第6話 ゴリラ、動物園での生活

動物園生活、二日目。


昨日はおっ動いた動いた!だのらきゃー!手振ったー!だの、観客に煽られ、なぜか全力でレスポンスしてしまった俺だが……。

今日はもう、檻の隅に腰を下ろし、藁をいじりながら天井を見つめている。


(あーなんだろ。昨日の俺、サービス精神旺盛すぎたな……。社畜根性、まだ抜けてねぇのか?)


まあ、いい。

観客は今日もニューキング!ニューキング!と声をかけてくる。

……っていうか今更だけど、なんで俺の名前がニューキングなんだよ。


記憶がフラッシュバックする。銃声、網、そして遠くで聞こえた男たちの声。


――仕事が終わったらパチンコいくか。ニューキングって書いとけ


「……おい適当すぎるだろ!?その場のノリで付けた名前が正式採用かよ!?」


観客の子どもが無邪気に叫ぶ。


「ニューキングー!こっち見てー!」


「やめろぉ!俺はそんな軽率な名前に縛られたくない!」




金属の扉が開いて、青い作業着の飼育員が入ってきた。

台車の上には山盛りのバナナとリンゴ。


「よーしニューキング、今日も元気に食え食え」


どさっ。


餌が床に直にぶちまけられた。

……おい。


「いやいやいや!せめて皿!トレイ!器ってもんがあるだろ!?」


観客はたくさん食べるんだね!豪華なご飯だね!と拍手喝采。


違う!これ、豪華でもなんでもねぇ!ただ床に直置きされてるだけだぞ!これ会社でやったら即衛生管理部から指導されるやつだからな!?


だけど腹減ってるから渋々リンゴを手に取る。かじる。うん、甘い。


観客は食べたー!とパチパチと拍手する。

 

……いや、俺の尊厳はどこへ?




そして最大の問題は――ウンコだ。


朝、普通に用を足した。ゴリラの胃腸は絶好調らしい。

で、俺は当然こう思ったわけだ。


(まあすぐ掃除に来るだろ。動物園だし、清掃員いるだろ)


昼になっても、そのままだった。

午後になっても、そのままだった。

匂いが檻の中に充満してきて、俺は頭を抱えた。


「いや無理無理無理!元人間だぞ俺!耐えられるかこんなもん!」


野糞してる時点で人間らしさないけどな!!


観客が怒ってるー!かっこいい!と大はしゃぎするが違う!俺は今、臭さにブチギレてるだけだからな!?



胸をドンドン叩く。威嚇ではなく怒りの抗議だ。


「掃除しろー!匂い取れぇ!文明を導入しろー!トイレつけろ!」


「すげぇ!本物のゴリラの威嚇だ!」


「今日も元気だな、ニューキング」


違う!元気とかじゃない!これは文明要求アクションなんだ!!




そして夜の閉園後。

飼育員がまた餌を持ってきて、床にドサッと置いた。


「ほら、食え」


まーた雑に置きやがる……。

俺はバナナを一房手に取り、じっと飼育員を見つめ、柵に思い切り投げつけた。


ガンッ!


鉄格子が鳴り響き、飼育員がうおっ!と驚く。

どんなもんだコノヤロー!環境改善を求めてるんだぞこっちは!!


「おお……芸を覚えたな!」


観客のいない夜なのになぜか拍手してやがる。

これは芸じゃない!これは文明要求だ!!何度言わせれば気が済むんだよ!!!





飼育員が離れたから藁の上に横たわり目を閉じる。   

……でも眠れない。


俺はゴリラとして扱われている。

檻の中の見世物。餌は雑に置かれ、ウンコは放置され、怒れば迫力ある!と笑われる。


(俺はなんだ?ゴリラか?人間か?どっちでもない、中途半端な存在か?)


群れの王だったときは、責任を背負う重さと同時に、確かに必要とされている感覚があった。

でも今はただのニューキングだ。

名前からして雑。存在の扱いも雑。


静かすぎる檻の中で、孤独がじわりと広がっていく。




動物園の外、遠くの街がぼんやり光っている。

ネオンの光大きな看板。車のライト。

人間の世界の色だ。


俺は鉄格子に手をかけて、その光を眺めた。


あっちに行きたい。俺は元々人間だ。あの光の下にいる方が、まだ俺らしい気がする

檻の中で、ため息をつきながらそう思った。

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