第二章 カルテ
「ありえない。こんなこと、あるわけないだろ」
健太はそう言って、ヘッドセットを乱暴に外した。彼の顔は血の気を失い、いつも見せる強気な笑顔はどこにもない。それはもはや、恐怖を笑い飛ばす余裕すらない、素の表情だった。サークルルームの薄暗がりに、彼の荒い息遣いが響く。
テーブルの上に広がるノートパソコンの画面は、不気味な青白い光を放ち続けていた。そこには、消えた剛の名前を示す「空白」だけが残されている。僕、結城悠太は、自分のアバターが立っているゲーム内の廊下と、現実のこの場所との境界が曖昧になっていくのを感じていた。
「おい、剛に電話してみよう。もしかしたら、ただのゲームのバグで……」
悠真がそう提案したが、僕たちは誰も動けなかった。ゲームのログに「死亡」と記され、アバターが消失した。それがただのバグだなんて、とても信じられなかった。
沙羅が震える手で自分のスマホを取り出し、剛の名前をタップする。呼び出し音が鳴り響くが、誰も出ない。ただ無機質なコール音が部屋の空気を切り裂く。
「留守電にもならない……」
彼女の声は震え、その細い指がスマホを握りしめている。
「ねえ、もしかして、本当になにかあったんじゃないの?」
梨奈は無言で、彼女のコートの裾を指でいじり続けていた。彼女の表情は読み取れず、ただ瞳の奥に、何かを深く見つめているような光が揺れていた。
「そんなわけないだろ!」
健太が叫ぶように言った。しかし、彼の声は自信に満ちたものではなかった。それは、自分自身を必死に納得させようとしているようだった。心配になった僕たちは、何度も剛の携帯電話に電話を掛けたが、剛が受け取ることはなかった。
翌日、僕たちは大学の講義を休んで、剛の部屋へ向かった。
彼の部屋は大学から徒歩10分の場所にある。一人暮らしにしては広めの部屋で、いつも整理整頓されていた。剛は物持ちがよく、漫画やゲームのコレクションが壁一面に並んでいた。
ドアの鍵は開いており、簡単に中に入ることができた。
「剛ー!いるかー?」
健太が呼びかけるが、返事はない。部屋は静まり返っており、人の気配は全く感じられない。
「なんだよ、朝からどこか出かけたのか?」
悠真がそう言ったが、彼の表情は硬かった。
部屋の中を探索する。ベッドは整っており、ゴミ箱には前日の夕食の残りが入っていた。テーブルの上には、ゲーム画面が映し出されていたノートパソコンと、その横に置かれたスマートフォンがあった。
僕たちはそのスマートフォンを手に取った。
「ロックがかかってる……」
健太がそう言って、何度かパスワードを試すが、解除できない。
「やめとけよ、私有物だから」
悠真がそう注意するが、健太は聞く耳を持たない。
「こんな状況で悠長なこと言ってられるかよ! 剛の身に何かあったんだぞ!」
沙羅が静かに言った。「ちょっと貸して。私に任せてみて」
彼女はパソコンを取り出し、ケーブルでスマートフォンと接続した。いくつかのプログラムを走らせると、ロックはあっけなく解除された。
「すごいな沙羅、どうやって?」
健太が驚いて尋ねる。
「前に、スマホのセキュリティプログラムを研究してたから。このくらいのロックなら簡単」
彼女の言葉はいつも通り簡潔だったが、その手は微かに震えていた。
スマートフォンの画面を開くと、昨晩僕たちが見た、ゲームの招待状メールが残っていた。そして、ゲームのアイコンも。
「やっぱり、このゲームが原因だ……」
僕たちは同時にそう思った。
すると、沙羅が突然叫んだ。「悠太、見て!」
彼女が指差すのは、スマートフォンの画面に表示されている通話履歴だった。
そこには、僕たちの名前がずらりと並んでいた。
「え、これどういうこと?」
悠真が尋ねる。
「見て、これ、ゲームを起動した時間と、私たちに電話をかけてきた時間が一致してる……」
沙羅が震える声で言った。
通話履歴には、僕たち全員の名前が表示されていた。
「ゲームを起動した直後、剛は私たちに電話をかけていたんだ……」
悠真が、信じられないという表情で言った。
その時、梨奈が静かに言った。「でも、電話、鳴ってなかったよね?」
僕たちは全員、無言で頷いた。
