第11話


 そう、少年を探すはずだったんだ。

 にもかかわらず、旅人は今カルエムの町の南の森の奥深くにやってきていた。

 どうしてこんなところにいるのか、それは、旅人の後ろについてきている奴ら…狩人みたいな格好した男たちがずっと旅人のことを追ってきているからである。

 なんであいつらが旅人のことを追ってきているのか、多分その理由は、旅人が呪いの子について聞き回っていたからだと思う。

 こんなことをされたら、呪いの子について何か隠したい事実でもあるのだろうか、と旅人は思ってしまう。

 多分これはあのぎっくり腰になった町長から差し出されたものだ。

 いらない贈り物をしやがって。

 旅人はそう思いつつも、慣れない獣道を歩いていく。

 狩人みたいな人たちは別にいいかもしれないが、旅人にとっては慣れないぜい日されていない道をずっと歩いて体力を奪われっぱなしだ。

 早いところなんとかしなくてはならない。

 そう思いつつ、額についた汗を拭って旅人は森のさらに奥深くへと歩みを進めていく。

 狩人たちの足音もどんどん近づいてきて、旅人はもうダメかと思った。

 そう思ってた時、ふと、誰かの歌声が聞こえてきた。

 落ち着きのある低い声だ。その歌声は、この森の奥から聞こえてくる。

 旅人は気になって声の聞こえてくる方へと向かった、

 ようやく声が聞こえてきた場所まで到着すると、そこにはブランシュと同じような、真っ白な髪の少年と見られる男が池の中央に立っていた。

 立っていたというか、浮いていたという方が正しいだろうか。

 少年は後ろ姿なので、本当に少年なのかはまだわからない。

 ただ、制服のような服を着ているから、多分学生だと思う。

 周囲にはフワフワと光が浮かんでいる。

 旅人は一度おってを確認しようと、後ろを向いた。だが、そこには誰もいなかった。

 一体どこにいってしまったのだろう、そう思っていると足元からいびきが聞こえてきた。

 思わず下を向くと、先程までめっちゃ強面で追いかけてきた人達の一人が、旅人の足元で眠っていた。


「え?」


 旅人から思わず困惑の声が漏れ出てしまった。

 その声に気がついたのか、白髪の少年と見られる男が旅人の方を向いた。


「?誰だ?」


 旅人の困惑した声で、歌っていた男はどうやら旅人の存在に気がついたようだ。

 振り向いた男はブランシュと同じまつ毛まで真っ白な少年だった。


「白黒の髪、星空が浮かぶ目。もしかしてあなたが、メディアに取り上げられていた旅人さんか?」


 もうこんな小さな町にもあの放送が取り上げられているなんて…。

 旅人は思わず頭を抱えそうになったが初対面の人の目の前でそんな珍妙な行動を起こすわけにもいかないので堪えて質問に答えた。


「そうだよ、僕は旅人だ」

「やっぱり」


 旅人が質問に答えると、少年は微笑んだ。

 水の上を歩いて旅人の方へと向かってきた。


「さっき、僕のことを追ってくる人たちがいたんだけど、今はなぜかぐっすり眠っているんだ。これは君の仕業ってことでいい?」


 旅人が警戒しながら聞くと、白髪の少年は歩きながら頷いた。


「その理解で構わないよ。僕の歌を精霊以外が聞くと眠ってしまうんだ。だけど、どうしてだろうか」


 少年は旅人の前までやってくると、ぐっと顔を近づけてきた。

 旅人は真顔で少年を見つめ返す。


「君は眠らないんだね。もしかして人以外の種族なのかな」


 少年はそういって微笑んで旅人から顔を遠ざけた。

 この人、なかなか鋭いな、と旅人は思った。

 だが、自分の歌が精霊以外の他種族が聞くと眠ってしまうとわかっているからこそ、そういった判断ができるのだろう。


「旅人さんが言いたくないなら言わなくても構わないけれど、もしよければ聞かせてくれる?あなたが人間なのか、人間じゃないのか」


 少年は池の真ん中を歩きながら聞いてきた、

 その問いに旅人は頷いた。


「別にいいよ。隠すようなことでもないからね。というか、よく僕が人間じゃないってわかったね。みんな、僕のことを人間だと勘違いしてくる人が多いのに」


 旅人が真顔でそういうと、少年は笑った。


「まぁ、さっきも言った通り、僕の歌を聴いて眠らないやつなんてなかなかいないからね」

「そうなんだ」


 旅人はそう答えると、あたりを見渡した。

 さっきの光が見えなくなってしまったからだ。


「…もしかして、さっき浮いてたのが精霊?」


 旅人がつい気になって聞くと、少年は頷いた。


「見えてたんだ」

「え、逆に他の人見えないの?」


 旅人はなんだか意外そうに聞いた。


「普通なら見えないよ、なんで見えたんだろう。やっぱり人間じゃないからかな」

「わかんない。でも、君の周りだけものすごく神秘的だったのは確かだよ」


 旅人は先ほどの光景を軽く思い出した。

 池の中央で歌う少年、その周りを囲んで舞うようにくるくると少年の周りを回る光。こんな光景が、神秘的じゃないわけがなのだ。


「褒め言葉として受け取っておくよ」

「そのつもりで言ったから安心して?」


 旅人は少年が張り付けた笑みを浮かべたのを見て、慌てて訂正した。


「そういえば、旅人さんはどうしてこんなところに?ここはカルエムの町の森の奥深くだ。町の人でも、ここを知っている人はほとんどいないと思うよ。ここに用がある人なんて、なかなかいないと思うけど…」


少年に言われて、旅人は本来の目的を思い出した。


「そうだった、僕ちょっと用事があって。あ、ここにってわけじゃないんだけど」


 旅人が慌てたように駆け出した。


「そうなんだ。じゃあ気をつけて。ここあたりは滑りやすくなってるから

「うん、わかった。あ」


 旅人は忠告を受けたにもかかわらず盛大に転んだ。


「言わんこちゃない…」


 少年は湖から陸に上がると、旅人に手を差し伸べた。


「お手をどうぞ」

「…ありがとう」


 旅人は少年の手を借りて立ち上がった。

 なんだか、異国の王子にでも出会ったみたいだと旅人は思った。といよりかは…。


「なんか慣れてるよね?」

「そうかな?あーでも、女の子の相手をすることは多い方と言えるかもしれない…かも?」

「何その曖昧な答え…」


 旅人は少年の手を離した。


「さて、お世話になったね、ありがとう。あ、名前聞いてなかったね。名前なんて言うの?」

「え、今更…?」


 少年は旅人にツッコんだ。

 もう別れの時だと勝手に思っていたらしい。


「人の名前を聞くのは別にどこでもいでしょ。僕はもう名乗った、でも君はまだ名乗ってない」

「そうだったね。僕はブレイオ。白の国に住んでいて、ピーコックヴェール魔法学校の生徒だ、それじゃあ、またね白黒の旅人さん」


 ピーコックヴェール魔法学校といえば、アルワが建てた魔法学校の一つだ。

 その生徒にまた会えるなんて、僕はもしかしたら、アルワとの縁が強いのかもしれない。


「教えてくれてありがとう、夜遅くならないうちに帰るんだよ」


 旅人は少年に軽く手を振りながら歩き始めた。


「旅人さんは僕のお母さんなのかな?」


少年は旅人に手を振りながら見送ってくれた。


「…うん、いつかまた、きっと会えるよ」


そう言うブレイオの声が聞こえてきた気がした。

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