【短編小説】幼すぎた恋のあとで

shosuke

幼すぎた恋のあとで

この物語はフィクションです。

全て空想から採掘されたダイヤモンドとでも言いましょうか…





今日は3時限目が休講になったぞ


友人からLINEが入る。

僕は少し遅い昼飯を学校前の中華屋でとっていた。

ーそうか…でも4限はバッチリ入っているんだよな…ー

そう思いながらも既にチャーハン定食は食べ終わった後で、まだ店に残る理由がない。

仕方なしに外へ出る。

――どこかで暇を潰すか

大学の横には大きな公園がある。

緑濃い季節。木漏れ日が気持ちの良い光を歩道に降らせている。

授業の合間には行き交う学生も多いが、授業時間中となると途端に人が減り時折犬の散歩をしている老人とすれ違うくらいだ。

僕は公園の外周沿いにあるランニングコースを歩いた。


コースを半分ほど歩いたところに見覚えのない建物が見えた。

「こんな建物あったかな?」

そう訝しく思ったが僕自身この道を通るのは半年ぶりくらいだった。

建物に近づいてみるとカフェだった。

この辺りにカフェは珍しくない。

一応ハイソな街では通っているのでちょっとおしゃれなカフェや飲食店をやりたい人が後をたたない。

しかしこの店はかなり凝った作りで外から見た感じではイングリッシュガーデンの洋館をイメージしているようだ。

ポーチには芝が植えられ二人掛けのスイングチェアが設置されている。

その佇まいに僕は急に入ってみたくなった。

昼飯を食べたばかりだがコーヒーくらいは入る。

それにちょうどいい時間潰しになるじゃないか。

渡りに船とばかりに入り口のドアを押した。


「いらっしゃいませ」

中から声がしメイド服を着た女の子が出てきた。

「一名です」

なんとなく視線を交わしづらく斜め下を向いたまま人数を告げる。


「こちらへどうぞ」

そう言って窓際の席に案内される。

「お決まりになったらお声掛けください」

メイドさんはそう言ってメニューとお冷をテーブルに置いた。

――コーヒー一択だったが他のメニューにも興味が出てきた。

一般的なケーキセットであったりソーダ水であったりするがそれぞれにこだわりがあるようでメニューに目を走らせる。

なるほど、コーヒーは自家焙煎でケーキは自家製だった。

そうか、それならやはりケーキセットを注文しよう。

「すみません」

声をかけると再びメイドさんが現れた。

なんとなく見てはいけない気がして視線を逸らせる。

どちらかというとセクシーなお姉さんは凝視できるがメイドさん系はどうも落ち着かない。

それは嗜好の問題でもなく、なんとなくと言った方が正しいかもしれない。

「ミルクレープとコロンビアのセットで」

「かしこまりました」

そう言ってオーダーを伝えに奥へ入って行った。


一息ついて手帳をみる。

確か4限はレポート提出だったはず。

既に出来上がってはいるが丁度いいのでレポート用紙を取り出し最終チェックを始めた。

「お待たせしました」

集中していると不意にメイドさんの声が聞こえた。

はっ…

この声…

聞き覚えのある声に記憶が反応する。

頭の中を走馬灯のように思い出が走った。


――お待たせっ!

そう言っていつもデートに5分遅れで来た彼女。

厳密には元彼女。

「コロンビアとミルクレープです」

意識すればするほど聞き覚えのある声。

恐る恐る顔を見る。

視線を落としているが確かに彼女だった。

「あっ……」

言葉も忘れて彼女を凝視する。

落とした視線を上げないまま彼女はテーブルを後にした。

えっ?えっ?まさか彼女?

心臓がドキドキする。

なぜ彼女がここに?そりゃ同じ大学だからこんな至近距離でバイトをしていてもおかしくない。

――でも同じ大学だから別れた後でもどこかで会うんじゃないか?

そう思っても意外に出くわす確率は低く今日の今日まで一度も会うことはなかった。

もう会うことはないのかもな…

そう思った矢先に出くわすと必要以上に動揺している自分がいる。


後から1組カップルがやってきて彼女が応対に出てきた。

今度はちゃんと見てみる。

確かに彼女だ。

記憶の中の彼女は割とボーイッシュでまさかメイドの格好で会うとは思いもしない。

だからこそ外見ではわからなかったのかもしれない。

そんな彼女がしおらしく少女の格好で客にコーヒーとケーキをふるまっている。

そのうち、ちらほら客が入ってきて彼女はホールに出ずっぱりになった。

どうしても彼女の姿を追ってしまう。

これじゃもうレポートどころの話ではない。

――どうする?声をかけるか?でもなんて?

などいろいろな思いが交錯する。

とりあえず気づかせよう!

そう思って近くのテーブルに来た時に視線を投げかける。

でも気がつかない。

お冷のおかわりを頼むふりして声をかけようか?

それじゃわざとらしい。


いく通りかの声をかけるシチュエーションをシミュレートする。

そんな考えを巡らせているうちに当時の記憶が戻る。


あれはまだ半年前のことだった。

お互い、好きが強すぎて苦しさが勝り、結局別れを選んだ。

お互いの生活がある中で現実的に二十四時間一緒にいるわけにもいかない。

少しでも離れていると自分の身が二つに引き裂かれたようなそんな気持ちになる。

身体的に一つに結ばれても心がピッタリと一つになれることはない。

彼女は、LINEも既読がつかなかったり、返信が遅くなると何度も追いLINEを送ってくる。

挙げ句の果てには僕の自宅の前で僕の帰りを待つこともあった。

僕の場合はヤキモチがすぎた。

可愛い彼女だからモテるのも仕方がないが、彼女に話しかけてくる男にいちいちヤキモチを妬いては悶々とした日々を繰り返す。


これではお互いの身が持たない。

二人とも恋するには幼すぎた…

それがわかった頃には時既に遅く、思い合う辛さを続けるなら別れの辛さを選ぶことになった。

別れた当初は辛かったが、実は恋の痛みと別れの痛みがさほど変わらず同じだったと気がついたとき、徐々に痛みも和らぎ傷も癒えて行った。


あれから半年。

こうして彼女が目の前に立っている。

そして気付いて欲しいと躍起になっている自分がいる。


お会計にレジに立つ。

彼女が応対する。

最後のチャンスだ。


レジカウンターを挟んでお互いが向き合う。

視線が触れた。けれど“合った”とは言い切れない、あの一瞬。

気がついているだろう?

そう思っても向こうは何も言わない。

本当に気がつかないのだろうか?

でも、もはやどうでもいい。

確認したところで今では何も変わることはない。


僕は出しかけたクレカを財布にしまう。

代わりに現金を取り出し決済した。

名前など見せない方がいい。

もしかしてそうだったのかしら?くらいで丁度いい。


扉を押していつもの生活に戻る。

「ありがとうございました!」

聞き慣れた声が明るく、曇りなく背中に響く。


公園の遊歩道はまっすぐだ。

木漏れ日のまだらが、足もとだけを静かに明るくした。

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