【奈良観光】ぬい撮りしようとしても友だちが一生ついてきて全然チャンスない【古都ならら】

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【奈良観光】ぬい撮りしようとしても友だちが一生ついてきて全然チャンスない【古都ならら】

 周りの友人には一切話したことがないが、俺は奈良県ご当地Vtuberの「古都ならら」にどハマりしている。チャンネルが更新されると即視聴するのはもちろん、必ずコメントも残している。そうやって過ごしているうちに、なららが発信する奈良の観光情報に、俺はかなり詳しくなっていた。しかし悲しいことに、休みの日はサッカー部の練習が忙しすぎて、なららにハマってから一度も奈良に行けていない。

 そんな俺を奈良の大仏さまが哀れに思ってくださったのか、原木高校二年生、うちのクラスの校外学習の行き先が奈良に決定した。そのことが発表されたときは夢かと思うくらいにうれしくて、内心かなり動揺したが、教室の反応が「へぇー」くらいの中で、いきなり立ち上がって「なららーーーー!!」と叫ぶわけにはいかず、表面上は努めて冷静を装った。部活を引退するまで奈良には行けないと覚悟していた俺がついに奈良に行けるのだ。俺のなららを奈良に連れて行ってやれるのだ。

 そうそう、申し遅れたが、俺はなららのぬいぐるみを、いつもカバンの奥底に忍ばせて持ち歩いている。なららはこれから人気が出るVtuberなので、ぬいぐるみはまだグッズ化されていない。だからこのぬいぐるみは、俺が心を込めて縫った自作のぬいぐるみだ。

 俺は絶対に、俺のなららを奈良に連れて行って、観光地の風景と一緒になららの写真を撮りたかった。いわゆる「ぬい撮り」というやつだ。SNSで鹿人(しかんちゅ、古都なららのファンをそう呼ぶ)たちが聖地でぬい撮りをしているのを見て、死ぬほど憧れていたのだ。

 しかしここで問題が一つある。クラスメイトの前でおもむろになららを取り出し、光の具合とか構図とかを工夫して写真撮影を始める度胸が、俺にはないということだ。俺はクラスではわりと真面目なサッカー部員でとおっている。だからそんなことをしたら友人の寺岡たちに死ぬほどバカにされるだろうし、そのとき俺が平静を保っていられるかわからない。

 俺がなららを好きだということを恥じているなんてことは、全くもってありえない。しかし友人といえども、それを周りに理解してもらえるとも思っていない。

 そもそも俺の周りの友人たちが、国のまほろばである奈良の魅力を十分に分かっているとは、申し訳ないが思えない。案の定、さっそく寺岡が「奈良ぁ?見るもんないし、みんなでボウリングとか行くかあ!」などと言っていて、他の友人も、それいいな、と賛成している。

 このまま寺岡たちのグループに入れられてはマズいと判断した俺は、とっさに近くの大人しめなグループに「俺もこっち混ぜてもらっていい?」と声をかけた。


 てっきり青井くんも寺岡くんたちと一緒にボウリングに行くと思っていたから、僕たちのグループに声をかけてきたのは、かなり意外だった。青木くんはスポーツ万能に見えて、案外、ボウリングが苦手なのだろうか。それとも青木くんものんびりと奈良の町を見て回りたいと思ったのだろうか。

 のんびり、といえば聞こえはいいけれど、そのとき僕たちのグループは全く計画がまとまっていなかった。とりあえず鹿を見ながら東大寺へ向かって、飽きたらその辺で昼食をとって、そしてまた集合場所に帰ろうという程度の話だけして、あとはみんないい加減にスマホゲームの話をしていた。

 東大寺へ行くという案も僕が出したものだったから、「じゃあ才木が班長ね」と班長を押し付けられてしまった。僕は仕方がなく、駅から東大寺への移動時間を調べたりして、先生に提出するための計画表を埋めていった。

