【短編小説】ラテンのリズムに誘われて

shosuke

ラテンのリズムに誘われて

妄想全開のこの物語は登場人物その他すべて架空のフィクションです。

空想のダンスフロアをお楽しみください!



パーティー会場は人でごった返していた。

私はパーティーの席では輪の中に入らず、こうして離れた場所から会場全体を俯瞰して見るのが好きだ。

パーティーは様々な人間模様が透けて見える。

俯瞰で見ているから色んな人の色んな行動が目に入る。


例えばバーカウンターでドリンクをオーダーする列に並んでいる女性。

白いスパンコールが光るワンショルダーのイブニングドレスのスリットからその細い脚を不自然に覗かせている。

なぜあんな苦しそうな体勢で脚を出しているのだろう?

その答えはすぐに分かる。

彼女のちょうど前に若くてちょっと悪そうなイケメンの男の子がドリンクが出てくるのを待っている。

彼女はその横顔をチラチラ見ながらスリットから脚を出しクネクネと不自然な動きをしているのだ。


彼女だけは気づいていないかも知れないがこちらからはその挙動の一部始終が見えている!

そして彼からも。


こうして離れた場所から全体を見ていると逆に細かいところまで目が届く。

ちょっと変わった挙動をしている人は意外に目立つものだ。


白いスパンコールの彼女もまさか私がここから凝視しているなどつゆほども思わないだろうから目の前の彼の気を引こうと一生懸命になっている。

なんであんな変な挙動をするのだろう?

普通に声をかければ良いものを‥。

逆に下手な手管を使おうとするから可笑しくなるのである。

もはやこちらからすれば滑稽以外の何物でもない。

私は思わず失笑する。

その瞬間彼女とバッチリ目が合った。

一瞬、バツの悪そうな恥ずかしさが顔に滲んだがすぐにプライドが彼女を立て直す。

ーなんか文句あるの?ーというような顔をして私を見た。

私はもう一度、今度は露骨に失笑をする。

彼女の顔がみるみる紅くなりーフンッーとばかりに列から外れて踊りの渦の中に紛れていった。


さて、他に面白そうな人は居ないかしら?とフロアを見渡す。

すると一人の男性と一瞬目が合った。

白いスーツに日灼けした肌。

豊かな髪はミディアムロングで緩くカールしている。

その髪の上には服と同じ白いパナマ帽をかぶっている。

日本の男性で白いスーツにパナマ帽とくるとそうそう似合う男はいない。

しかし彼は上手に着こなしている。

かっちりし過ぎずうまい具合に着崩しているところがセクシーな雰囲気を醸し出している。

ーふーんー

なかなかやるじゃないと心でつぶやく。


フロアの音楽がミディアムスローから急にラテンミュージックに切り替わる。

静かだったフロアが一気に盛り上がり、それまでスツールに腰掛けていた人達もフロアに繰り出した。

急に押し寄せる人の波にパナマ帽の君を見失う。

視線を泳がせて探すが人波にのまれてどこにいるのかわからない。


少し残念な気持ちを抱えてバーカウンターへドリンクを取りにフロアに降りる。

今夜、二杯目のテキーラサンライズを頼むと人でごった返すフロアに視線を向けた。

マンボのリズムに身をくねらせるカップルの間から白いスーツが目に入る。

それとなく視線が吸い寄せられると彼の方もこちらをチラッと見る。

今度は数秒視線を合わせる。

3秒経ったとき背後からテキーラサンライズが出来上がった声がかかる。

振り向き、ドリンクを手にして視線をフロアに戻す。

しかし人の波の間に彼の姿はない。

目の前のカップルがマンボのリズムに乗って情熱的に身をよじらせながら踊っている。

マンボの叙情的な旋律がこちらの胸まで何だか感傷的にさせる。

もう一度彼の姿を探すがどこにも見当たらない。


仕方なしに元いた場所に戻ろうと2階を見ると先ほどの席はすでに人で埋まり空いている席は他になかった。


たまたま目の前のスタンドテーブルが空いていたので一人グラスを傾ける。

パーティで目が合う人など星の数ほどいる。

しかし、目を引く人に出会うのはそうそうない。

大抵がほんの一瞬目が合っただけでそのまま視線を逸らす。

しかし、3秒以上目が合うのは稀だ。

そしてそんな男はそのまま視線を逸らさずこちらへ向かってくる。

不適な眼差しに自信と情熱をみなぎらせて少しずつ距離を詰める。

そんな時、私は人波に紛れて相手を撒く。

その先が透けて見えるからだ。

大抵が「ここから抜け出そうよ」と耳元で囁く。

そんな気はサラサラないので会話をするだけ無駄である。

関わる前に目の前から去るのが賢いやり方だ。


しかし今夜の男は私の真逆をやっている!

-そうか、いつもの逆を体験するのも悪くない-

そう思うとこの先が楽しみで仕方なくなる。

どこにいるのかと、探してはイケない。

こちらのパターンからすると相手もこちらを見ている。

自分を探しやしないかとこちらの動きを探っているのだ。

相手の関心を惹くのはむしろ無関心である。

私は近くにいた知り合いに声をかけ会話に集中しているフリをした。

すると人波の向こうにまた白いスーツが揺れている。

刺すような視線を感じるがこちらからは気づかないフリをする。


3度目の鋭い視線の感覚にチラッとその方向を見る。

バチっと目が合った。

しかし何も関心がないというようにさりげなく視線を逸らす。

今度はあちらが視線を外さない番だ。

いや、外せないと言ってもいい。

こんなに急に執拗さを出してくるなんて意外に若いのかも知れない。

大人の男ならもう少し余裕が欲しいものだ。

ちょっと駆け引きしづらいタイプかしら?

そうは言っても駆け引きなんてするつもりは毛頭ないが‥。


いつの間にかフロアの音楽がサンバに変わっている。

みな一様に陽気に体を揺らして踊っている。

私もいつの間にか気分が良くなり踊りの輪の中に溶け込んでいた。


汗だくになって踊っているとまた視線を感じた。

フロア中央に置かれた椰子の木の陰からパナマ帽の君がこちらに視線を送っている。

カクテル光線の逆光になっていても分かるほどにその視線はギラついている。

踊りながら彼を見る。

今度は彼も視線を外さない。

そして静かに私の方へ歩み寄る。

ー勘弁してよ、もう少し洗練されていて素敵な会話ができそうな人だと思ったのに…ー

テキーラサンライズのような甘さが急に舌にまとわりつくようで不快になった。


この辺で引き上げるとしよう。

カクテルは甘いが調子に乗って飲みすぎると途端に足元をすくわれる。


私は彼の方へ歩み寄るフリをしてタイミングを見て人ごみに紛れる。

そしてクロークへ寄り、車を回してもらうよう手配を頼む。


会場の外へ出るとすでに車が回されていて運転手がドアを開けて待っていた。

後部座席に滑り込むとすぐに車が発進した。

バックミラーに白いスーツの男がこちらを名残惜しそうに見つめているのを見ながら運転手が聞く。

「今夜のパーティーはいかがでしたか?」

私は答える。

「良い勉強になったわ。いい男って今の時代、絶滅危惧種なんだってことがよくわかったわ」

「ははは!」

運転手が陽気に笑う。

その明るい笑いに救われたような気がして少しホッとした。


窓を開けて夜風に頬を冷ます。

光る橋を渡りながら遠くのビル群の灯りを見つめる。

流れてゆく煌めくダイヤモンドのような灯りを清しい気持ちでいつまでも見ていた。


















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