未完成の恋模様

桃神かぐら

第1話 伝わらない声と、笑顔のはじまり

1. □ 放課後の廊下に夕陽が差し込み、床を真っ赤に染めていた。カバンが傾き、「カサッ」と音を立ててタブレットが滑り落ちる。咄嗟に手を伸ばすが、震える指は空を切るばかり。「またか」と胸の奥に重たい石が沈み、呼吸が浅くなった。


2. □ 「カシャン」と乾いた音。タブレットは無情に床を転がり、遠くで止まる。蓮は必死に追うが、指は思うように動かない。普通に拾える人が羨ましい。何もかもが不自由で、自分の体が嫌いで仕方ない。顔も声も性格も、全部。そんな思いが喉の奥で渦を巻く。


3. 「これ、水城くんの?」

 小鳥遊明日香が軽やかにしゃがみ、「トン」と指先で埃を払ってタブレットを拾い上げた。何気ない動作なのに、普通にできることが眩しく映る。羨望と自己嫌悪が同時に胸を刺し、心はざわざわと騒がしかった。


4. □ 喉が詰まり、声が「ヒュッ」と空気に逃げる。「……っ」口は動いているのに、漏れるのは息ばかり。普通に「ありがとう」と言えたらどれだけ楽か。声は自分のものなのに、自分を裏切る。嫌いな自分が、またひとつ積み重なった。


5. □ 画面が「ピカッ」と点灯する。蓮は震える指で必死に入力を始めた。タップ音が「カタカタ」と響き、カーソルは小刻みに揺れる。焦るほど指は言うことを聞かず、心臓の鼓動が「ドクン、ドクン」とうるさく響いた。背中に汗がじっとり張り付く。


6. 《ありがとぅ…》

 彼の耳には確かに「ありがとう」と届いていた。けれど画面に浮かんだのは、震えた指が刻んだ拙い影だけ。何気ない誤字でも、笑われれば針のように胸を刺す。普通に打てない自分をまた嫌いになり、胸の奥に小さな痛みが積み重なった。


7. 「ふふっ、『ありがトゥ』? ラッパーみたい。……でもちょっと可愛いかも」

 明日香は悪意なく笑い、瞳を細める。その笑顔は軽やかで温かいのに、蓮には自分の不格好な言葉が笑いに変わるたび「ズキン」と胸が痛む。嬉しさと苦しさが同時に押し寄せ、感情は複雑に揺れた。


8. □ 蓮は顔を真っ赤に染め、再入力を試みる。指先はもつれて「カチッ」と別のキーを押し、誤タップが続く。焦りは「カタカタ」と音になって画面を埋め、胸がぎゅっと締め付けられた。自分の体に苛立ちを覚えるたび、自己嫌悪の声が「ガリガリ」と心を削った。


9. 《ありがと!!!!》

 画面いっぱいに並ぶ感嘆符。不器用で必死な思いが、荒々しい叫びとなって文字に刻まれた。心の中では「普通に伝えたい」だけなのに、それすら叶わない。「カタカタ」と響く残響が虚しく消えていき、自分を好きになれるはずもなかった。


10. 「うん、ちゃんと届いたよ。……ありがトゥ♪」

 わざと同じ響きを返す明日香の声に、蓮の心臓が「ドクン」と跳ねた。彼女の笑顔は温かく、ほんの少し救われる。けれど同時に、心の奥では「自分には釣り合わない」という黒い声が「ヒリヒリ」と囁き続けていた。


11. 「おやおや〜? 二人、いい感じじゃん」

 通りすがりの男子が軽口を飛ばす。周囲が「クスクス」と笑い、廊下の空気が一気にざわめいた。蓮は胸が「ギュッ」と縮み、笑い声が針のように突き刺さる。生まれてこなければ、こんな思いを味わわずに済んだのに、と黒い声が囁いた。


12. □ 蓮は慌てて首を振る。だが動きはぎこちなく、体が「グラリ」とよろめく。「ち、が……っ」吐き出した声は息に溶け、「スゥッ」と空気に消える。努力しても無駄だ。普通の人みたいに「違う」の一言すら伝えられない。心の奥で「無意味だ」と冷たい声が響いた。


