第22話 鳴き声の家

 派遣社員の男が、格安で借りた一軒家。

 しかし夜になると、どこからともなく「犬の鳴き声」が聞こえてくる。

 ただし、その家に犬はいない。

 隣人にも、近所にも、ペットは飼われていないという。

 誰も気にしていないのに、彼にだけ聞こえる。


 やがて、彼は知る。


> 「あの家では、かつて犬が殺されたんですよ。

住んでた人、狂って。

 それ以来、“あの声”を聞いた人が、またひとりずつ……」




 鳴き声は、人を選ぶ。



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【1】物件


「これ以上、家賃下げられると赤字なんですけど……まあ、特別に」


 不動産会社の担当は言った。


 2DK、都市部まで30分。築40年の平屋。家賃3.8万円。

 水回りもきれいにされていた。

 明らかに「訳アリ物件」だが、派遣社員・笹原ささはらは背に腹は変えられなかった。


「契約します」



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【2】鳴き声


 引っ越し当日の夜。

 布団に横たわっていた笹原の耳に、かすかな鳴き声が届いた。


「……ワン……」


 か細く、くぐもっている。

 壁の向こうか、床の下か、もしくは……部屋の中かもしれない。


 気のせいだ、と思った。

 だが次の日も、その次の日も、決まって午前3時になると鳴き声がする。


「ワン……ワン……ッ……ワン」


――まるで、弱っていくように。



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【3】警告


 近所の古びた商店のおばあさんに、勇気を出して聞いてみた。


「ここ、昔何があったか知ってますか?」


 おばあさんは一言だけ返した。


> 「あんた……鳴き声、聞こえてるのかい?」




 背筋が凍る。


> 「前に住んでた人もそうだった。

最初は音が気になるって言っててね、でも最後は……自分で耳を潰したんだってさ」




「静かになった、って笑いながら」



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【4】変化


 その夜から、鳴き声は変化した。


「ワ……ン……サ……サ……ハ……ラ……」


――名前を呼んでいる。

低く、濁った声で、犬の鳴き声に紛れて。


 彼はノイローゼ寸前になった。

 耳をふさいでも、シャワーを浴びても、コンビニに逃げても、

 声は頭の中で鳴っていた。



---


【5】床下


 ある日、彼は音の正体を突き止めようと決意する。


 床下収納を開け、懐中電灯を持って潜った。

 埃とカビの臭いの中、這い進むと、奥に“それ”はあった。


 小さな木箱。

 古い、和紙が巻かれた札が貼られていた。


【鳴いたら、開けてはならぬ】


 彼は札をはがした。


 次の瞬間――声が、止まった。



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【6】沈黙


 一週間、声は鳴らなかった。

 彼は仕事にも行けるようになり、夜も眠れるようになった。


 だが、夢の中にだけ、“何か”が出てくるようになった。


 暗闇で濡れた犬が立っている。

 眼だけが人間のように澄んでいて、じっと笹原を見ている。


**「ワン」**と一声、鳴いたとき、


 笹原は目覚めた状態で、全身が濡れていた。



---


【7】ラスト


 ある朝、大家が巡回に来てドアを叩いた。


「……笹原さん?」


 返事がない。


 室内に入ると、床一面がびしょ濡れだった。

 冷たい水が溢れ、畳がふやけ、中心に布団がひとつ。


 その上に座っていた。


 両耳にドライバーを突き立てた状態で、口元には微笑み。


 手にはペンが握られ、紙にはこう書かれていた。


> 「静かになったよ。今は、ずっとそばにいてくれるんだ。」





---


 エピローグ


 物件は再び空き家となった。


 不動産の掲示板にはこう書かれている。


> 「閑静な住宅街です。

ペット不可。ですが……たまに**“声”が聞こえる人もいます。**

あなたには、聞こえますか?」




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