昇り分花付き

 久しぶりに、会いたい人へ会いに行く。

 まずは身なりから整えたい。

 レンタルルームが入ってるビルと駐車場までが近いから、人の目をあまり気にせずオシャレをしたい。

 背伸びするけれど、他の参加者に負担をかけないくらいの距離感が欲しい。

 クローゼットを歩く。焦げ茶色のカラーシャツとボトムスを手に取る。

 暗すぎない色でシックに決めたい。

 服が決まればあとはいつもどおりで、時間をみて運転席へ座った。



 

 駐車場を出ると、ビルの前に三人が集まっている。


「おはよう」

「おはようございます!」


 ハチは前職の癖が抜けないのか、それとも今の会社でもそのままなのか大声で挨拶を返してくる。

 普段どおりだ。


 体が縦にも横にも大きい、白いTシャツに濃い藍色のデニム地のオーバーオールを着ている男性が話しはじめた。


「これで全員集まったから、自己紹介がてら会の趣旨を説明します。拓樹ひろきと呼んでください。苗字じゃなく、この呼び方がいいんです。ここではそれぞれが望む呼び方を大事にしています」


 拓樹はそこで一旦話を区切る。

 俺ら一人一人に視線を合わせたように感じた。


「ここでは、詮索しない、強制しない、呼ばれ方を尊重する。それから――話す内容も範囲も自分で決めてください」


 静かに、そしてそれが拓樹の中ではずっと当たり前だったようにゆっくり確かに息をしている。


「話したことはここから出さない、誰かの言葉を否定しない。それが企画する集まりのルールです。だから、自己紹介も名前だけでもいいし、ちょっと仕事のことを話してもいい。自由に選んで大丈夫です」


 拓樹の言葉は、まるで冷たい外気から守るブランケットをかけられたように感じられた。

 なるほど、だからハチは俺を誘ってくれたんだ。

 納得はするけれど、表情には出せない。

 まだ、ここは外だ。

 気を緩めるような安心を、一人では表現できない。


「次、いいですか。柚真ゆうしんと言います。果物の柚子の柚に真と書きます。SNSで顔出ししているので良かったら、探してください。フリーのプログラマーをしています。拓樹さん以外のイベントやレインボーパレードにも参加しています。よろしくお願いします」


 この中では一番背の低くて若そうな参加者である。

 拓樹ほどではないが、丸っこくてもちもちしていそうな体つきだ。

 グレーのシャツに黒い短パンを履いている。

 SNSで顔出し、俺と似ている部分にとっかかりを感じる。

 話してみたい。


「ハチです。呼び捨てしてください」

「みつる、です。さんをつけてもらえたら嬉しいです」


 ハチが呼び捨てを推奨と呼びかけたから、俺も続けて話せた。


「拓樹も呼び捨てしても構わないよ。じゃあ、エレベーターに乗っていこう」


 ちょうどいい広さの距離が保たれているエレベーターに乗って、レンタルルームのあるフロアまで上がった。


 拓樹が、扉を開けるとワンルームが視界に広がる。

 レースカーテンがつけられているようだ。

 白い壁に白いソファ、白いローテーブルと白を基調にした部屋だからかもしれない。


「入って入って」

「お邪魔しまーす……っていうのもなんか変ですね」


 拓樹の呼び込みに、ハチが可愛らしく対応する。


「たまにレンタルルーム使って会議してますけど、ここってなにかルールありますか?」


 かなり若い参加者の柚真が、レンタルルームのルールを確認する。

 年齢差も職業も気にしなくていい場所。

 今までの俺には、そんな場所は自宅しかなかった。

 その柚真がカバンを肩から下ろしながら、質問をする。


「いや、飲み物は冷蔵庫に入れておけるし、蓋付きのコップで管理してくれればいいって。食べ物は匂いが強くないものであれば大丈夫だよ。そのステンレスの棚、全部ボードゲームなんだって。アイスブレイクや自己紹介するのにちょうどいいゲームをいくつか教えてもらったよ」

「そっか! ボードゲーマー向けレンタルルームなんですね。だから、飲み物も大丈夫なんだ」

「そうそう、喫煙者はいないよね。たしか」

「喫煙は今どこも厳しいですからね」


 拓樹がキッチン近くの席を、その隣に柚真で、拓樹の対面がハチ、俺は柚真の目の前だ。

 柚真がどこかせわしなく、棚をキョロキョロと見渡す。


「僕、手伝いますよ」


 後ろで拓樹の手伝いをするハチの声が聞こえた。


「あのっ……」


 柚真に質問をしようとして、言葉が宙を漂う。


「あの、ボードゲームがこんなにあるなんて知らなかったな」


 そういうのがやっとだった。


「そうですよね。わわわ、良いところ見つけちゃったな」

「好きなの? その、ボードゲーム」

「はい、好きです。へへ、どうやって他人がシステム構築しているのか気になるんです」


 誤解されない言葉選びをしたかった。

 どうにか、彼の興味のありそうな物事を知りたい。


「そういえば、プログラマーだと言ってたね」


 ビルの前で軽く自己紹介をしたときに職業を教えてくれた。


「覚えられてて嬉しいです。ところでみつるさんの職業って……」

「飲み物の用意ができましたよ」


 ハチに隣から話しかけられて、ドキッとした。

 いつの間にか、二人の世界に入って話し込んでたんだ。

 嬉しい、けれど拓樹とハチにバッチリ見られてる?