13. 「違う違う、まだ知り合ったばかりだから!」

 明日香が慌てて手を振り、大げさに笑った。彼女の明るい声が「パッ」と空気を塗り替え、蓮の失敗を隠すように広がった。彼女は軽い気持ちで助けているのだろう。それが嬉しいと同時に、羨ましくも痛かった。


14. 「へぇ〜?」

 冷やかしは笑いながら友人に肩を叩かれ、足音を「ドタドタ」と響かせて去っていく。残された空気は甘酸っぱく重い。蓮は唇を噛みしめる。言いたいことは山ほどある。けれどどうせ伝わらない。努力しても灰になると分かっているから、声は出せなかった。


15. □ 短い沈黙。明日香は心配そうに蓮を覗き込み、「ごめんね、驚かせちゃった?」と声を落とした。その声音は柔らかく、安心させるようだった。だが蓮の胸には「俺はいつも驚かれる存在なんだ」という刺のある言葉がひっそり突き刺さっていた。


16. 《だいじょぶ》

 震える文字列を見て、明日香は小さく息を吐き「ホッ」とした笑みを見せる。蓮はそれを見て心が少し軽くなるが、「普通に『大丈夫』と言えたら、もっと楽なのに」と胸の奥で自分を責める声が鳴り続けていた。


17. 「よかった。じゃ、またね水城くん」

 明日香は軽やかに手を振る。スカートが「ひらり」と揺れ、廊下の夕陽に照らされた姿は花のように明るかった。蓮はその背中を見つめ、同時に「俺には似合わない光景だ」と黒い影が胸に沈んだ。


18. □ 蓮も控えめに手を上げる。指は「プルプル」と震えていたが、それでも返事に変えた。背中に貼り付いた汗が冷たく、「ヒヤリ」とした感覚が自分の小ささを際立たせる。それでも手を上げられた自分を、ほんの少しだけ認めたいと思った。


19. □ 廊下から人影が消え、窓からの光が床に斜めの帯を描く。「シン」とした空気に包まれ、不安の塊はほんの少し角を削られていた。だが心の底には「どうせまた失敗する」という諦めの声がしつこく残り、次の瞬間を暗く染めていた。


20. □ 翌朝の教室。ざわめきと笑い声が「ガヤガヤ」と渦巻く中、窓から射す光が机の上で白い粉塵をきらめかせる。蓮はその輝きを眺めながら、普通の生徒のように自然に振る舞える日を夢見るが、現実は重く肩にのしかかっていた。


21. 「小テスト前だし、良かったら一緒にまとめない?」

 明日香が机に肘をつき、軽く身をかがめる。彼女は自然に距離を縮める。蓮は鼓動が「ドクドク」と暴れ、視線を合わせるだけで体が硬直していった。


22. 《おねがい、し、ま、しゅ》

 震える文字が画面に並び、変換も乱れている。小さな吐息が「スゥッ」と音を立てて漏れる。普通の人なら一言で済むのに、自分はこれだけ必死でも不完全。悔しさが「ズキリ」と胸を突いた。


23. 「……“ましゅ”、かわいい。もうそれでいいじゃん」

 明日香は「クスッ」と笑い、親しみを込めて言葉を受け止める。からかいではなく、肯定の笑いだった。その温かさに少し救われながらも、「俺は笑われて生きていくんだ」という影が心に潜んでいた。


24. 《しま す》

 訂正は素っ気ない。だが胸の奥では“ありがとう”がじんわり広がり、温かさに変わっていった。同時に「こんな小さな一歩で喜んでいる自分が情けない」という声も湧き、相反する感情がせめぎ合った。


25. 「取り消し不可です。私、“ましゅ”の方が元気出るし」

 明日香は肩を竦め、ノートを開いた。鉛筆が「カリカリ」と音を立て、勉強が始まる。蓮は視線を落とし、心の中で「俺の努力はいつも灰になる」と呟きつつも、隣に彼女がいる事実がほんの少しだけ救いだった。


