第9話 透明の段ボールハウスとガラスの心臓
その後ガラス工房で
「では……一緒に作りませんか? 段ボールとガラスで、二人の過去を表す作品を」
愛の声には迷いはなかった。章は小さく頷き、段ボールの中で手を組む。
透明の段ボールハウス
段ボールで家や部屋を組み、窓部分にガラスをはめ込む。
内側にキャンドルやLEDライトを置くと、温かい光が外に漏れる。
章の段ボール技術と、愛の光の透明性を象徴的に融合できる作品。
ガラスの心臓
段ボールの小さな箱の中にガラスの心臓や球体を置き、光や反射で生命の脆さと温かさを表現。
章の「内に秘めた感情」と愛の「透明で脆い芸術性」を重ねる作品。
工房の中央に置かれた大きな段ボールの構造。章が慎重に切り込みを入れ、窓を作る。透明のシートをはめ込み、光が差し込むように工夫する。内部には、章の妻とのアルバムや小物が並ぶ。
愛はその傍らで、吹きガラスの技法を使い、小さな心臓の形を作る。ガラスはまだ熱く、触れれば壊れそうだ。
「これを……段ボールハウスの中に置きましょう」
章は手でそっとガラスの心臓を受け取り、アルバムの上に置く。光が差し込むと、段ボールハウスの内部に心臓が反射して揺らめく。
「……脆く、でも光を通す。まるで……」
章は言葉を詰まらせる。亡き妻の微笑み、守れなかった後悔、そして今ここにある希望――すべてがこの一瞬に宿る。
愛もまた、手を止めてその光景を見つめる。彼女の亡き夫もまた、ガラスの心臓の透明な存在に重なる。
二人は言葉を交わさず、作業だけで互いの心に触れる。段ボールとガラス、脆さと守る強さ、閉じた世界と光の広がり――それらが混ざり合い、静かに共鳴していった。
完成した作品を前に、章は段ボールの仮面越しに深く息をつく。
「……これで、少しは過去を抱きしめられるかもしれない」
愛も微笑む。
「私も、少し光が見えました」
静かな工房の中、段ボールの箱とガラスの光が二人を包み込み、失ったものと残ったものをそっと結びつけるように揺れていた。
工房の作業台の前、章は段ボールの仮面越しに深く息をついた。完成した「透明の段ボールハウスとガラスの心臓」を眺めながら、愛と視線を交わす。
「……これ、外の世界で見せてみないか?」章の声は小さいが、決意が籠っていた。
愛も頷く。
「そうですね。私たちの過去を、同じように何かを抱えている人たちに伝えられるかもしれない」
二人は展示会の構想を練り始める。段ボールのハウスは都会のギャラリーに設置し、光と影の演出を工夫する。ガラスの心臓は、来場者が手に取って近くで見られるように配置する。
章はSNSで告知を始める。写真や短い動画を投稿し、ハッシュタグを添える。
「段ボールとガラスで作った透明な家。光と記憶の物語を見に来てください」
愛も自身のアカウントで作品制作の過程を投稿する。段ボールを切り、窓をはめ込み、ガラスの心臓を慎重に置く様子が映る。
投稿は瞬く間に拡散され、国内だけでなく海外からも反応が寄せられる。ルーカス・ヴァンデルやイザベラ・ロペスといったアーティスト、建築家からもコメントが届き、二人の世界が少しずつ外界に繋がっていく。
展示会当日、ギャラリーの前には行列ができる。段ボールの仮面をつけた章と、ガラスを扱う愛の姿は、まるで作品の一部のように展示空間に溶け込んでいた。来場者は作品の内部に光を差し込み、ガラスの心臓の揺らめきを見つめる。
SNSにはその光景が次々に投稿され、コメント欄にはこうした声が並ぶ。
「段ボールにこんな力があるなんて」
「透明な家の中で、ガラスの心臓が揺れるのを見て泣きそうになった」
「過去を抱えて生きるって、こういうことなのかもしれない」
章と愛は、互いに顔を見合わせる。言葉は少なくても、二人の心は通じていた。段ボールという閉じられた世界と、ガラスという透明な存在。過去を抱えながらも、外の世界と繋がることはできる――そのことを、二人は静かに確かめていた。
展示会の光景は、まるで小さな奇跡のようだった。段ボールとガラス、そして二人の過去と哲学が、現実の都市空間に溶け込み、訪れた人々の心にそっと触れていく。
——
数年後
展示会会場の空気は熱を帯びていた。透明段ボールの小屋の中、光明院章はいつもの仮面をつけ、静かに来場者を見つめる。世界中から集まった観衆が、段ボールとガラスのアートに手を伸ばし、写真を撮り、感嘆の声を上げる。
しかし章の心は、ずっと奥の方で揺れていた。
—もう、十分に伝えたのではないか。
—もう、恐れる必要はないのではないか。
長宗我部愛が隣で微笑む。彼女の存在が、勇気の背中を押す。
章はゆっくりと手を伸ばし、仮面の留め金を外す。
会場中の視線が一斉に彼に集まる。透明段ボールの中に映る顔、光に反射するガラスのハート——そのすべてが、一瞬、静寂に包まれた。
「…私は、光明院章です」
低く、しかし確かな声が響く。長い間閉じ込めていた感情が、今、初めて空気に溶け出す。
観衆の間に驚きのざわめきが広がる。しかし、すぐに静かに、共感と温かさが会場を満たした。誰もが、彼の人生の痛み、後悔、そしてそこから生まれた哲学を、無言のうちに理解する。
章は仮面を手に持ちながら深呼吸する。
「段ボールの中だけでなく、世界の中でも、私は生きていける——そう思える」
愛がそっと隣に立ち、言葉はなくとも手が触れ合う。透明の段ボール小屋とガラスの心臓——過去の痛みと記憶、愛と哲学が、今、完全に可視化された瞬間だった。
来場者は静かに拍手を送り、章の眼差しの先に、自分自身の過去や希望を重ねる者もいた。仮面を外した章の顔は、これまで閉じ込めてきた感情と共に、世界の中で初めて自由に息をしていた。
段ボールの王様 チャッキー @shotannnn
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