「そういえば、剛の部屋、変じゃない?」
健太が突然言った。
「何が?」
悠真が尋ねる。
「なんか、ものすごく……生活感がないっていうか」
確かに、部屋はきれいに片付いている。しかし、まるで誰かが住んでいるのかを確かめるために、わざとらしく整頓したような不自然さがあった。
「ノートパソコンやスマホはそのままなのに、財布も鍵も、剛のリュックもなくなってる」
沙羅がそう指摘する。
僕たちは、剛の部屋を再び見渡した。確かに、彼の私物がすべて消えているように見えた。
僕たちは再びサークルルームに戻り、ゲームを再開した。
剛の消失の謎を解く手がかりが、ゲームの中にあると信じて。
ゲーム画面は、昨日と同じように、不気味な病棟の廊下だった。
「このゲーム、本当にただのゲームなのか?」
健太がそう言って、ゲーム内のチャット欄に「剛、どこにいる?」と打ち込んだ。
返事はない。
「当たり前だろ。もういないんだから」
悠真が冷たくそう言った。
僕たちは、ゲーム内の病棟を恐る恐る進んで行き、目の前の部屋に入った。
部屋の壁には、かすれた文字で「患者は常に監視されている」と書かれていた。
「誰に?」
沙羅が怯えたように言った。
「ゲームマスターってやつじゃないのか?」
健太がそう言って、僕たちの顔を見回す。
「かもしれない」
悠真がそう言って、ゲーム内のマップを開いた。
マップは、僕たちがいる病棟の1階を示している。
「このマップ、おかしい」
悠真がそう言って、画面を拡大する。
「どうしたんだ、悠真?」
僕が尋ねると、彼は画面を指差した。
「僕たちがいる部屋と、剛のアバターがいた部屋が、同じ場所を示している」
「どういうことだよ?」
健太が理解できないという表情で言った。
「つまり、剛のアバターは、この部屋にいたんだ。そして、その部屋は、ゲーム内の病棟の**『死体安置所』**だ」
悠真の言葉に、僕たちは凍りついた。
「死体安置所……?」
沙羅が震える声で言った。
僕たちは、ゲーム内のマップを確認する。確かに、僕たちが入った部屋は、死体安置所と記されていた。そして、その部屋の中には、カルテが置かれていた。僕たちはそのカルテをクリックした。カルテは、剛のものと酷似していた。
しかし、今回のカルテには、剛のカルテにはなかった項目があった。
「心電図の記録」
僕たちは、その記録を再生した。
すると、ヘッドセットから、規則正しい心臓の鼓動が聞こえてきた。
ドクン、ドクン、ドクン……。
「なんだよ、これ」
健太が気味悪そうに言った。
「そして、次のページ」
悠真がそう言って、ページをめくる。
すると、心電図の記録の下に、奇妙な写真が添付されていた。
それは、真っ暗な部屋で、何かがぼんやりと光っている写真だった。
そして、その写真の下に、赤い文字でこう書かれていた。
『彼は、私に何かを伝えようとしていた』
「私って誰だよ……」
健太がそう呟く。
「ゲームマスター?」
沙羅が怯えたように言った。
「わからない」
悠真はそう言って、僕たちを振り返った。
「このゲーム、ただのホラーゲームじゃない。これは、剛が僕たちに残したメッセージなんだ」
僕たちは、そのメッセージを解読するため、ゲーム内の病棟を進んでいく。
廊下には、不気味な落書きや、血痕が残されている。
「怖い……怖いよ、もうやめたい」
沙羅がそう言って、ヘッドセットを外そうとする。
「やめられない」
悠真が冷たく言った。
「なんでよ!怖いのよ!」
沙羅が涙を流しながら叫ぶ。
「覚えてるか?ゲームの招待状に書いてあっただろ。『参加者は全員、最後までプレイする義務があります』って」
悠真の言葉に、沙羅は顔色を失った。
その時、僕たちのヘッドセットから、また微かな声が聞こえてきた。
「……ドア……開けて……」
それは、剛の声だった。
僕たちは全員、顔を見合わせた。
「幻聴か……?」
健太が震える声で言った。
「違う。これは、剛の声だ」
悠真がそう言って、ゲーム内のチャット欄を打ち込んだ。
「剛!どこにいるんだ?」
返事はない。
しかし、その直後、僕たちがいる部屋の奥の扉が、ゆっくりと音を立てて開いた。
「ひっ……!」
沙羅が悲鳴を上げた。