26. □ 当番表が「ペラッ」と貼られる音。明日香が視線を走らせ、「あ、同じだ」と声をあげる。黒板消し担当に自分の名前が並んでいるのを見て、蓮は心臓が「ドクン」と跳ねた。


27. 「黒板消し、一緒だね。よろしくね」

 明日香は笑顔で手を振る。その自然さが羨ましい。蓮は慌ててタブレットを開くが、震える指先は「カタカタ」と音を立てて揺れていた。


28. 《よろしく》

 打ち込むつもりが、震えで指が滑り、変換候補が勝手に並び始める。画面が「ピコピコ」と反応するたびに焦りは増し、胸の奥が「ギュッ」と締め付けられた。


29. 《よろ乳首》

 白い文字が浮かんだ瞬間、蓮の顔から血の気が引いた。指先が「ブルブル」と震え、喉からは声にならない悲鳴が「ヒュッ」と漏れた。

30. □ 一瞬の沈黙。空気が「ピタリ」と止まる。明日香は目を丸くしたが、次の瞬間に「クスッ」と口元を押さえた。


31. 「ぷっ……ふふっ、あははは!」

 明日香は机に「ドン」と突っ伏しそうになり、肩を大きく揺らして笑った。蓮の耳には「カランカラン」と心が崩れる音が響いた。


32. 《ちがうちがうちがう!》

 必死に訂正を打ち込むが、感嘆符ばかりが「カタカタ」と並ぶ。画面が真っ黒に埋まり、焦燥が全身を焼き尽くす。


33. 「ごめん……でもこれは笑うって!」

 涙を浮かべながら明日香が笑う。その無邪気な笑顔が痛くもあり、羨ましくもあった。蓮は「俺は笑われるためにいるのか」と胸を刺された。


34. □ 顔を両手で覆い、視界が「ジン」と暗くなる。心臓が「バクバク」と暴れ、声にならない叫びが頭の中で渦巻いた。自分を嫌う声がまたひとつ増える。


35. 「でもさ、こういうの……ちょっと好きかも」

 明日香が笑いを収めて告げた。蓮の心に「ポッ」と小さな火が灯る。けれどすぐに「どうせ冗談だ」と冷たい影がそれを覆った。


36. □ 放課後。黒板にはまだ白いチョークの文字が残っていた。二人で「ギシギシ」と黒板消しを走らせると、粉が「フワリ」と舞った。


37. 「私がこっちやるね。水城くんは反対から」

 明日香の声は明るく軽やか。蓮は小さく頷きながらタブレットを開き、息を「スゥッ」と吸い込んだ。


38. 《ありがと》

 慎重に打ち込み、誤字をしないように祈った。画面に整った文字が並ぶと、胸に「ホッ」と安堵の灯りが広がった。


39. 「お、成功。やればできるじゃん」

 明日香は親指を立て、ウインクをしてみせる。軽い「コツン」と肘で突かれ、蓮は赤面しながらも心臓が「ドクン」と跳ねた。



40. □ 白い粉が「サラサラ」と舞い、二人の影を淡く覆う。消えていく文字の向こうに、新しい余白が静かに広がっていた。


41. □ 翌日、数学の時間。チョークが「キュッキュッ」と音を立てて式を書き、先生が振り返った。視線が「ピタリ」と蓮に向く。


42. 「じゃあ……水城、次の問題を答えてみろ」

 突然の指名。教室が「ザワッ」と揺れる。蓮の鼓動は「ドクンドクン」と暴れ、手のひらに汗が滲んだ。


43. □ ゆっくり立ち上がる。胸に空気を「グッ」と集めるが、喉が詰まり、声は「スゥッ」と漏れるだけ。


44. 「……っ、ぁ……」

 声は形を結ばず「フワッ」と霧散した。沈黙が「シーン」と広がり、空気が冷たく重たく張り詰めた。


45. 「聞こえねー」

 小さな嘲りが「クスクス」と笑い声を伴って広がる。蓮の胸に「ズキリ」と痛みが走り、顔が熱くなる。


46. 「先生、この式で合ってます!」