 青井くんは急にグループに入ってきたくせに、グループの誰とも話したりせず、せっせと計画表を書く僕の手元を冷ややかに見ていた。


 真面目にやっている才木には申し訳ないが、こいつらのグループは俺にとって好都合だった。当日、いきなりグループから抜けて単独行動をしたところで、普段あまり話したことのない俺に文句を言うやつもいないだろうし、こいつらもゆるく適当に時間を潰すだけっぽいから、俺がどこへ行こうと気にもしないだろう。

 俺は才木が書いている計画表を見つつ、ぬい撮りをしているところを見られたくないから東大寺には行けないな、と考えていた。大仏さまを見られないのは残念だが、奈良の魅力はまだまだたくさんある。

 その日から校外学習当日まで、過去のなららの動画を見たり、鹿人たちのSNSを見たりして、俺は綿密な行動計画を立てた。奈良を満喫しつつ、クラスのやつらと出くわさない完璧な計画を立てて、当日を心待ちにしていた。

 そして校外学習当日。心待ちにしていたのに朝から雨が降っていた。まあいい。雨が降ろうと若草山が燃えようと、奈良の魅力が失われるわけではない。こんなこともあろうかと、俺は雨天時のプランもきちんと考えていた。

 しかしプランを完遂するには、まずこのグループから離れなければならない。「じゃ、行きますか」と才木を先頭にして、JR奈良駅から東大寺方面へぞろぞろ歩き始めた集団の後ろを、ひとまず俺は付いていった。

 そして少し歩いたところで「実は朝から少し体調が悪くてコンビニのトイレに寄りたいがしばらく時間がかかるかもしれない。大変そうなら集合場所付近で休んでいるのでみんなは俺を置いて行動してほしい」と矢継ぎ早に言い置いて、返答を待たずに近くのコンビニに入った。あいつらからしても、普段から仲がいいわけでもない俺が混じっている気まずさから逃れられるので「青井くんがそういうなら……」と先へ行ってくれるだろう。

 そうしてしばらくこもるフリをしてから、なららと奈良を満喫するべく、俺はトイレから出た。


 グループのみんなは「青井くんがそういうなら……」と言って先へ行ってしまった。でも体調不良者を一人置いていって何かあったら班長の僕が先生に怒られる気がしたから、僕はしばらくコンビニで青井くんを待っていた。

 トイレから出てきた青井くんは一瞬驚いた顔をして「いや、先に行ってくれてよかったのに……」と言った。でも班長として体調不良者に付き添わなくては、と僕が言うと、二人の間で「一人でいいって」「でも心配だし」のやりとりが何度か続いた。そして、とりあえず奈良駅まで一緒に引き返して様子を見ようということになった。

 当たり前ながら奈良駅にクラスメイトは誰もおらず、みんな出発した後だった。体調不良者を立たせているのもよくなさそうだし、とりあえず駅のパン屋さんに入って、イートインで温かい飲み物でも飲むことにした。五月の初めごろだったけれど、雨が降って少し寒い日だった。

 青井くんとは教室ではあまり接点がないから、こういう場合に盛り上がれる話はない。そして彼は相変わらず「マジで俺のこと置いていっていいから、マジで」と繰り返すだけだった。

 でも僕としてもここまで付き合ったのだから、ここで置いて行って急に青井くんの具合が悪くなって、最悪、死んでしまうなんてことがあったら責任を感じる。それにこの雨の中、グループの人たちに追いつくのも大変だし、いまさら校外学習にそれほどのやる気はなかった。

 それにしても青井くんは案外平気そうだ。もしかすると彼も奈良にはそれほど興味もなく、こうやってサボろうとしているのかもしれない。それだったら僕としても好都合で、体調不良者に付き添うふりをして、こうやってパン屋や喫茶店で時間を潰しているのも悪くない。だからそんなにも僕を邪魔者のように追い払おうとしなくてもいいのに。


 俺はなんとかしてこの邪魔者を追い払わなくてはいけなかった。そうでなくとも、先ほどのコンビニとこのパン屋とで、俺の計画は一時間弱ズレてしまっている。本当なら今頃奈良のあちらこちらでカバンの中のなららを取り出して写真を撮っているはずなのに、写真はおろか、まだこの奈良の景色をなららに見せてあげることすらできていない。俺は頭の中で計画を練り直していた。