 でも、そういう会なんだから当たり前だ。


「色つきのカップに入れたからわかりにくいけど、全員烏龍茶です。柚真は水色にしてるけど、それでいい?」

「ありがとうございます。この色好きなんです」

「ハチは黄色がいいって聞いたから、みつるさんどうします? ピンクと緑が残ってますが」

「……じゃ、じゃあピンクで」


 二択から選択するのは楽だ。

 どこか居心地がいい。


「改めまして。自己紹介ゲームはこちら。出てきたお題に合わせて、トークするだけの簡単なゲームです。特に勝ち負けはなくて、知って欲しいことを話す時間だと思ってもらえれば」

「はーい」


 柚真が手を挙げた。


「全員が同じお題を一つずつ話す感じですか?」

「いや、えーっと、山札をめくった人が書かれてるお題に沿って話す、だけ」

「わかりました!」

「あの。それって話しにくいお題の場合はどうしたらいいんですか」

「そうだねぇ、パスありにしよう。あと、勝ち負けはないから山札が尽きたら終了だ」


 そういって、拓樹が山札をシャッフルして最初のお題を読みあげた。


「最近食べて美味しかった物! お、これは当たりお題だ。もちろんラーメン! しかもさ、新しくできたお店のオススメのラーメンが美味しかったら嬉しくない? 職場近くの。ってことで、次はハチにまわします」


 じゃーんと拓樹は両手を広げながら、対面にいるハチに笑顔を見せた。

 照れたハチが緊張した手つきで山札の一番上をめくる。


「子どもの頃好きだった遊びかぁ……そうだなぁ。僕、おままごとが好きだったんです。あんまり他人には喋らないんですけど、二丁目では意外とあるあるみたいで」


 ハチがそういうと、拓樹も柚真も何度も深く頷く。


「たぶん、まだわからなくても同性と家庭を持てるかもしれない淡い期待が含んだごっこ遊びができた年齢だから、とても印象に残ってますね。年齢が上がってからの遊びは、どこか世間の流行に合わせていた自分がいたので、だから今はなりたい自分であろうと思っています」


 肩をすくめて、恥ずかしそうに腕を触った。

 こんなに深い話を聞けるとは思っていなかったから、緊張する。


「ハチもみつるさんもパスありですよ」


 拓樹の優しい声かけがありがたい。

 緊張は良くない。

 気を抜いてめくったカードには『最近仕事で困ったこと』と書いてある。


「すみません、パスします」


 そう伝えて、もう一枚めくってオープンする。

 カードには『初恋の思い出』と書いてあり、どこにも出してない話だから、またパスを宣言した。


「ごめんなさい、パスばかりで……っと、朝起きて最初にすること。これはいけそうです。うーん、時間を確認するな。そのあとにカーテンを開けます。これ以上、特に話題は広がらないので柚真に渡します」


 拓樹の真似をしたわけではないが、彼の目を見つめた。

 何が出るのかワクワクしている彼の瞳に吸いこまれそうだ。


「じゃじゃーん! 無人島に持っていきたいもの! うーん、そうですね。無人島って電気は通ってないしなぁ」


 ぼやいた声に、笑いが誘われる。

 おそらくスマートフォンや情報機器を持ち込みたかったんだろう。


「現実にあるものだったら、そこまで船を出してくれた人との連絡手段で、まだ現実にないものだったらなんでも出してくれるロボットですね」

「おいおいおい、持っていきたいもの、確かにそうだけどさぁ。まぁこんな調子の答えもあるので、無理なくお喋りしていきましょう」




 山札が尽きたあと、柚真が勝負があるようなゲームがしたいですと提案してくれた。

 もしかしたら、このボードゲームの棚に埋もれているかもしれない。

 こんなにたくさんあるんだから探してみたいと言い出し、拓樹が柚真の提案を受けて休憩時間にしてくれた。

 喋って喉が乾いたから、ストロー付きのマグカップに両手を添えた。

 喉を潤してから、ボードゲームの箱を手に取っては棚に戻す柚真の隣に立った。


「柚真、くん。あの、どんなゲームを探しているの?」

「それがゲーム名を思い出せなくて、今、スマートフォンの記録から探してます。ちょっと待ってください」


 Now Loading――頭の中がぐるぐるとまわっている状態だ。

 パソコン画面のマウスのポインターの先に青くぐるぐるまわっているものが見えたときは、パソコンの中にあるデータを検索していることが多いと、以前ハチに説明された記憶がある。

 後ろを振り向くと、キッチンではハチと拓樹が楽しくやっていて、あの間には入れそうもない。

 それに、ハチが楽しくやっているのも嬉しく思った。


「あ! みつるさん! ゲーム名がわかったので、こちらで一緒に探して欲しいんです」

「うん、もちろん手伝うよ」


 口頭ではなく、丁寧にスマートフォンの画面の文字列をみせてくれて嬉しい。

 一瞬だけど、顔も体も近づいて、体温が上がった。

 彼が笑顔をみせてくれたから、一緒に居られるのが嬉しいと勘違いしたい。

 文字に集中しながら探し物をしていると、お互いが見えなくて何度か彼の体にぶつかった。

 俺と違って、普通に暮らしている彼の体を好ましく思う。

 ただの、ないものねだりなんだろうか。

 肩を叩かれて、振り向くと彼がゲームを持っていた。


「みつるさん! 見つかりましたよ。テーブルに戻りましょう」

「うん、どんなゲームか楽しみだ」


 頷いて、ソファに戻るとおやつが用意されていた。


「あれれ、ゲームを広げるのはおやつ食べたあとのほうがいいですね」


 そういった彼と顔を見合わせた。

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