早川家切断記録(平成2年11月5日)

【極秘】秘匿葬送記録:拾壱ノ巻

報告書番号: 平成02-11-05-011

作成日時: 平成2年11月6日 午前1時45分

報告者: 静岡県磐田市 円光寺 住職 吉田 宗厳(花押)

事案名: 早川家切断記録


一、事案発生日時・場所

日時: 平成2年11月4日 午後6時30分頃(通夜開式時)より、翌5日 午後1時00分頃(火葬完了時)まで断続的に発生。

場所: 早川家自宅(故人安置場所)、並びに円光寺斎場(通夜・告別式会場)。


二、故人情報

氏名: 早川 徳治(はやかわ とくじ)

享年: 78歳

死因: 老衰。

特記事項: 生前は頑固な性格で知られ、特に爪の手入れには異常なほど執着していた。自身の爪を切る際には常に特別な爪切りを使用し、切った爪は決して捨てずに、小さな桐の箱に保管していたという。


三、事案の概要(時系列順)

11月4日 午後3時00分頃: 早川家より葬儀の依頼を受ける。故人が生前、爪を大切にしていたという話を聞き、遺族の意向で故人の爪切りと桐の箱を棺に納めることとなった。当寺より住職 吉田 宗厳が担当。


11月4日 午後6時30分頃(通夜開式): 早川家自宅にて通夜開始。読経中、故人の遺体が安置された部屋の奥から、微かに金属が擦れるような「カリ、カリ」という音が聞こえたと、複数の参列者が報告。それはまるで、硬いものを無理やり切り離そうとするような不快な音であった。しかし、音の発生源は特定できず、やがて消え去った。


11月4日 午後9時00分頃: 通夜振る舞いの最中、故人の遺体が安置された部屋の床に、まるで鋭利な刃物で引かれたかのような、不自然な傷跡が複数発見された。傷跡は細く、しかし深く、床板を抉るように刻まれていた。遺族は動揺するも、古くなった家屋の傷と判断した。


11月5日 午前0時00分頃: 吉田住職が故人の傍らで夜伽を行う。静寂の中、故人の棺の中から、断続的に「チクン」と皮膚を刺すような微かな痛みを感じた。同時に、棺の蓋が微かに持ち上がり、内側から何かを引っ掻くような「キュッ、キュッ」という音が響いた。それは、まるで故人が棺の中で何かにもがき苦しんでいるかのようであった。


11月5日 午前8時00分頃(告別式開始): 円光寺斎場にて告別式が始まる。読経中、祭壇に供えられた故人の写真の額縁に、突如として鮮やかな赤色の染みが滲み出始めた。染みは次第に広がり、まるで血のように不気味に輝いた。同時に、斎場内の空気が異常に乾燥し、参列者の指先がひび割れるような感覚に襲われた。


11月5日 午前10時00分頃(出棺): 棺を霊柩車へ運ぶ際、運搬担当者が故人の顔を覆っていた白い布を誤ってめくってしまった。その瞬間、故人の指先が異常に伸長し、その爪がまるで獣の爪のように鋭く尖っているのが目撃された。爪の先端はわずかに黒ずみ、泥のようなものが付着していたという。担当者は恐怖のあまり、棺を取り落としかけた。


11月5日 午後1時00分頃(火葬完了): 火葬が完了し、骨上げの際、故人の手の骨の周囲に、通常の骨とは異なる、硬質で黒い塊が付着しているのが発見された。それはまるで、焼いても灰にならなかった「爪の結晶」のようにも見え、異様な輝きを放っていた。遺族は恐れおののき、触れることすら躊躇した。


四、特異な点と考察

故人が生前、爪に異常な執着を見せていたという点が、怪異の根源にある可能性が高い。爪は、身体の一部でありながら、死後も残り続ける特徴を持つため、故人の「未練」や「執念」が強く宿ったものと考えられる。

「カリ、カリという音」「不自然な傷跡」「チクンという痛み」「キュッ、キュッという音」「額縁の赤い染み」「指先の伸長した爪」「爪の結晶」など、怪異のすべてが「爪」そのもの、あるいは爪による行為と強く関連している。これは、故人の魂が、爪を通して現世に干渉しようとしていることを示唆している。

斎場内の「空気の乾燥」や「指先のひび割れ」は、故人の魂が、自身の執着の対象である爪を失うことへの渇望や苦痛を、周囲に伝播させていると推測される。

出棺時に見られた「獣のような爪」と「泥のような付着物」は、故人が生前、人には見せない何らかの秘密や異常な行為を行っていた可能性を示唆している。あるいは、死後、その「爪」が何らかの変質を遂げたのか。

骨上げの際に発見された「爪の結晶」は、故人の執着が死後もなお、物理的な形で残存し、強固なものとなっていることを示している。これは、通常の供養では鎮めがたい、根深い怨念の表れである。


五、対処・対策

事案発生中、吉田住職は故人の異常な執着が怪異を引き起こしていると判断し、読経と共に、故人の魂が爪への執着から解き放たれるよう、強い鎮魂の祈りを捧げた。

事案後、早川家に対し、故人が生前保管していた爪を納めた桐の箱を円光寺にて丁重に供養することを提案。同時に、今後、故人の愛着の品を棺に納める際には、より厳重な浄めと、遺族への詳細な説明を徹底するよう助言した。

特に、故人が生前、特定の身体部位や物品に強い執着を持っていた場合、その「執着」が死後の怪異に繋がる可能性を考慮し、より慎重な対応が求められる。


六、付記

本件は、故人の死因とは直接関係なく、生前の「異常な執着」が、物理的な形を伴う怪異として顕現した極めて特異な事例である。

特に「爪」という身体の一部にまつわる怪異は稀であり、その背後に隠された故人の精神性、あるいは生前の秘密を深く探求する必要がある。

この「秘匿葬送記録」は、人間の執着が死後にもたらす恐怖の深淵を示す、重要な資料として今後の参考に供する。


【検閲追記】

遺体の変質、特に爪の先端に付着した「泥」の成分分析が望まれる。

外部からの汚染が身体末端から進行する可能性を示す。

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