第14話


 少年と旅人は町長の屋敷の裏を歩いていた。

 あれだけ酷いことを言われたんだ。気にするのも仕方がないと言える。

 旅人は後ろから静かについてきている少年の様子を気にしながら、ふと考え込んだ。

 この噂を流したのは一体誰なのだろうか、と。

 これがもし単なるなんの意図もない噂じゃなくて誰かが意図的に流した噂だとしたら。

 一体誰がなんのために。

 この少年が町長と血縁関係にあると分かった今、町長がもしかしたらこの子は呪いの子だと思い込みすぎて流した噂という線もあり得なくはないだろう。

 旅人はうーんと唸って、考えること諦めた。

 これは単なる憶測だ。

 情報が少なすぎる。まだ情報を集めなくてはならない。

 旅人は一旦、今考えたことを全て忘れることにした。このまま覚えていても、これから集める情報の妨げになってしまうと思ったからである。

 旅人はそう思って、被りを振った。

 少年からはなんのツッコミも飛んでこなかった。

 不思議に思って後ろを振り向くと、少年の足が止まっていることに気がついた。


「少年?大丈夫?」


 旅人は少年に駆け寄った。


「…俺は平気だけど」


 そうは言っているが少年の声はなんだか元気がない。

 それに加えて少し震えている。


「もしかして、気にしてる?さっき町長に言われたこと」


 旅人は少年の顔を覗き込んだが、そらされてしまった。

 見られたくないのだろうか。


 「あんなに言われたのは、初めてだったから」


 少年は目元を拭った。

 泣いているのだろうか。


「…そっか」


 旅人はそっぽ向いてしまった少年の頭を軽く撫でた。

 気が緩んだのか、そうじゃないのか、少年はまた目元を拭って言った。


「いつもはこそこそ言われるばかりで、気にしないようにすればできた。だけど何故か自然と涙が溢れて、どうしようもなくて。あんなふうに直接言われたのは初めてだったから、どうにもできなくて」


 いうことが上手くまとめられないのだろう。

 少年はうずくまってしまった。

 その拍子に、地面に水滴が落ちた。

 そうだよな、彼は見た目こそは立派な大人に見えなくもない、口調だって大人っぽい。だが中身はまだまだ幼い。親族からそう言われて悲しくないはずがないのだ。


「少年、少し話を聞いてくれる?」

「…何?さっきの愚痴なら聞かない」


 少年はまたそっぽ向いてしまった。

 旅人は少年から見えるはずもないのに、首を横に振った。


「大丈夫、愚痴じゃないから、というか今日のあれはほんとに気にしてないから」


 今日のアレというのは、ほんの角が対他人の頭にクリティカルヒットしたあの事件のことである。


「それ実は気にしてる人の口ぶり」


 少年は相変わらずそっぽ向いたままだったが、その声には笑いが含まれていた。

 少しだけ、気持ちが落ち着いたのだろうか。

 いい機会だと思い、旅人はそっぽ向いてしまった少年の顔を掴んでこちらを向かせると、おでこを合わせた。


「何この体制」


 少年は目尻に涙をためながら旅人に聞いてきた。


「もう逃げられないよね、の体制」

「うっ…」


 図星だったのか、少年は呻き声をあげて少し視線を逸らした。


「聞いて少年。さっきの僕の頭に本がクリティカルヒットした愚痴じゃない。町長に言われたこと、これまで君が街の人に言われたことに関しての話だよ」


 旅人が真剣そうにいうので、真顔で“クリティカルヒットした話“、という単語に少年は吹き出すことができなかった。


「街の人々に言われた言葉が、君の全てだと思わない方がいい。世界は広い。いろんな人がいる。君にとっての欠点を気に入ってくれる人だっているだろうし、君の自慢を気に入らない人だっている。君のことを受け止めてくれる人だっていつかは現れる。大丈夫、君はよくやってる、気にすることなんてない」


