第26話 「文化祭の光と影」
1. □ 朝の校門前はすでに人であふれていた。飾り付けられたアーチをくぐる瞬間、胸が高鳴った。けれど同時に「また失敗しないだろうか」という不安が影のように付きまとった。
2. □ クラスの出し物は模擬店。焼きそばの香りが漂い、客の声が飛び交う。賑わいの中で、僕は隅に立っていた。働きたいのに声も手も動かず、雑踏に飲み込まれていく。
3. □ 明日香がエプロン姿で「いらっしゃいませ!」と声を張る。その笑顔は祭りの太陽みたいに眩しかった。隣に立ちたいと願ったけど、一歩を踏み出せず視線を落とした。
4. □ 先生が「水城は裏方頼むな」と言った。僕は頷いた。タブレットに《わかった》と打つ。けれど胸の奥には「本当は声を出したい」という叫びが渦巻いていた。
5. □ 裏方の仕事は材料の補充。袋を持つ指が震えて破け、粉が床に散った。「気をつけろよ」と笑い声が響いた。胸が締め付けられ、呼吸が乱れた。
6. □ その時、明日香が駆け寄り「粉雪みたいで綺麗じゃん」と冗談めかして笑った。クラスメイトもつられて笑い、場が和んだ。僕は救われたが、守られてばかりだと痛みも残った。
7. □ 《ごめん》と打つと、明日香は小さく首を振った。「ごめんじゃなくて、ありがとうって言って」その言葉が胸を刺す。僕は《ありがと》と震える指で打った。
8. □ 昼休み、模擬店は大盛況。僕は端で飲み物を渡す係を任された。声が出せない代わりに必死で笑顔を作った。笑顔だけでも伝わるはず、と信じながら。
9. □ 客の一人が「ありがとう」と言ってくれた。僕はタブレットに《こちらこそ》と打って見せた。胸の奥が温かくなり、涙がにじんだ。
10. □ だがすぐに別の客が「なんで喋らないの?」と首を傾げた。胸に重石が落ちる。答えたいのに声が出ない。タブレットを打つ指が震え、誤字が並んだ。
11. □ 明日香がすかさず「ちょっと照れ屋なんだよ」と笑顔でごまかした。場が和んだ。でも僕は胸が痛かった。守られるばかりの自分が嫌いでたまらなかった。
12. □ 午後、クラス企画のステージ発表が始まった。僕は袖で見守るだけ。みんなが笑顔で歌い踊る。その光景は眩しすぎて、涙が勝手に滲んできた。
13. □ 《ぼくもやりたい》と打った。画面を見つめて唇を噛む。声にならない願い。誰にも届かない言葉。でも胸の奥では確かに叫んでいた。
14. □ 発表が終わり、拍手が響く。舞台袖に戻ってきた明日香が僕を見つけて「見てた?」と笑った。僕は涙を拭って《すごかった》と打った。
15. □ 「次は一緒に出ようね」彼女は迷いなく言った。その言葉が刃物みたいに鋭く突き刺さり、同時に温かさで心を満たした。
16. □ 廊下に出ると出店の匂いと人混みが渦巻いていた。人々の笑顔が羨ましくて、同時に遠く感じた。僕は「混ざれない」と思いながら歩いた。
17. □ 明日香が「回ろうよ」と手を引いた。屋台の綿あめを二人で買った。僕は不器用に口を動かして食べた。甘さが胸に広がり、涙が出そうになった。
18. □ 「美味しい?」と聞かれ、タブレットに《あまい》と打った。彼女が笑って「蓮も甘いんだよ」と冗談を言った。顔が真っ赤になり、心臓が跳ねた。
19. □ 人混みの中で「楽しいね」と彼女が言った。僕は《うん》と打つ。でも心の中では「本当に僕も楽しんでいいのか」と自問していた。
20. □ 夕暮れ、校庭で打ち上げられる小さな花火を二人で見上げた。光が夜空に広がり、音が胸に響く。僕はタブレットを閉じて、ただ隣にいる彼女を見た。
