第4話 豚足

​ タカシ、課長が倒れ、孤立したケンジは、彼女の動きの「癖」である清掃動線を読み切った。

​「清掃動線、それがあんたの弱点か!」

​ ケンジは叫び、床に散らばった資材を蹴り上げて彼女の動線上にばら撒く。清掃パートの女性は一瞬動きを止めた。清掃のプロフェッショナルである彼女にとって、床を汚すことは最大のタブーなのだ。

​その隙を逃さず、ケンジは倒れたタカシが持っていたパレットを拾い上げ、モップを構える女性に向かって投げつける。パレットは彼女の頭上をかすめ、工場の壁に激しくぶつかった。だが、それは陽動にすぎない。

​ パレットが壁に当たって砕け散ると、中に隠されていた豚足が飛び出し、女性の足元に転がった。

​「…豚足?」

​ 女性の警戒していた表情が、驚きと困惑に変わる。そして、その豚足を見た瞬間、彼女の瞳から生気が失われ、まるで何かに取り憑かれたかのように体が震え始めた。

​「なぜ、豚足がここに…!」

​ 女性はモップを放り出し、しゃがみ込んで両手で顔を覆った。彼女の目からは、とめどなく涙が溢れ出していた。

​ ケンジは困惑しつつも、彼女に近づき、「どうしたんだ…?」と声をかける。

​ すると、女性は嗚咽を漏らしながら、断片的な言葉を口にし始めた。

​「…私、昔、工場で働いてて…。その時、機械に指を挟まれて…全部、豚足みたいになっちゃったんだ…」

​ ケンジは彼女の言葉に息をのんだ。彼女の攻撃的なモップさばきは、傷ついた過去のトラウマを隠すための鎧だったのだ。そして、清掃に異常なまでにこだわるのも、二度とあのような悲劇を起こさないよう、職場を清潔に保つという強い決意の表れだったのだろう。

​ ケンジはそっと彼女の肩に手を置いた。

​「大丈夫です。もう誰もあなたを傷つけたりしません。俺たちが、この工場を一緒に守りますから」

​ ケンジの言葉に、女性は顔を上げた。彼女の目はまだ涙で濡れていたが、そこには以前のような異様なプレッシャーはなかった。

​「…ありがとう」

​ そう言って、彼女はケンジに微笑んだ。それは、清掃パートの女性が初めて見せた、優しい笑顔だった。

​ この戦いの後、正社員チームと派遣チームの関係は一変した。清掃パートの女性を中心に、皆が協力して工場を清潔に保つようになったのだ。彼女はもはや「異様なプレッシャーを放つ清掃員」ではなく、この工場を支える**「守護神」**として、皆に尊敬される存在となっていた。

​ そして、今日もモップを手に、彼女は微笑みながら工場の床を磨いている。その動きは、もはやトンファーバトンのそれではなく、大切な場所を慈しむかのような、温かい動きに見えた。

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