 しかしどんなに計画を練り直したところで、このまま才木に心配され続けていては、駅から出ることなく校外学習が終わってしまいかねない。とうとうしびれを切らした俺は「もう治った」と言って席を立った。

「もう治ったから俺は行く。才木、ありがとうな。じゃあ」

「治ったって、何かあったらまだ心配だから僕も一緒に行くよ」

「いいって、マジで。それに着いてきたってつまんないし、才木も好きなとこ行きなよ」

「いいよ、僕も別に行きたいところないし。青井くんの邪魔しないから気にしなくていいよ」

 いや、いるだけで俺となららの邪魔なんだって!と喉まで出かかったが我慢した。そしてこれ以上話しても埒が明かないと判断し、才木がそういうなら俺だって遠慮なく好きなところへ行かせてもらうことにした。俺は才木が諦めるくらいに(才木にとっては)つまらないところへ連れて行き、なんとかして、なららと二人きりになろうと考えた。


 さすがサッカー部だけあって、青井くんは歩くのが早い。雨の中どしどしと歩いていく青井くんの後を付いていくと、大きな市民センターに到着した。わざわざ奈良まで来て、なぜ市民センター?と思わないでもなかったけれど、この雨で建物の中に入れるのはありがたかったし、さっきから言っているとおり僕には別に行きたいところがあるわけではない。

 青井くんについて四階まで上がると図書館があった。青井くんに「本を読む人」というイメージがなかったのでちょっと意外だったし、奈良まで来てわざわざ図書館に来る意味もわからなかった。

でも考えてみれば、図書館というのは無料で入れるし、本がいっぱいあるから時間を潰すのにはもってこいだ。館内には僕たちと同じように、ちょっとここで過ごしています、という人たちの姿もちらほら見受けられた。

 わざわざ図書館に来たということは、青井くんも何か探している本があるのだろう。さっき邪魔しないって言ったことだし、僕も「……その辺の本棚見てるね」と小声で声をかけて青井くんのそばを離れた。


 ようやく才木が離れてくれてホッとした。俺は別に本が好きじゃないから、図書館に来るなんて小学生ぶりだ。それなのになぜ数多ある魅力的な奈良の観光地を差し置いて図書館へ来たのか。他のクラスメイトに出くわす可能性がないということはもちろんだが、俺の目的はここの自習室だった。

 実はここの自習室は、なららが勉強によく利用していたという自習室で、いわば聖地巡礼というやつだ。以前、なららが「試験勉強に集中できません、どうしたらいいですか」という鹿人からの相談メールに対して、「市民センターの中の図書館の自習室が集中できるのでよく利用していたよ」と話していたのだ。

 そして何を隠そう、質問をした鹿人とは俺のことだ。なららは俺のコメントを拾って返事をしてくれたわけであり、つまり俺はなららと会話をしたといっても過言ではないだろう。つまりここはなららと俺が初めて会話をした思い出の場所だということになる。

 ちなみにそのコメントを正面から真面目に受け止めた俺は、その日から試験最終日まで、近所の図書館の自習室で毎日勉強をした。そのおかげでその試験では学年順位が三〇位以内に入った。

 本当ならここでも小一時間ほど勉強をして、なららを感じたかったが、時間の都合上それはできない。ましてや、ここでぬい撮りなんてしようものなら他の利用者に迷惑が掛かり、鹿人の、ひいてはなららの名誉を失墜させてしまうだろう。

 だから俺はちょっと残念な気持ちを抱えつつ、ここで一生懸命勉強するなららを思い浮かべながら、カバンの中の俺のなららをそっと優しく握って、俺も勉強をがんばろうという気持ちを高めた。

推しの存在は、生きる活力を与えてくれる。


 たまたま手に取った本がおもしろくて、ついつい読書にのめりこみそうになったところで、青井くんを見失っていることに気づいた。あちこちの本棚を探したけれど、どこにもおらず、きょろきょろと探していると、自習コーナーのあたりで見つけた。

 青井くんはカバンの中に手をつっこんで、ボーっと自習コーナーのほうを見つめている。やっぱりまだ体調が悪いのではないかと思って「大丈夫?」と声をかけたら、驚いた青木くんはカバンから手を出して「お、おおう……」と言っていた。

