【短編小説】オブリガートは甘く響いて

shosuke

オブリガートは甘く響いて

完全フィクション!脳内妄想炸裂中!

登場人物・設定はすべて架空です


最後の最後で煮詰まっていた。

Bメロからサビを抜けて最後の大サビへ繋がるオブリガートがどうしても浮かばない。


私はピアノの前を離れ窓越しに夜景を眺める。

メロウな曲だけに扇状的なラインが欲しい。


普段見る夜景はそれこそセンチメンタルになったりセクシーな気持ちを駆り立てたり何かしら浮かぶものだ。

しかし今夜は明日の締め切りを前に焦る気持ちが強くほぼ何も感じない。

どうしたものかーと途方に暮れかけた時LINEの通知音が響いた。

「今。何してますか?」

LINEのタイムラインに見知らぬ名前が浮かぶ。

ひとしきり記憶を巡るが覚えのない名前だった。

「だれ?」

すると先方から

「忘れちゃったんですか?こっちからラインして良かった」

そうは言っても誰も思いつかない?

すると

「連絡するときは僕と会いたくなったらにしてよ」

ああ〜!思い出した!先日の夜景パーティーで会った人だ。

しかしその本人かはまだわからない。

私は合言葉のように

「会いたくなったら連絡してと言ったのはあなたの方よ」

すると

「思い出してくれましたね。でもちっともLINEが来る気配がないからこちらからしちゃいましたよ」

私はそっけなく言う。

「何か用?」

すると

「どうしてもあなたに連絡したくてね。そうしないと一生連絡なんてないだろう?」


いつの間にかタメ口になっている男性に釘を刺すつもりで告げる。

「まだ会って間もない女性にラインしてくるような人にこちらから連絡する気は起きないわよ」

すると

「そう言うなって。まるで高校生に戻ったようにLINEの画面と一時間睨めっこしてやっと送れたんだ。その努力を汲んで欲しいな」

彼が続けて

「まだ知り合って数日でLINEしちゃうって、僕の勇気すごくない?」

と戯けたメッセージが届く。

「そういえば誰からも許されてきたのね?でもおあいにく様。私、今、作曲作業中であなたと話している暇はないのよ」

「じゃあ今、部屋かい?」

「そうよ」

「もしかして君の部屋からはそれはそれは綺麗な夜景が見えていたりする?」


何で部屋のことを知っているのだろう?

ちょっと警戒してスルーする。

「ごめん、ごめん、驚かせたね。僕の探偵気質がむくむくしちゃってさ。君みたいな綺麗で大人の女性はきっとそういう部屋に住んでいるんじゃないかと思っただけさ」

そうかそう言うことか‥。


男性から「綺麗な大人の女性」と言われて悪い気はしない。

「目の前にはタワーが見えるわ。その周りにダイヤモンドを散りばめたようなビル灯りがたくさん見える」

「君と会ったパーティーもそのタワーでだったね。覚えているかい?夜景がまたたいているその先にテーマパークの花火が上がっていたね。儚くてすごく綺麗だった」


そうだった。

夜景だけでも綺麗なのにその先に、上がってはすぐに消えてしまう花火が輝いていた。

美しいと思う端から消えていく。

あれを儚いと言わず何と言うのだろう?


物思いに耽っていると

「ちょっと感傷的になったね?どうして?」


さっきまで何も感じなかった夜景に火が灯ったように急に輝きを増したような気がした。

私は仕切り直すように

「ねえ?どうして急に連絡したくなったの?」

と聞いた。

彼は

「どうでもいい話題で話を逸らすところを見ると図星だね」

取り繕うほど子供でもない。

「そうね。少し感傷的になったわ。何だか心の柔らかいところを触れられた気分よ」

すると

「君の柔らかいところって?」

「それは言えないわ。秘密の場所だから」

「秘密の場所‥意味深だね。でも僕はそこに触れられたんだね?」

「さあ?どうかしら。何とも言えないわ。だって私たちそこまで話す関係でもないもの」


すると彼が

「じゃあ、そこまでの関係になろうよ。今からでも」

「私はゆっくり関係を深めたいタイプなのよ。それにあなたとそうなれるか、なんて今の段階ではわからない」

すると彼が

「なれるよ。僕には確信がある。君と僕は運命的に離れられない関係になるさ」

久しぶりに聞く男の自惚れた自信に私の中の自尊心が刺激される。

夜景がさらに輝きを増した気がした。


揺れる気持ちに蓋をするように

「じゃあ、そろそろ作業に戻らなきゃ。連絡するわ」

「わかった‥でも僕に連絡するときは感傷的でなく官能的な気持ちになった時にしてくれ」

私は吹き出しそうになりながら返信ボタンを押す。

「わかったわ。そうする‥」


ー久しぶりに刺激的な会話ができた。

その気もないのに乗せられちゃったわー


すると夜景をバックに不意にオブリガートが浮かぶ。

燃えるようで静かな熱を湛えた情熱的な旋律。


夜景の向こうに向かって「ありがとう」と気持ちを投げると

再びピアノへ向かっていった。






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【短編小説】オブリガートは甘く響いて shosuke @ceourcrpe

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