交錯

Ren S.

プロローグ

静岡の山あいを流れる川辺に、赤黒い染みが広がっていた。

その中心に横たわるのは若い女。

喉元には鋭い痕が走り、夜風が吹くたびに血の匂いが漂う。

川面を渡る風は冷たく、木々のざわめきすら不吉な囁きに聞こえた。


その夜、山にこだましたのは――女の悲鳴のようにも、ただの風のうなりのようにも思える甲高い声だった。

呼応するかのように、村中の犬が一斉に吠え立て、静寂は破られた。

誰もが耳を塞ぎ、戸口を固く閉ざした。


翌朝、発見の知らせは瞬く間に広がった。

小さな村は静けさを失い、井戸端でも畑のあぜ道でも、同じ言葉が繰り返される。

 

「誰がやった」

 

「なぜこんなことが」


ざわめきは恐怖を孕み、恐怖は疑念へと変わっていく。

誰もが顔を見合わせ、互いに目を逸らした。


声を潜めて交わされる噂は一つではなかった。

 

――夜な夜な山に入り、獣のように孤独を纏う男。

 

――都会から来て、光を浴びることに慣れたはずなのに、どこか影を宿す旅人。

 

――そして、酒に溺れ、何かを抱え込むように暮らす地元の男。


それとも……


真実はどこにあるのか。

誰が犯人で、誰が犠牲者になるのか。

その境界は曖昧なまま、静かな集落は一気に狂気へと傾いていく。


川面に揺れる月影が、赤い染みを妖しく照らしていた。

まるで誰かが仕掛けた舞台装置の幕が、今、ゆっくりと上がったかのように。







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