の名前をつけてくれた人の元へ行く、ということはつまり、俺のことを呪いの子といった人に会いに行くと言うことと言っても過言ではないのだ。

 何を言われるかわからないので、そりゃ緊張もするし、長考もするだろう。


「まぁ、頷いてくれたってことで、このお昼ご飯食べてからいってみよっか」


 旅人はもう一度魚に齧り付いた。

 少年は心臓の鼓動が早くなる感覚をどうにか抑えようと、の頃に魚に齧り付いた。



 昼食後、二人はカルエムの町の町中に来ていた。

 少年がこんな真っ昼間からこの町に現れることはないため、町の人たちはこちらを見て何かヒソヒソと話している。

 言われている内容がなんとなく察せてしまって、少年は少しだけ俯きがちになってしまっていた。


「少年」


 旅人に声をかけられて、少年は自分の頭ひとつ分くらい小さい旅人のことを見下ろした。


「気にする必要なんてないんだよ」


 少年はハッと気がついた。

 前に一度言われたことを思い出したからである。


「…そうだったね」


 少年は街の人たちに何かを言われても、聞こえてきても、何も聞こえていないように振る舞った。

 いつまでも猫背のままじゃ、街の人たちに示しがつかない。

 それに、聞こえないふりをしていれば、相手はこちらにいつの間にか興味をなくしてくれるだろう。

 それでもいってくるやつといえば、町長と、町の子供達にあたるのだが。

 そのような例外は置いておくとして、他のたいていの奴らは大体興味をなくしていつの間にか違う話題について話している。

 そうだ、これでいい。


「うん、それでいいよ」


 少年の姿を見てなんだか楽しそうに見えた。

 周りの人たちは旅人が無表情のままだったので、このことには気がついていないようだ。

 自分だけの特権ということを感じて、少年はなんだか嬉しくなった。


「さて、ここだよ。君の名前をつけた人がいるのは」


 少年は旅人に言われて建物を見上げた。

 赤い不思議な形をしたテントが、そこにはあった。

 こんなテントがあるなんて、何十年もここに住んでいたのだが、全く気が付かなかった。

 朝には真っ直ぐあの場所に向かってしまうから、気が付かなかったのだろうか。

 少年はそう予測を立てているうちに、旅人は迷わず中に入っていく。

 少年は慌てて旅人を追いかけるように、中に入っていった。



「おやおや旅人さん、またいらしてくださったんですか?ここが気にいってくれたのなら、ずっとここにいてくださってもいいんですよ?」

「それはちょっと遠慮したいかな。旅ができなくなっちゃうし」


 旅人は胡散臭い占い師のような格好をした女性とも男性とも似ても似つかない人の質問に、真顔で真面目に答えた。

 占い師のような格好をした、美しい声をしたものはそんな旅人の様子に笑った。


「あなたはどこまでいっても真面目なのですね。それで、今度はどのような要件でしょうか。そちらの呪いの子に何か関連が?」


 俺のことを狐眼で見据えていた。

 その視線に、俺は軽く恐怖を覚えた。

 何もかもを見透かされているような気分になって、不気味だと感じたのだ。


「ご名答。意外と察しがいいんだね」


 デリカシーのかけらもないような発言を旅人が下にもかかわらず、占い師のような格好をした者は優雅に口元に手を当てて笑った。


「一応占い師ですからね。伊達にお客様と向き合ってませんから」


 少年はここにきてから違和感を持っていた。

 こんな人、少年は生まれてこのかたあった記憶がないのだ。


「そちらの呪いの子、この私のことを全く知らない、とでも言いたげな表情をしていますね」


 優雅なそぶりで少年の方を見てきた。


「え」


 どうしてわかったんだろうか。


「軽く占わせていただきました」

「もしかして今俺の心読んでる?」

「さぁ、どうでしょうね」


 占い師はまた優雅な素振りで口元に手を当てて笑った。

 この人ほんとにめちゃくちゃ胡散臭くてめちゃくちゃ占い師っぽいな、と正直少年は思った。


「今ものすごく失礼なこと考えましたよね」

「考えてないです」


 まだ見透かされてたんだな、と少年は内心冷や汗をかいた。


「さて、そろそろ本題に入りましょうか。どうしてまたこんなところにいらしたんですか?」


 旅人は一拍、拍を置いてから、質問をした。


「少年の名前は君がつけたんだよね」


 占い師は一瞬きょとんとしたあと、口元を歪めて頷いた。


「えぇ、えぇ、そうですよ。モディ、という名前の方でしたら、私が直々につけました。素敵名前でしょう?」


 少年は占い師を睨んだ。

 占い師は少年の表情を見て、楽しそうに、さらに口元を歪ませた。


「ですが、呪いの子、という名前をつけたのは私ではありません。町長が発端ですよ。それは先ほども説明いたしましたよね」

「うん、そうだね」


 そういって頷く旅人の表情からは何も読み取ることができない。


「?他に聞きたいことでもあったんじゃないんですか?」


 全く反応を見せない旅人に、流石にこの胡散臭い占い師も不思議に思ったのか、小首を傾げていた。

 そうなる気持ちもなんとなくわかる。

 少年でさえ、旅人の心情が全く読み取れなかった。


「いや、僕が聞きたいわけじゃないよ。こっちの少年が聞きたいことがあるんじゃないかと思って連れてきただけだから。さっきの質問は、確認のためだよ」

「あぁ、なるほど、そういうことですか」


 占い師はまた口元を歪めて少年の方を見た。


「それで、あなたは何を聞きたいんですか?」


 少年は息が詰まりそうな圧迫感に押されながらも、ずっと、なんとなく、聞きたかったことを聞くことにした。

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