第21話
後日、旅人と少年は毎回集まっている木の上で一緒に本を読んでいた。
旅人はそこまで本を読む方ではなかったが、少年と出会ってからというものの、少年がずっと本を読んでいるので、それに釣られて夢中になって読んでしまっている。
のんびりとした平穏な時間。魔物もいなくて、今日の訓練もやり終え、特にすることがないこの時間は、存外過ごしやすかったりするものだ。
「思ったんだけどさ」
少年が本をじっと眺めながら、突然旅人に声をかけた。
「何?」
旅人が少年の方を向く。
「旅人さんって暇なの?」
これまたどストレートど直球豪快な一撃である。
旅人はヴッという呻き声がこぼれてしまった。
「何大丈夫?」
この通り、質問をした本人に悪気はないのだろうが、質問をされた側としては、精神的に来るものがある。
旅人にも言えることなので、今度から質問の仕方には気をつけようと思ったのだった。
さて、旅人の反省はどうでもいいとして、少年からの質問に答えなくてはならない。
「大丈夫、なんとかなるから。えっと、話もどすけど、僕は暇ではないよ。少年の名前決めたりとか、それから君に関する調査とかしなくちゃいけないからね」
「とか言いつつ、何もしてないじゃん」
ごもっともである。
旅人の心臓あたりに、少年の言葉がグサリと深く刺さり突き抜けた。
「ごもっとも…じゃあ、ちょっと調査してこようかな」
「好きにすれば?」
少年は本から全く目を離さずに言い切った。
「少年冷たい」
まぁ明け方にあんなことがあったものだから少し気まずく感じていてもおかしくはないので、そのせいもあるのかもしれない。
「元からこんなんですが何か?」
多分これ今朝あったこととかあんまり関係ないやつだ、と旅人は悟った。
「じゃあ、僕いってくるね」
「はいはい、いってらっしゃいいってらっしゃい」
「2回も言わなくていいの」
まるで夫婦喧嘩のようなことをしながら、旅人と少年はそこで別れた。
少年は旅人のことを見ずに、本をじっと見つめながら旅人のことを見送った。
旅人はそんな少年の様子を見ながら、少しだけ嬉しそうに、寂しさも少しだけ混ぜたように大きく息を吐き出して、カルエムの町へと向かっていった。
数時間後、時刻はちょうどお昼時。
少年は本をキリのいいところまで読み終えたので、それから流石にお腹が空いたので、料理をするために薪を拾ってきた。
少年はこう見えて自炊とかはする方である。
町にいけばまたあの時と同じように石を投げられたり、陰口を言われたりしてしまうからだ。
少年はあの時の光景を思い出してしまい、舌打ちをする。
あの時は旅人さんに助けてもらえたが、もし一人だったらどうなっていたことか。
きっと、あのまま目に石が当たっていたとしたら、失明どころの騒ぎでは済まなかっただろう。
目が潰れ…いや、グロい話はやめておこう。こういう話は考えるだけで、気持ちが暗くなってしまう。
病院に行っても、俺の場合相手にしてもらうことはない。適当に診断されてそれで追い返されるというのが普通だ。
呪いの子という肩書きは面倒くさい。
この名前を聞いただけで、みんな俺と関わりを持とうとはしないし病院ですら相手にされない。
いっそのこと、潰してしまってもよかったのだろうか。
いかんいかん、暗い気持ちになってしまってはダメだ。
少年は薪を地面に置いて、気持ちの切り替えをするためも含めて、魚を取りに行くために川へと向かった。
川までの距離は実のところをいうと、そこまで離れていない。
せいぜい歩いて1キロ歩かないかくらいだ。
この道はもう歩き慣れているので、本を読みながらでも歩けはする。
だが一度それやって、川に本を落としかけたことがあったので、それ以来はもうやっていない。
しばらく歩いて、少年は川についた。
釣竿という便利な道具は、今この瞬間には存在していないので、自分が川の中に入って捕まえるしかない。
捕まえ方はこの通り。
その1、川魚を見つける。
その2、拘束魔法で川魚を拘束する。
その3、拘束魔法で拘束された川魚を素手で取る。
以上が工程だ。難しそうに聞こえるが、意外と簡単である。
ちなみに、どうして拘束魔法が好きなのか、という理由はここにある。
拘束魔法は小さい頃に本で読んでなんとなく使うことができたので、初めて使った魔法は川魚に対する拘束魔法、ということになる。
なかなかいないと思う、こういう魔法の使い方した人。自分でもそう思う。
少年は靴と靴下を脱いで川に入っていく。直ぐ近くで魚が跳ねた音がしたので、その辺りを目掛けて拘束魔法を撃った。
「ラッキー、今日は意外と早めにあの場所に戻れそうだな」
少年は独り言を呟きながら、水の檻で閉じ込めて、二匹目を取りに向かった。
ちなみにこの檻は、旅人さんとの訓練で身につけた技術だ。
まさかこんなところで役立つなんて思わなかった。
さっき捕まえられているところを見たからか、魚が全く跳ねなくなった。
少年が転ばないように、足元に注意しながら進んでいくと、足元を何かが掠めた。
進んでいったと思われる方向に向かって拘束魔法を撃つと、そこにはまた川魚がいた。
今日は珍しく好調だ。あっという間に目標にしていた二匹が集まった。
少年は気分よく、元のあの薪がたくさん置いてあるはずの場所に戻っていった。
薪に炎魔法で火をつけて、魚の腑を取って、串焼きにして魚を焼く。
炎魔法を使って薪に火をつけるのはこれが初めてだ。うまくいってよかった。木が近くにあるから、失敗したら、一体火の海だっただろう。
本当に失敗しなくてよかったと、今心から安堵している。
しばらくすると、いい香りがしてきた。
焼き上がるまでしばらく待っていると、白くと頭が道の向こうから見えてきた。
「ただいまーって、なんか美味しそうなことやってるね」
旅人は焼き魚を見るなりそう言って、少年の対面に座った。
「ちょうどお昼時だったから、お腹が空いたの。一人一匹ずつだからね」
「え、これ僕も食べていいの?」
全く抑揚のない声に少しだけ驚きが含まれていた。
少年には、旅人がどうして驚いているのか理解できなくて、首を傾げた。
「だって旅人さん、何も食べてないんじゃないの…あ」
少年はやっと何かに気が付いたかのように、声を漏らした。
だんだん顔が赤くなっていく。
「やっと気が付いた?」
旅人は真顔だったが、少年にはなんだか楽しそうに見えた。
「あ、アンタのためじゃないんですけど!」
「少年それツンデレの決まり文句だよ」
真顔で声の抑揚に全く漏れがなかった旅人だが、少年には旅人が心の中で爆笑しているように見えて仕方がない。
「笑ってんじゃねぇ!」
「あれ、顔に出てた?」
「出…てはいないけど!」
一瞬言葉に詰まった少年に旅人は少し疑問を抱きつつも、今度は魚に目線を移した。
「少年、これ焼き始めて大体どんくらい経った?」
突然旅人が話題を変えてきたので、少年もそれに合わせて魚に目を移す。
俺の体内時計が合っていれば、旅人さんがくる前に五分くらいは焼いていたはずだ。
なので…。
「10分は立ってると思うよ」
「了解、じゃあもう食べても良さそうだね」
旅人は地面に刺さっていた魚の串焼きを手に取って食べ始めた。
「少年これ美味しいよ」
「そう、ならよかった」
少年は旅人が何事もなく食べ始めたのを見て、自分も魚を手に取って食べ始めた。
別に毒味をさせたわけではない。
少年と旅人は黙々と魚を食べ終えた。
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