触れた熱は錯覚か。それとも。
兎木ハルカ🐰
触れた熱は錯覚か。それとも。
「これからはサボる力が必要になるんです」
パニックになっている。
意味不明な言い訳を力説してしまうくらいには。
金曜日。人の少ない映画館。
私の前にはよりにもよって無断欠席常習犯の男子。校則で禁止されているピアスが耳たぶに光っている。
「真面目なだけだといつか与えられた仕事に埋もれて潰れてしまうので。サボる力を身につけているわけです。今」
「で。委員長はわざわざ学校を休んでこの映画を見に来たわけだ」
「うぅ」
あらためて指摘されると堅物マジメ委員長としての良心が痛む。
うつむいたメガネフレームの端に、自分の黒髪が映った。
「八尺様VSメカ八尺様〜SF因習村の大決戦〜を。いやホントどんな趣味? 委員長もクソ映画好きだったの?」
「面白かったじゃないですかぁ……」
「いやまあ面白かったよ? 特にメカ八尺様の帽子がロケットになって飛んでいくところなんて低予算の中でよくやったなぁって思ったけどそんなことはどうでもいいんだよ」
「あ。映画館で内容のネタバレは厳禁ですよ」
「いまそこ気にするところかなぁ」
ここは上映の終わった11番シアターの前。私たち以外にお客さんはいなかったため、誰も気にする人はいない。
わざわざ授業をサボってそんな映画を見にきてしまったということは置いておいて。
「……いやまぁ。俺としては少し安心したけどね。委員長も人間っぽいところあるんだなって」
「そうですか?」
「だってたまに学校行っても、委員長って背筋ピンと伸ばして黒板か問題集見てるじゃん。おんなじ人間とは思えね〜」
「きみはもうちょっと学校に行くべき」
「ええ? 俺だってサボる力を育成してるだけなんだけどなぁ」
「充分すぎると思います。来週はちゃんと授業を受けにくるように」
「へいへい……そうだ。じゃあ」
私より十数センチ背の高い彼は、ぱちん、と器用に指を鳴らして。
「来週。俺が一回も休まず学校行ったらさ」
差し出されたのは一枚のカード。海から襲いかかるサメの描かれた。
「再来週封切りのこれ。観に来いよ。もちろん初回上映日の金曜日に」
「なっ……!」
「マジメを教えてもらう代わりにサボりを教えてやる。俺は10時の上映回に行くつもりだから」
悔しいけれど観たかった映画だ。渋々受け取った私を見て彼がニヤリと笑う。
「じゃあな委員長。また来週〜」
後には前売り券を持った私だけが残された。
カードを渡してきた手の、やけに熱い体温を覚えた私だけが。
触れた熱は錯覚か。それとも。 兎木ハルカ🐰 @USAGI_7
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