「おい、このゲーム、まさか……」
健太が言葉を失う。
扉の向こうには、誰もいない。
しかし、僕たちには、そこに何かがいるような気配を感じた。
そして、その気配は、僕たちに向かって、ゆっくりと近づいてくる。
僕たちは、恐怖に身をすくませた。
すると、梨奈が静かに立ち上がり、扉の向こうに歩いていく。
「おい!梨奈!どこに行くんだ!」
健太が叫ぶが、梨奈は振り返らない。
彼女は、扉の向こうに向かって、何かを言った。
「……ねえ、もしかして、剛、そこにいるの?」
彼女の言葉に、僕たちは絶句した。
「何言ってんだよ!梨奈!」
健太が叫ぶが、梨奈は僕たちを振り返り、笑った。
「だって、剛、いつもドジなんだもん。こんなドッキリ、剛しかしないよ」
彼女の言葉に、僕たちは、恐怖を忘れ、ただただ呆気に取られた。
結局、梨奈の言葉に、剛は現れなかった。
僕たちは、梨奈を部屋に連れ戻し、再びゲームを進めていく。
しかし、梨奈の言葉は、僕たちの心を軽くした。
「そうだ、剛は、きっとどこかで僕たちを見て、笑ってるんだ」
健太がそう言って、少しだけ笑顔を取り戻した。
僕たちは、ゲーム内の病棟を進んでいく。
すると、廊下の突き当たりに、一つの扉があった。
扉には「治療室」と書かれており、その扉の前に、一つのカギが落ちていた。
カギを拾うと、ゲーム内にメッセージが表示された。
『このカギは、あなた自身の心の奥底にある扉を開くカギです』
「どういうことだよ……」
健太がそう呟く。
「このゲーム、僕たちの過去を暴こうとしてるのか……?」
悠真がそう言って、僕たちを振り返った。
「何か、隠してること、ある?」
彼の言葉に、僕たちは誰も答えられなかった。
その夜、僕たちはそれぞれ自室に戻り、ゲームを再開した。
「治療室」の扉を開けると、そこには、真っ白な部屋が広がっていた。
部屋の中央には、一つの机があり、その上に、一冊のファイルが置かれていた。
ファイルを開くと、そこには、僕の名前が書かれていた。
患者番号002:結城悠太
僕の血の気が一気に引いた。
そして、ファイルには、僕が高校生の頃に経験した、ある出来事が書かれていた。
それは、誰にも話したことのない、僕の心の奥底に隠していた出来事だった。
『彼は、過去に友人を裏切った』
その文字を見た瞬間、僕の目の前が真っ暗になった。
僕は、ヘッドセットを外そうとしたが、ヘッドセットは僕の頭に吸い付いたように外れない。
そして、僕の耳元で、かすかな声が聞こえた。
「……裏切り者……」
その声は、僕の過去の友人の声だった。
僕は、恐怖に身を震わせ、マウスから手を離した。
すると、ゲーム内の画面が、僕の過去の記憶を映し出した。
僕は、その記憶を見せつけられ、絶望に打ちひしがれた。
翌日、僕たちは再びサークルルームに集まった。
僕の顔は青ざめており、誰もが僕に何かあったのだと察した。
「悠太、どうしたんだ?」
健太が心配そうに尋ねる。
「いや、なんでもない」
僕はそう言って、ごまかした。
しかし、僕の視線は、悠真に向けられていた。
「……悠真、お前も見たんだな」
悠真は、僕の言葉に無言で頷いた。
「なんだよ、どういうことだよ!」
健太がそう言って、僕たちに詰め寄る。
「このゲーム、僕たちの過去を暴いてる……」
悠真がそう言って、昨日起きた出来事を説明した。
「まじかよ……そんなこと、ありえるのか?」
健太は、信じられないという表情で、悠真と僕を交互に見た。
「僕のカルテには、僕が高校生の頃に、友人を裏切ったことが書かれていた……」
僕はそう言って、顔を伏せた。
「でも、それは、僕らしか知らないはずの出来事なんだ……」
悠真がそう言って、僕たちの顔を見回した。
「じゃあ、このゲームは、僕たちのスマホのデータを抜いてるってことか?」
沙羅がそう尋ねる。
「そうだ。そして、僕たちの過去を暴くことで、僕たちを精神的に追い詰めようとしてるんだ」
悠真の言葉に、僕たちは恐怖を覚えた。
その時、僕たちのヘッドセットから、また微かな声が聞こえてきた。
「……次は、誰……?」
それは、剛の声だった。
僕たちは、恐怖に身を震わせ、ゲーム内のチャット欄を見た。
