言葉で伝える

翌朝、電車のホーム。

優奈は、昨日のことを思い出し、正直学校に行きたくなかった。しかし、親に心配をかけたくない一心で、今日も学校に向かうことにした。


電車に乗り込み、人混みに紛れると、ふと後ろに見知らぬ男が立っていて優奈の腰に触れてきた。


(え?痴漢、やだ…怖い)



そこへ、男の手を掴み止めた人物が現れた。

優奈は驚き、思わず振り向く。


「え…?」


目の前には俊樹が立っており、痴漢を鋭く睨んでいた。


男は慌てて優奈に謝る。優奈は何も言わなかったが、俊樹に向かって小さく頷き、警察に突き出すのは勘弁してあげてほしいことを伝えた。


痴漢は次の駅で降り、俊樹は背中に向かって「もう二度とこんなことをするな」と叱責した。


そして、目的地までの道のりは、二人とも無言だった。


目的地に到着し、優奈が小さな声で口を開く。

「あの…ありがとう…ございました。それと、この間はすみません。」


俊樹は肩をすくめる。

「別にいいさ。俺なんて、ただ正義感を振りかざしただけの、うざい男だからさ。」


優奈はすぐに反論しようとする。

「そんなこと…」





俊樹は静かに言葉を紡いだ。

「俺も若い頃自分の軽はずみな言葉で傷つけて親友だった奴と縁を切られたこともある。君には俺と同じようになってほしくないんだ……言葉は時として、暴力になるんだ。軽い気持ちで吐いた言葉でも、相手にとっては一生消えない傷になることがある。だからこそ、慎重に使わなきゃならない。相手に与えた傷は、もう取り返しがつかないんだ」


優奈は胸を突かれるような感覚に息を呑んだ。

今まで、思ったことをすぐSNSに書き込み、他人の粗や自分の愚痴、不満を発散していた。

友達からコメントが返ってくると、少し気が楽になった気がした。……けれど本当は、ただ寂しかったのだ。ひとりになるのが怖かった。


しかしそのことで、確かに誰かを傷つけていた。

自分の浅はかさ、最低さに気づいた瞬間、優奈の目には涙がにじんでいた。


「……私、バカだった。友達にハブられたとき、あんなに辛かったのに。私も同じことを、ずっとしてたんだね」


俊樹は優しくも厳しい眼差しで見つめる。

「それに気づけたなら……俺から言うことはない。あとは君次第だ」


優奈はしっかりと頷いた。

「……もうSNSはやめる。傷つけてしまった友達に、ちゃんと謝りに行く」


俊樹は静かに頷き返した。


優奈は学校へ向かうために駆け出した。だが、ふと立ち止まり、振り返る。

「……本当にありがとうございました! あの……名前、教えてください」


俊樹は少し照れたように微笑む。

「岸田……岸田俊樹だ」


優奈はその名を胸に刻み、再び走り出した。



学校に着くと、玄関先に良子がいた。

優奈は勇気を振り絞り、深々と頭を下げる。

「……ごめん。勝手に写真なんて撮って、最低だった。ほんとにごめんなさい」


良子はしばらく黙っていたが、やがて小さくため息をついた。

「……もう、あんなことしないでよ」


その言葉に、優奈の胸が熱くなる。

「……うん、絶対にしない」


良子は微笑み、優奈を許した。


恐る恐る教室に入ると、そこには亜子と恵が待っていた。二人は真顔で優奈を見つめる。

優奈は目をそらし、教室に入ろうとした――そのとき。


「……ごめん!」

二人は声を揃え、深々と頭を下げた。


「私たちが間違ってた」


優奈は慌てて首を振る。

「違う、私が悪いんだよ……」


「ううん、私たちが悪い」


言葉を重ね合ううちに、三人の目には涙があふれ出した。


「ごめんね……」

「ほんとにごめん……」


三人は泣きながら互いに謝り合い、ようやく和解を果たした。


「もうSNSはやめる」

「これからは、思ったことは正直に口で伝えよう」

「悪口や噂話なんて、二度としない」


三人は涙の中で誓い合った。


その更生のきっかけを与えてくれたのは、すべて俊樹だった。





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