 明日香が「パッ」と立ち上がり、チョークで答えを書いた。迷いのない筆跡が「サラサラ」と黒板に広がった。


47. 「水城くん、これでいい?」

 小声で問いかける明日香。蓮は「カタカタ」と急いで文字を打ち、必死に答えを準備した。


48. 《うん》

 短い文字が画面に浮かぶ。明日香は「コクン」と頷き、先生に向かって視線を返した。


49. 「なるほど、正解だ」

 先生の声が響く。教室に「ガヤガヤ」とざわめきが広がる中、蓮は深く息を「フウッ」と吐いた。


50. 《ありがトゥ》

 画面を傾けると、明日香は「クスッ」と笑って頷いた。その笑顔に胸が「ジン」と熱くなり、少しだけ救われた。


51. □ 昼休みの教室は「ガヤガヤ」と賑やかで、弁当の匂いが漂っていた。明日香が机を寄せ、「一緒に食べない?」と笑った。


52. 《い、い、いっしょ》

 震える指で打ち込むたびに「カタカタ」と音が鳴る。拙い文字が並び、息が「スゥスゥ」と漏れて肩が小刻みに揺れた。


53. 「緊張してるの? 私もだよ」

 明日香は少し照れ笑いを浮かべ、「パカッ」と弁当箱を開けた。自然に会話ができる彼女が羨ましい。


54. 《ほんと?》

 画面を差し出すと、明日香は「コクン」と頷き、頬を赤らめて小さく笑った。その笑顔が「パッ」と胸を温めた。


55. 「だって、水城くんって面白いんだもん」

 軽い言葉に胸が「ズキリ」と痛む。面白い=笑い者。嬉しいのに苦しい。普通に「好き」と言われる人間になりたかった。


56. 「卵焼きいる?」

 黄色い一切れを箸でつまみ、差し出す。光を受けて「キラリ」と輝く卵焼きに、蓮の鼓動は「ドクン」と強く跳ねた。


57. 《す、き》

 画面に並んだ文字に、明日香は「え?」と目を丸くし、それから「クスクス」と笑って肩を揺らした。


58. 「あ、卵焼き“が”好きって意味ね!」

 明日香は笑いながら箸を差し出す。蓮は真っ赤になって受け取り、胸の鼓動が「バクバク」と騒ぎ続けた。


59. □ 箸の先で口に運ぶ。卵の甘さと塩気が「ジュワッ」と広がり、頬が熱を帯びた。味以上に、誰かと共有できる時間が甘かった。


60. □ 昼休みが終わる鐘が「キーンコーン」と響く。明日香は笑顔で片付けながら「またね」と手を振り、教室の喧騒に溶けた。


61. □ 数日後。席替えの紙が配られる。教室は「ワイワイ」とざわめき、名前が呼ばれるたびに椅子が「ギシッ」ときしんだ。


62. 「あ、隣だ。よろしくね!」

 明日香が弾んだ声で笑う。蓮の鼓動は「ドクン」と跳ね、呼吸が「ヒュッ」と浅くなる。視線を合わせる勇気が出なかった。


63. 《よ、ろ……》

 震える指で必死に打ち込むが、カーソルが「ピコピコ」と勝手に走り、予期せぬ文字列が画面に浮かんだ。


64. 《よろ婚》

 その二文字に蓮は凍りつき、血の気が引いた。喉から「ヒュッ」と音が漏れ、指先は「ガタガタ」と震え続けた。


65. 「えっ、結婚!? 早すぎない!?」

 明日香は「ポカン」と目を丸くし、次の瞬間「アハハ!」と机に突っ伏して笑い転げた。


66. 《ちがうちがう》

 蓮は必死に訂正を打ち込むが、感嘆符ばかりが「カタカタ」と並び、余計に必死さを晒すだけだった。


67. 「ふふっ……“よろ婚”って語感いいかも」

 明日香が「ニヤリ」と笑う。軽口なのに胸に「ズシン」と重く響き、蓮は顔を覆ってうつむいた。


68. □ 周囲のクラスメイトが「お似合いじゃん!」と「ワハハ」と冷やかす。声は冗談でも、蓮の心には「グサリ」と深く刺さった。