 青井くんはこの図書館で時間を潰すものだとばかり思っていたけど「じゃ、行くから」とそっけなく言って、館外へ出てしまった。

空はまだ曇っていたけれど、いちおう、雨は上がっていた。

 そこから青井くんは奈良の町をあちらこちらと歩き回った。小さなお寺や、庭園、石に彫られた史跡跡、老舗らしい漬物屋さんまで、パッパと写真を撮ってはぐるりと眺めて、はぁ……とため息をついていた。やはりまだ体調が本調子じゃないのにこんなにも歩き回って疲れているのだろう。

 でも青井くんがこんなにも奈良に詳しいとは知らなかった。最初のうちは黙ってどしどし歩いていたけど、そのうち、こっちが聞いてもいないのに「ここのお寺は〇〇で……」「この庭は秋になると……」「そっちよりこっちの漬物のが実は珍しくて……」といろいろ教えてくれるようになった。青井くんは奈良によく来るのだろうか。

 でも、おかげで僕も奈良には大仏以外にもいろんな魅力があることがわかった。それに目の前で誰かが生き生きと話しているのを見るのは楽しい。次第に僕は元のグループの人たちとなんとなく東大寺に行くよりかは、こうして青井くんの話を聞けるほうが楽しそうだなと思うようになっていた。


 はじめは才木を振り切るためにあえてマイナーなところを選んだのだけれど、なららが紹介していた場所を実際に訪れることができた高揚感で、ついついしゃべり過ぎてしまった。俺が話しているのは単になららの受け売りでしかなかったけれど、それに才木も飽きずにふんふんと聞いてくれるからこっちも調子に乗ってしまう。

 ただ、楽しければ楽しいほど、才木を振り切ることができない。才木を振り切ることができないと、なららのぬい撮りができない。相変わらず俺は、カバンの中のなららを外に出してやることもできずにいた。なららの写真を撮ることができないまま、徐々に近づく集合時間に俺は焦っていた。

 俺たちが最後に到着したのは、なんの変哲もない、駅の近くのコーヒーチェーン店だった。だがここは、なららと鹿人にとってかけがえのない店だった。

 古都なららがなららになる前、つまり単なる友だちのいない女子大生だったころ、大学生活が嫌になってふらりと立ち寄ったのがこの店だった。そして、この店の無料Wi-Fiが、当時のなららと「海苔千切宴メイワク(のりちぎりのうたげ めいわく)」という名前のVtuberとをつなげた。メイワクの動画を見たなららは、全身に電撃が走るような感覚をおぼえ、自身もVtuberになることを決心したという。つまりこの店こそが、なららがなららとして生まれた聖地なのである。

 俺はなんとしても、ここでぬい撮りをしたかった。だから、目の前の才木がオレンジジュースとサンドイッチのセットをのんきに食べている間ずっと、トイレに行きたくなるようにやつの膀胱に念を送り続けていた。なんだったら腸のほうへも念を送りまくった。

 そして、とうとう俺の念が届いたのか、ジュースを飲みほした才木が「ちょっとトイレ」と席を立った。

 いまだ。本当なら机の上を片付けてレイアウトを工夫し、万全の状態でなららを撮りたいが、事態は一刻を争う。トイレへと消えていく才木の後姿を見送るやいなや、俺はカバンの中のなららを外に出した。ようやくなららに聖地奈良の空気を吸わせてやれる感慨に一瞬だけ浸って、とにかく一枚でも多くなららのぬい撮りを敢行した。

 ただ撮っているうちに欲がでるもので、もっといい構図、もっといいライティングを探ってしまう。そのせいで、才木がトイレから出てくるのに気づくのが一瞬遅れてしまった。

  俺は慌ててなららをカバンに押し込もうとした。

そのとき、なららの右の角がどこかに引っかかって取れてしまった。

 半ばパニックになってしまった俺は才木が近づくのも構わず、なららを手に取り角の様子を念入りに確認した。完全に才木にばれてしまっただろう。でもそんなことはどうでもいい。俺は俺のなららが心配だった。