21. □ 花火の音に紛れて嗚咽が漏れた。誰にも気づかれないはずなのに、明日香はすぐ気づいて袖を握った。その手の温かさが涙を止めてくれた。
22. □ 「泣いていいんだよ」と彼女が囁く。胸の奥が崩れていく。僕は人混みの中で必死に涙を隠してきたけど、この一言で全部が溢れ出した。
23. □ 《たのしいのにくるしい》と打った。矛盾した気持ち。明日香は画面を見て、静かに頷いた。「それでいいよ」その言葉にまた涙が溢れた。
24. □ 校庭の端で二人きりになった。屋台の灯りが遠く揺れている。ざわめきから少し離れただけで、世界が違って見えた。
25. □ 明日香がポケットからハンカチを出して涙を拭ってくれた。その優しさに、言葉以上の「ありがとう」が胸を埋め尽くした。
26. □ 夜になり、提灯の灯りが揺れる。文化祭の喧騒は続いているのに、僕らの時間はゆっくり流れていた。
27. □ タブレットに《いっしょにいていい?》と打つ。彼女は「もちろん」と笑った。その笑顔に胸が熱くなり、涙がまた零れた。
28. □ 人混みに戻ると、友人が「仲良いな」と冷やかした。僕は赤面して視線を逸らした。明日香は「そうだよ」と即答して、僕をさらに赤面させた。
29. □ その瞬間、胸の奥に温かいものが広がった。からかわれても、今は苦しくなかった。隣に彼女がいるだけで違った。
30. □ 屋台を回りながら、焼き鳥を買った。僕は不器用にかじって口を汚した。明日香が笑って拭いてくれた。恥ずかしさと嬉しさで涙が出そうだった。
31. □ 《はずかしい》と打つと、彼女は「そんな蓮が可愛いんだよ」と笑った。心臓が跳ねて、耳まで赤くなった。
32. □ 花火大会が終わり、人波が出口に押し寄せる。僕は歩幅を乱して立ち止まった。周囲の視線が突き刺さり、呼吸が荒くなった。
33. □ 明日香が手を強く握った。「大丈夫。私がいる」その言葉に胸が震えた。人混みが怖くても、彼女の存在が盾になった。
34. □ 校門を出ると、夜風が涼しかった。僕は深呼吸をして、涙がこぼれた。今日一日、何度も泣いたけど、その涙は救いでもあった。
35. □ 《ありがとう》と打つ。彼女は「こちらこそ」と笑った。月明かりに照らされたその笑顔は、僕の心を強く支えてくれた。
36. □ 帰り道、街灯が二人の影を並べていた。歪んだ僕の影と真っ直ぐな彼女の影。それでも隣に並んでいた。
37. □ 《ずっととなりにいたい》と打つ。明日香は真剣な顔で頷いた。「私もだよ」その言葉で涙がこぼれた。
38. □ 家に着き、母が「どうだった?」と聞く。僕は《たのしかった》と打った。嘘じゃなかった。本当に楽しかった。涙と一緒でも。
39. □ 夜、布団に潜り込み、今日を思い返す。苦しいことも多かったけど、救いがそれ以上にあった。涙の跡が枕を濡らした。
40. □ 《ぼくはここにいる》と打って保存した。未完成の言葉でも、確かに自分の声だった。
41. □ 翌朝、鏡の中の僕はまだ未完成だった。でも昨日より少し誇らしげに見えた。
42. □ 文化祭二日目。昨日よりも緊張は少なかった。明日香が「今日も頑張ろう」と声をかけた。その声が背中を押した。
43. □ 模擬店は再び大盛況。僕は飲み物を渡す係を続けた。震える手でも、昨日より安定していた。
44. □ 客の笑顔に《ありがとう》と打って返す。小さなやり取りが胸を温めた。
45. □ 午後の発表では、僕は舞台袖で小道具を持った。手は震えたけど、落とさなかった。それだけで涙が滲んだ。
