山村子供失踪記録(昭和48年4月19日)

【極秘】秘匿葬送記録:拾ノ巻

報告書番号: 昭和48-04-19-010

作成日時: 昭和48年4月20日 午前3時00分

報告者: 岡山県奥津町 慈眼寺 住職 松本 泰然(花押)

事案名: 山村子供失踪記録


一、事案発生日時・場所

日時: 平成48年4月18日 午後3時00分頃(通夜準備中)より、翌19日 午後0時00分頃(出棺完了時)まで断続的に発生。

場所: 山間の集落、特定の家屋(故人宅)、並びに慈眼寺本堂(告別式会場)。


二、故人情報

氏名: 藤原 総一郎(ふじわら そういちろう)

享年: 7歳

死因: 行方不明による死亡(山中での遭難。捜索により遺体の一部が発見されたが、全容は不明)。

特記事項: 生前は活発な子供であったが、近所の子供たちと遊ぶよりも、一人で山に入り、秘密の場所で遊ぶことが多かった。失踪直前にも、いつも通り「山で遊んでくる」と言い残していた。


三、事案の概要(時系列順)

4月18日 午後1時00分頃: 藤原家より葬儀の依頼を受ける。子供の突然の死、しかも遺体の一部しか見つからないという悲痛な状況に、集落全体が沈痛な雰囲気に包まれていた。当寺より住職 松本 泰然が担当。


4月18日 午後3時00分頃(通夜準備中): 故人宅にて通夜の準備を進める中、遺体が安置された部屋の奥から、微かに子供の笑い声のようなものが聞こえたと、準備を手伝っていた集落の女性が報告。しかし、部屋には大人しかおらず、故人の遺体があるのみであった。声はすぐに止んだが、その場の空気が一気に冷え込んだという。


4月18日 午後7時00分頃(通夜開式): 故人宅にて通夜開始。読経中、故人の遺影(生前の総一郎君が山で遊んでいる写真)の背景に写る木々の影が、まるで生きているかのように微かに揺れ動いたと複数の参列者が証言。実際には風もない室内であり、異様な現象であった。


4月18日 午後9時30分頃: 通夜振る舞いの最中、故人宅の裏手にある山から、不自然に枯れた木の葉が次々と舞い込んできた。それらの葉は、まるで何かに焼かれたかのように、縁が黒く変色していた。同時に、故人の棺の中から、微かに土の匂いが漂い始めた。


4月19日 午前0時00分頃: 松本住職が故人の傍らで夜伽を行う。静寂の中、遺体が安置された棺の蓋から、微かな「カリカリ」という音が聞こえ始めた。それはまるで、硬い爪のようなもので棺の内側を引っ掻いているような音であった。恐怖を感じ、読経を強く唱え続けると、音は次第に大きくなり、何かを訴えかけるかのように響いた。


4月19日 午前8時00分頃(告別式開始): 慈眼寺本堂にて告別式が始まる。読経中、本堂の床に、故人が失踪した山中の不自然な地形に酷似した土のシミが徐々に現れ始めた。シミは広がり続け、まるでその場所が本堂の中にそのまま再現されたかのようであった。そのシミの上を歩くと、通常の床とは異なる、奇妙な湿り気と足を取られるような感触があった。


4月19日 午前10時00分頃(出棺): 棺を霊柩車へ運ぶ際、棺が異常に重くなり、特に故人の足元側が顕著であったと、運搬担当者数名が証言。棺の底からは、微かに土のようなものがこぼれ落ちていた。それは、集落の土とは異なる、より深く、粘り気のある土であったという。


4月19日 午後0時00分頃(出棺完了): 火葬場に到着し、火葬を終えた後、骨上げの際、故人の骨の一部が、まるで植物の根に絡め取られたかのように変色していた。それは、通常の骨の色とは全く異なり、見る者の不安を煽るものであった。


四、特異な点と考察

故人の死因が山中での遭難、そして遺体の一部しか発見されていないという状況が、怪異と強く結びついている。故人の魂が、まだ山に囚われていることを示唆している。

「子供の笑い声」「木々の影の揺れ」「枯れた木の葉」「土の匂い」「カリカリという音」「土のシミ」「湿り気」など、怪異のすべてが「山」や「土」といった自然環境と深く関連している。これは、故人が生前、山に強く惹かれていたことと関係があるのか。

本堂の床に現れた「土のシミ」は、故人が失踪した場所、あるいは故人の魂が現在も存在する場所を物理的に顕現させたものと考えられる。そのシミの感触は、故人の苦しみや未練を直接的に伝えているようであった。

棺からこぼれ落ちた土や、骨に絡みついた植物の根のような変色は、故人の遺体が単に失踪しただけでなく、何らかの土地の「力」に取り込まれた可能性を示唆している。山そのものが、故人の魂を捕らえているのか。


五、対処・対策

事案発生中、松本住職は集落の深い悲しみと怪異の異常さを感じながらも、故人の魂が安らぎを得られるよう、読経を絶やさなかった。

特に、本堂の床に土のシミが広がった際には、その場での浄めの祈りを強く行った。

事案後、藤原家と集落に対し、故人が行方不明となった山域への立ち入りを厳重に制限するよう助言。

また、慈眼寺として、故人が遭難したとされる山全体の供養を行うことを提案した。

今後、行方不明や遭難死といった、死因が不明瞭で遺体が完全に発見されないケースにおいては、故人の未練が特定の場所(自然環境)に強く残る可能性を考慮し、より広範囲での浄めと、その場所への供養を徹底する必要がある。


六、付記

本件は、故人の死因と生前の行動が、怪異の形に深く影響を与えた事例であり、特に「山」という自然そのものが怪異の媒介となった極めて稀なケースである。

故人の魂が、山に囚われ続けているという不穏な要素が残されており、この「秘匿葬送記録」の中でも特に注意を要する。

この記録は、人間と自然、そして死後の魂の間に潜む、計り知れない闇の存在を示す重要な資料として、今後の参考に供する。


【検閲追記】

「土」と「湿気」の混合。

すなわち「泥」が怪異の物理的顕現に深く関与している。

土地そのものの記憶が穢れと結びついたか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る