 少年は目を見開いた。

 そうした後、少年は泣きながら笑った。


「いつかって、いつだよ…」


 旅人は少年が笑ってくれたことに安堵しつつも立ち上がる。


「少なくとも、君のその見た目、結構好きだよ。親近感覚えるし」


 少年はなぜか顔を赤くしてそっぽ向いてしまった。


「アンタに気に入られようが、別に関係ない」

「さっき泣いてたのは一体どこの誰だったかな?」


 旅人は真顔で首を傾げた。


「アンタやっぱさっきのクリティカルヒット根に持ってるだろ…」

「持ってないったら持ってないよ」


 旅人は少年に手を差し出した。


「さて、僕の寝床、というか、君の家はもうすぐそこだよ。行こうか」


 少年は頷き、旅人の手を掴んで立ち上がった。



 物置の中に入ると、そこは本で溢れていた。

 旅人は空いているスペースを見つけると、そこに立った。


「僕はこっちの方で寝るから、君は好きなように寝なよ」


 旅人はそのまま壁の方でゴロンと横になった。

 苔がその付近で生えていて、とても衛生的とは言えない。


 「そこで寝てたら風邪ひくし、衛生的にも良くないよ?」


 少年はそう言って旅人の方に近づいてきた。

 ゴロンと横になった旅人からは返事は聞こえてこない。


「こっちの方で一緒に寝れば?」


 少年は旅人が横になった場所の地宅で立ち止まって聞いてみた。

 だが、返ってきたのは返事ではなく、寝息だった。


「え、嘘。もう寝たの?」


 少年は旅人にそう聞いてみたが、旅人からは相変わらず返事ではなく、寝息しか返ってこない。


「えぇ…普通、男女が密室に閉じ込められたら何かあるもんじゃないの…?」


 そりゃ小説の読みすぎだと誰か言って欲しいが、あいにくここにはもういない。

 少年の大きい独り言が聞こえてくるが、旅人は起きることなく、そのまま深い眠りへと落ちていく。


「…寝よ…」


 少年はなんだか虚しくなったのか、花弁もたれて安座を崩したような座り方で眠りについた。



 次の日。

 旅人が起きると、少年の姿はもうそこにはなかった。

 代わりに、物置においてあった本の何冊かが消えている。

 旅人はケープを整えて、床で寝たせいでバッキバキの体をストレッチをしてほぐしながら物置をでた。

 もしかしたら、昨日の場所にいるのかもしれない。旅人はそう思って昨日少年と出会った場所に向かった。


 案の定、少年は昨日と同じ場所にいた。

 本を何冊か持って木の上でごろんと寝っ転がって本を読んでいる。


「もしかして少年、いつもここで本読んでるの?」


 少年は本のページをめくりながら頷いた。


「うん、ここが一番落ち着く。一番頑丈な木の枝だし」

「あ、なるほどそういうことか」


 旅人はそう言って頷いた。


「というか旅人さん、起きるの遅かったね」

「少年が早いんだよ、まだ朝の七時だよ」


 旅人は冬魔法で少年の元まで飛び上がりながら言った。


「俺は朝日が登った瞬間から一日が始まるからね。そうじゃないとまた」


 少年はそこで不自然に言葉を切った。

 少年の方を見ると、ハッと何かに気が付いたかのような表情をしていた。


「また…何?」


 旅人がそう聞き返すと、呆然としていた少年は旅人ん方見て、頭を振った。


「ううん、ごめん、なんでもない。気にしないで」

「…そう」


 少年にもまだまだ隠したいことがあるのだろう。出会って2日目だからということもあるのだろうが、まだまだ信頼されてないなと思いつつ、旅人は少年の隣に座った。


「だから折れる」

「大丈夫浮遊魔法で浮かせてるから」


 昨日と同じような会話をしつつ、旅人は少年の隣で魔法で軽く遊び始めた。

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