第15話


 しばらく経って、旅人は魔法で遊ぶのに飽きたのか、少年が現在進行形で読んでいる本を隣で読み始めた。


「少年、聞きたかったんだけど、これってなんの本?」

「魔法科学」

「つまり教科書か」


 一緒に呼んでいたにも関わらずわからなかったのか…と少年は心の中で思った。

 旅人はその間に少年の前に回り込んで本の表紙を見る。

 魔法科学の本だったが、市場で売っている参考書のようなものだ。


「よくわかる魔法科学の本、高校で学べる内容がぎっしり…めっちゃ安直な名前だね」

「勝手に見んな」


 少年は旅人の頭を軽く本で叩いた。

 旅人は先ほど座っていた木の枝の位置に戻ると、少年が読んでる本を見始めた。


「昨日も聞いたけど、少年って今いくつ?」

「15」


昨日聞いたが答えてくれなかったが、今日は興が乗じたのか、答えてくれた。


「ってことはまだ中学か」

「まぁ、世間一般的には」


 少年は本のページをめくりながら答えた。


「あ、まだそこ読んでたのに」

「知るか」


少年は辛辣なことを言いつつも、ちゃんとページは戻してくれている。


「ツンデレか…?」

「…」


 旅人がそう聞くと、少年は無言で次のページをめくった。


「嘘嘘ごめんごめん」


 少年は旅人のそんな様子にため息をつきつつも、次のページのまま本を読み進める。

 この人、この本を見て学べることなんてあるのか?と思ったからである。


「待って少年、世間一般的には中学生なのに、もう高校の問題解いてるの?」

「…確かに、そうなるね」


 反応遅いなと思いつつ、今ままで気にしたこともなかった、と少年は付け加える。


「いつも、町長が…というかあのおっさんがもう使わない本を何冊か持って物置に置いていく。俺はその本を勝手に読み漁ってるだけ」


 また1ページ読み終わったようで、少年はページをめくりながら答えた。


「もしかして少年意外と頭良かったりする?」

「さぁ、学校行ってないからわかんない」


 少年は興味がなさそうに答えた。

 でもこのペースで読んでいるなら、1日1冊は読み終えているはず。なら、同じ本を繰り返し読んでいてもおかしくはない。

 本もだいぶ使い込まれているようだ。


「少年は秀才だね」

「何?急に…」


 少年は本から目を離さずに旅人に聞いた。


「別に、思ったこと言っただけだよ」

「旅人さんってそういうところあるよね」


 少年は次のページをめくった。


「ねぇ、少年って、学校行ってないんだよね?」

「そうだけど、それがどうかしたの」


 何かが気に障ったのか、顔を顰めながら少年は旅人に聞いた。


「ごめん、怒らせるつもりはなかったんだけど。ただ、学校行ってないってことは実践魔法の訓練とかやったことないよねと思ってさ」

「まぁ、それはそうだね」


 少年は本から目を離さずに、頷いた。


「じゃあさ、稽古しようよ。僕と少年の二人で」

「え?」


 少年は驚いて本から目を上げた。

 気づかないうちに、旅人はいつの間にか木の枝から降りていて、旅人は地面から少年を見上げていた。

 真顔だったが、少年にはなんだか自信ありげな表情に見えた。


「稽古と言っても、もし何かあった時のために少年が対処できるようにするためだよ。悪いことじゃないと思うけど」


 旅人は少年を見上げながらじっと見つめてくる。

 瞬きすらしないので、一般人からしたらちょっと怖いかもしれない。


「そうなんだけど、稽古と言ったって俺が旅人さんの相手になるわけがないよ?」


 旅人は杖を取り出しながら少年の疑問に答えた。


「あ、そのあたりに関しては大丈夫。僕は少年に一切攻撃しないから」


 少年は驚いた表情をして木の枝から飛び降りて着地した。


「ってことは、俺の魔法を旅人さんは防御魔法で全部防ぐってことか」

「そう言うこと。元々僕の相手に少年がなるとは思ってないよ、少年僕より魔力も魔法の技術も劣ってるもん」


 旅人はなんも気にしていないようにそういった。

 ここまで言われて仕舞えば、稽古に参加しない訳には行かないだろう。

 少年は頭を軽くこづかれたような気がして、少年も本を取り出した。


「そこまで言うならやってやるよ」

「お、その気になってくれたか、良かった」


 旅人は少年の使う魔道具を見て真顔で驚いた。


「少年もしかして、今までそれで魔法使ってきたの?」

「いや、たまたま見つけて魔力込めてみただけだけど…なんか文句ある?」

「文句しかない」


 旅人は少年が今までどんな環境で過ごしてきていたのか忘れていたが、まともな教育を受けてきていないことを見て、今一度町長に怒りを覚える。


「少年、それかなりボロいから、こっち使って」


 旅人はそう言って軽く本を作り出すと、少年に渡した。


「こんなんも作れるんだ」

「まぁ、それなりにはね。だけど、この稽古だけだよ、使えるのは。魔法で作りだしたものは元々強度があんまり高くないから」


 少年は興味津々に渡された本を見ると、突然齧り付くように本を見始めた。


「ん?どうしたの?」

「これ、古代の呪文だよね?」


 少年にそう言われて、旅人はしまったと思う。

 つい癖で魔法道具に色々記入してしまった、と。


「旅人さんって、やっぱり1000年前の人間だから、古代語とか得意なの?」

「え?まぁ、それなりには…」


 旅人は言葉を濁しつつも、少年の質問に答えた。

 少年の方を向くと、少年は本に目がくっついてしまうんじゃないかと思ってしまうくらい、本に顔をめり込ませていた。


「少年目悪くなる」

「もう悪いから安心して」

「それは安心できないな」


 少年は旅人の言葉に返している余裕というか、もう声が聞こえていないのか、無視して本に物理的にもめり込んでいる。


「少年ちょっとやらないの?」

「待って、ここだけ見させて!ここだけ読んだらやるから!今町うどいい感じに翻訳できてきたところだから!わかる⁉︎」

「逆ギレしないでもらってもいい?」


 旅人は思わず、少年にツッコミを入れた。



 しばらくして、少年はキリのいいところまで読み終えたので、旅人との特訓を受け入れ、稽古を始めることにした。


「まずは少年がどこまでやれるか見てみたいから、一旦実力勝負ってことでかかってきなよ」


 少年は一瞬気がかりになって、旅人に質問を投げかけた。


「これ、本当に使えるんだよね?」

「大丈夫、使えなかったらまた新しいの作るから」


 旅人さんがそう言えるってことは大丈夫だな、と思い直して試しに一発打ってみることにした。


『色よ、木々を引き裂け』


 少年が唱えると、目の前にあった大きな木が縦に真っ二つに割れた。


「おぉ、やるね」


 旅人は少年の魔法の斜線上に立つと、杖を地面にとんと弾ませて防御魔法を展開した。


「さて、そろそろやろう」


 旅人がそう言ってくれたが、少年は困ってしまった。

 こうしていきなりかかってこいと言われてもどうしたらいいのかわからなくなってしまうからだ。


「さっきも言ったとおり、防御魔法ずっと展開してるから安心して撃ってきていいからね」


 旅人がそういうと、少年は本を浮かばせて構え直した。


「じゃあ、遠慮なく」


少年はそう言って呪文を唱える。


『色よ、光線となり、壁を貫け』


 今のは色魔法と光魔法の応用だ。旅人は驚きつつも、防御魔法に力を入れた。

 魔法は弾かれて空高くに跳ね上がった。

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