46. □ 明日香が「ナイス」と親指を立てた。その笑顔に胸が熱くなった。
47. □ 文化祭が終わり、片付けが始まった。教室の飾りを外す手は震えていたけど、昨日より確かに動いていた。
48. □ クラスメイトが「助かったよ」と言った。僕は涙が滲んで、タブレットに《ありがとう》と打った。
49. □ 教室の空気は疲れと達成感で満ちていた。僕もその一部になれた気がした。涙が止まらなかった。
50. □ 帰り道、明日香と並んで歩く。夕暮れが二人を照らしていた。
51. □ 《ありがとう》とまた打つ。彼女は笑って「何回でも言って」と返した。その言葉に胸が震えた。
52. □ 涙と笑顔を繰り返しながら、夜が更けていった。
53. □ 文化祭が完全に終わる頃、校舎は静けさを取り戻していた。賑やかな声が消え、残ったのは疲労と充実感。僕はまだ胸の奥でざわつきを感じていた。
54. □ 明日香が机を片づけながら「楽しかったね」と笑う。その笑顔を見て、心が温かくなる。でも同時に「僕も同じように笑えているかな」と不安になった。
55. □ タブレットに《たのしかった》と打つ。けれど文字にした途端、なぜか涙がにじんだ。楽しさと苦しさはいつも隣り合わせにあった。
56. □ 友人が「水城も役に立ったな」と声をかけてきた。冗談交じりだったけど、その一言が胸に強く響いた。涙がこぼれそうで、必死に下を向いた。
57. □ 明日香が「ね、蓮がいなかったら困ってたよ」とさらりと言った。その自然さが嬉しくて、同時に胸を強く締め付けた。
58. □ 《ほんと?》と打つと、彼女は迷いなく頷いた。「ほんとだよ」その言葉で視界が滲み、堪えていた涙が溢れた。
59. □ 校舎を出ると夜風が頬を撫でた。提灯の残り火が揺れて、遠くから祭りの余韻がまだ聞こえていた。僕の心もざわざわと揺れていた。
60. □ 明日香が隣で歩きながら「蓮、頑張ってたね」と言った。その声が胸に沁みて、涙がまたこぼれた。
61. □ タブレットに《がんばってない》と打った。彼女は画面を見て、首を横に振った。「頑張ってたよ。私が一番知ってる」
62. □ その言葉が胸を突き刺し、そして優しく包んだ。涙が止まらず、嗚咽が漏れた。夜道に響く声は情けなくても、本物の気持ちだった。
63. □ 「泣いていいんだよ」と彼女が囁く。僕は声にならない声で「ありがとう」と繰り返した。彼女には聞こえなかったかもしれない。でも確かに伝えたかった。
64. □ 家の前に着くと、別れが惜しくて足が止まった。タブレットに《ありがとう》と打つ。彼女は笑って「また明日ね」と手を振った。
65. □ 部屋に入ると、母が「お疲れさま」と声をかけた。僕はタブレットに《たのしかった》と打った。母の目が少し潤んで見えた。
66. □ 夜、布団に潜ると涙がまた溢れた。楽しかった。でも苦しかった。でも――確かに「僕もここにいた」と思えた。
67. □ 《ぼくはここにいる》と打って保存した。昨日と同じ言葉。でも今日は少し違う意味で光っていた。
68. □ 夢の中で、文化祭の光景が繰り返された。僕は人混みに飲まれそうになり、それでも隣に明日香がいた。
69. □ 彼女の笑顔が夢の中でも眩しくて、涙が頬を伝った。夢でも現実でも、僕は泣いていた。
70. □ 翌朝、目を覚ますと瞼が重かった。鏡に映る自分の顔はまだ腫れていたけど、昨日より確かに強さを宿していた。
71. □ 学校に行く道で、近所の子どもが走り抜けていった。普通に走れることが羨ましくて、でも少しだけ微笑んだ。