そこには、剛の名前はなかった。
しかし、僕たちの心には、確かに彼の存在を感じた。
「このゲーム、僕たちを全員、ゲームオーバーにするつもりだ……」
健太がそう言って、震える手でヘッドセットを外そうとしたが、
ヘッドセットは、健太の頭に吸い付いたように外れない。
そして、健太の耳元で、かすかな声が聞こえてきた。
「……裏切り者……」
それは、僕の耳元で聞こえた声と同じだった。
健太は、恐怖に身を震わせ、顔を真っ青にした。
「どういうことだよ……俺は、裏切ってなんかいない……」
彼はそう言って、涙を流した。
僕たちは、健太のカルテを開いた。
すると、そこには、僕のカルテと同じように、彼の過去が書かれていた。
そして、彼の過去には、僕の過去と同じように、裏切りという言葉が書かれていた。
僕たちは、このゲームが、僕たちの過去に隠された、深い闇を暴こうとしているのだと確信した。
そして、その闇は、僕たち全員に共通する、何かだと。
その夜、僕たちは、それぞれの部屋で、孤独な戦いを強いられた。
ゲームは、僕たちの過去を次々と暴き、精神的に追い詰めてくる。
僕は、高校生の頃に、親友を裏切った過去を、再び突きつけられた。
僕は、その友人に謝罪することもできず、後悔の念に駆られていた。
そして、夜が明ける頃、僕の部屋に、悠真がやってきた。
彼の顔は、僕と同じように青ざめていた。
「悠太……お前も、カルテを見たんだな」
僕は、悠真の言葉に、無言で頷いた。
「僕のカルテには、僕が高校生の頃に、ある出来事から逃げ出したことが書かれていた……」
彼はそう言って、僕を抱きしめた。
「僕たち、このゲームから、逃げられないんだ……」
翌日、僕たちは再びサークルルームに集まった。
誰もが、自分のカルテに書かれた、深い闇を抱えていた。
健太は、僕と同じように、過去の裏切りを暴かれていた。
沙羅は、過去の失敗を、梨奈は、過去の秘密を、それぞれ暴かれていた。
僕たちは、恐怖に打ちひしがれていた。
「このゲーム、僕たちをどうするつもりなんだ……?」
健太が震える声で尋ねる。
「わからない。でも、このままじゃ、僕たちは精神的に崩壊してしまう」
悠真がそう言って、僕たちを振り返った。
「僕たち、このゲームを、絶対にクリアしなくちゃならない」
彼の言葉に、僕たちは、再び決意を固めた。
僕たちは、ゲーム内の病棟を進んでいく。
そして、辿り着いたのは、地下室だった。
地下室の扉を開けると、そこには、不気味な地下通路が広がっていた。
通路の壁には、血痕が残されており、僕たちの恐怖心を煽る。
その通路を進んでいくと、一つの部屋があった。
部屋の扉には「特別治療室」と書かれていた。
僕たちは、その扉を開けることをためらった。
しかし、僕たちのヘッドセットから、また微かな声が聞こえてきた。
「……治療室……」
剛の声だった。
僕たちは、その声に導かれるように、扉を開けた。
扉の向こうには、何もなかった。
ただ、一つの机と、その上に置かれた、血まみれのカルテがあった。
カルテには、こう書かれていた。
患者番号000:篠原剛
そして、そのカルテには、剛の死因が記されていた。
僕たちは、その死因を読み、絶句した。
『彼は、友人たちの裏切りによって、心停止した』
「どういうことだよ……」
健太が震える声で言った。
「僕たちの裏切り……?」
僕の心臓が、激しく鼓動を打った。
「まさか……」
悠真の顔が、絶望に染まった。
「このゲームは、僕たちに、剛を殺させたかったのか……?」
僕たちは、恐怖に打ちひしがれた。
剛の死因は、僕たちの過去の裏切りによって引き起こされた。
そして、このゲームは、僕たちに、剛を殺させたのだ。
僕たちは、このゲームの目的を知り、絶望に打ちひしがれた。
その時、僕たちのヘッドセットから、また微かな声が聞こえてきた。
「……次は、誰……?」
それは、僕たちに向けられた、剛からのメッセージだった。
僕たちは、恐怖に身を震わせ、ただただ、その声を聞き続けた。
そして、僕たちの心には、深い闇が、刻み込まれた。
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