 しかし俺にはどうしてやることもできなかった。生地が破れてしまって、俺の技量ではなららを治してやることはできない。せっかくの聖地巡礼でこんなことになってしまうとは……。ごめん、ならら……。俺はなららを見つめて心底落ち込んだ。

 落ち込む俺に、才木は「わあ、すごい!よくできてるね。……ちょっと借りてもいい?」と手を差し伸べた。


 僕はすっかり意気消沈してしまっている青木くんからぬいぐるみを受け取ると、ちぎれてしまっている箇所を念入りに確認した。ちょっと生地が裂けてしまっているけど、それほど珍しい色の生地でもないので、ちょうどいま合いそうな糸の持ち合わせがある。

 僕はカバンの中からいつも持ち歩いている裁縫セットを取り出した。青木くんにも糸の色を確認してもらい「もしよければ僕が直してみてもいいかな」と申し出た。青木くんはちょっと呆然としつつうなずいてくれた。

 周りの友だちにはあまり話していないけど、小学生くらいの頃から裁縫が趣味だった。ちょっとした小物を作ったり、妹のワンピースを作ったり、女の子にお願いされてぬいぐるみも作ったこともある。昔はみんなが喜んだりほめてくれたりするから得意な気分になったけど、中学生になったくらいから「才木ちゃんは心が女の子だから」と冗談めかして言われるようになった。別に男とか女とか関係なく裁縫が好きだったんだけど、そういうレッテルを貼られるのが嫌になってきて、いつしか人前で裁縫の話をすることはなくなった。

 青木くんのぬいぐるみはなんのぬいぐるみかはわからなかったけど、丁寧に、大事に作られたことはよくわかる。そしてこのぬいぐるみを作った人の技量だと、この千切れかけてしまったところを繕うのも大変なのも、僕にはわかった。僕は青木くんの心配そうな視線を手元に感じながら丁寧に繕った。


 あっという間に、俺のなららはきれいに治った。俺がやったらもっと糸がぐちゃぐちゃになって、角もねじれてしまっていたかもしれない。才木がこんなにも裁縫が上手だと知らなかった。俺はすっかり尊敬してしまった。

 そして才木が一言も俺のなららをバカにすることなく、決して上手とは言えないであろう俺のぬいぐるみの出来栄えを褒めてくれたのもうれしかった。いままでこんなふうに、ぬいぐるみの話ができる相手はいなかった。いや、もしかしたらいたのかもしれない。でも俺は内心で自分の趣味を恥ずかしいものと決めつけてコソコソ過ごしてきた。本当はこうやって自分の好きなものの話ができる相手を求めていたのに。

 俺と才木はしばらく裁縫談議で盛り上がった。才木の技術と知識はかなりのもののようで、俺のなららのための衣装の作り方も教えてくれるらしい。才木は才木で、こんなふうに裁縫の話ができる相手が見つかってうれしかったようで、校外学習の帰りに、そのまま俺たちは手芸店に行く約束までしていた。


 すっかり話し込んでしまったせいで、気づけば集合時間の直前になっていた。いくら集合場所近くの喫茶店とはいえ、班長として遅刻してはマズイと慌てて立ち上がろうとすると、青井くんが少し照れくさそうに「もう一度撮ってもいいかな」と言った。一瞬なんのことかわからなかったけど、青井くんがカバンの中からぬいぐるみを取り出すのを見て、なるほど、ぬい撮りというやつかと理解した。

 集合時間が差し迫ってはいたけど、僕も机の上を片付けて手伝ったりして、ああでもない、こうでもないと何度も写真を取り直す青井くんの姿をちょっとうらやましく見ていた。僕もぬいぐるみ作ろうかなと思っていると、青井くんが「オッケー、ありがとう!」と立ち上がった。

 お店を出るなり、自分がぬい撮りをしていたせいで遅くなったくせに、青井くんは「おい!急ぐぞ才木!」と駆け出して行った。そのサッカー部らしい軽やかなフォームに、どうやら無事に青井くんの体調はよくなったらしいと、僕は安心してその後姿を追いかけた。


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