72. □ 教室に入ると、文化祭の話で盛り上がっていた。「昨日最高だったよな」と笑い声が響いた。僕は端で静かに耳を傾けた。
73. □ 明日香が「蓮もすごく頑張ってたよね」と言った。クラスが一瞬こちらを見て、誰かが「だな」と頷いた。その一瞬で胸が熱くなった。
74. □ タブレットに《ありがとう》と打った。クラスメイトが笑って頷いた。それだけで胸が震えた。
75. □ 昼休み、明日香と二人で屋上へ出た。風が頬を撫で、青空が広がっていた。祭りの賑わいはもうなく、静けさが心地よかった。
76. □ 《きのうありがとう》と打つ。彼女は「こちらこそ」と笑った。その笑顔にまた涙がこぼれた。
77. □ 「蓮のこと、もっと知りたいな」と彼女が言った。胸が跳ねた。涙と笑顔が同時に込み上げた。
78. □ タブレットに《ぼくも》と打つ。彼女はにっこり笑った。その瞬間、胸に灯がともった。
79. □ 放課後、校舎を歩く。昨日の飾りがまだ少し残っていた。紙テープや折り紙の欠片が床に散っていた。
80. □ それを拾おうとした指が震えて、うまく掴めなかった。涙が滲んだ。でも昨日とは違った。涙は苦しみだけじゃなく、温かさも混じっていた。
81. □ 《ぼくもできるようになりたい》と打つ。自分の声が画面に浮かぶ。それを消さずに残した。
82. □ 帰り道、夕陽が二人を照らした。影は並んで伸びていた。未完成でも、一緒に伸びていた。
83. □ 《となりにいてくれてありがとう》と打つ。彼女は「ずっと隣にいるよ」と答えた。涙がまたこぼれた。
84. □ 家に帰り、母に「文化祭楽しかった?」と聞かれる。僕はタブレットに《うん》と打った。本当に心からの言葉だった。
85. □ 夜、机に向かい、白紙のノートを開いた。字は書けないけど、画面に思いを打ち込んだ。《ぼくはここにいた》
86. □ 保存したその言葉を眺めながら、涙が頬を流れた。でも昨日までの涙とは違った。
87. □ 苦しみだけじゃなく、希望も混じっていた。未完成でも、光は確かにそこにあった。
88. □ 夢の中で再び文化祭が始まった。僕は笑っていた。涙を流しながら、確かに笑っていた。
89. □ 明日香が隣で「蓮、楽しいね」と言った。僕は頷いた。夢の中でも、本当にそう思えた。
90. □ 未完成のままでも、誰かと笑える。それだけで救いだった。
91. □ 翌朝、涙の跡はまだ残っていたけど、心は少し軽かった。
92. □ 学校に行く道で空を見上げた。青空が広がり、昨日よりも明るく感じた。
93. □ 教室に入ると明日香が「おはよう!」と手を振った。僕はタブレットに《おはよう》と打った。誤字はなかった。
94. □ その小さな成功が胸を熱くした。昨日までなら気づけなかった喜びだった。
95. □ 昼休み、彼女と笑い合った。笑えないことの方が多い僕が、確かに笑っていた。
96. □ 《ありがとう》と何度も打った。彼女はそのたびに笑って「何回でも言って」と返した。
97. □ そのやり取りが宝物になった。未完成でも、大切な瞬間だった。
98. □ 帰り道、夕暮れが二人を包んでいた。影はまだ歪んでいたけど、確かに並んでいた。
99. □ 涙と笑顔が交互に溢れた。どちらも僕の声だった。
100. □ 未完成の恋模様は、今日も続いていく。涙と笑顔を抱きしめながら、確かにここにいると心に刻みながら。
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