69. 「やめてよ!」

 明日香は真っ赤になり抗議する。その横で蓮は耳まで赤く染め、心臓が「ドクンドクン」と暴れ続けていた。


70. □ 顔を覆う指先が「プルプル」と震える。恥ずかしさと同時に、胸には「でも少し嬉しい」という矛盾した温もりが広がった。


71. 「放課後、図書室で勉強しない?」

 明日香が声を潜めて誘う。蓮は驚きに「ドクン」と心臓を揺らし、画面を開いて深呼吸を「スゥッ」と繰り返した。


72. 《いく》

 短い文字を見せると、明日香は「ニコッ」と笑った。その笑顔は窓からの光に照らされて「キラキラ」と輝いた。


73. □ 放課後。図書室の入り口に「ギィ」と扉の音が響く。静かな空気と紙の匂いが漂い、蓮の心臓はまた「ドキドキ」と高鳴った。


74. 「ここ、落ち着くよね」

 明日香は声を落とし、机に座る。柔らかい光が彼女の横顔を照らし、蓮は思わず「ゴクリ」と息を呑んだ。


75. 《ぼくも、すき》

 画面の文字に、明日香は一瞬「ハッ」と目を丸くし、それから「クスッ」と笑った。「場所の話ね」と軽く返し、胸の鼓動が「ドクン」と跳ねた。


76. □ 図書室の静寂に「パラリ」とページをめくる音が響く。蓮は震える指でペンを握り、ノートに必死で文字を写していた。できない自分を嫌いながらも、努力だけはやめられない。


77. 《ありがとう》

 丁寧に打ち込んだ文字が「ポン」と画面に浮かぶ。明日香は「クスッ」と笑い、「あれ、ありがトゥじゃないんだ」とからかった。蓮は顔を赤くして視線を落とした。


78. 「わざと選んでるんでしょ」

 明日香は冗談めかして問いかける。蓮は小さく頷く。冗談にできるのは彼女だから。心の奥で「誰かに受け入れられる自分もいる」とわずかに信じた。


79. □ 窓の外で夕陽が「ジワジワ」と沈み、図書室は薄暗くなる。二人の呼吸が「スゥ、ハァ」と重なり合い、言葉より確かなリズムを奏でていた。


80. 「分からないところ、ある?」

 明日香がノートを覗き込む。蓮の指が本の余白に「プル」と触れ、すぐに引っ込んだ。心臓は「バクン」と跳ね、画面を慌てて操作した。


81. 《ここ》

 短い文字を差し出すと、指先が明日香の手に触れそうで止まる。その一瞬に「ジン」と痺れるような熱が広がった。


82. 「なるほどね。ここはね……」

 明日香は「サラサラ」と鉛筆を走らせながら説明する。横顔は真剣で美しく、蓮は「ゴクリ」と唾を飲み込んだ。


83. □ 図書室に響くのはページをめくる「パラリ」と筆の音だけ。静けさの中で、蓮は「この時間がずっと続けば」と願った。


84. 《たのしい》

 画面に浮かんだ文字。明日香は一瞬驚き、それから「ニコッ」と笑った。その笑顔に胸が「ジワリ」と熱くなった。


85. 「私も。水城くんといると、時間があっという間なんだ」

 その言葉に蓮の耳が「カーッ」と熱を帯びる。心臓は「ドクンドクン」と暴れ、視線を落として隠した。


86. □ 図書室を出ると、夕焼けが廊下を「オレンジ色」に染めていた。二人の長い影が床を並び、足音だけが「コツコツ」と響いた。


87. 「駅まで、一緒に行こ?」

 明日香の何気ない声。蓮は驚き、息が「ヒュッ」と止まる。画面を開き、指を震わせながら深呼吸を「スゥッ」と繰り返した。


88. 《う、ん》

 短い返事。明日香は「ニッ」と笑い、軽やかに歩き出す。その後ろ姿を追うように、蓮の影も「フラフラ」と伸びた。


89. 「今日さ、笑いすぎてお腹痛いんだけど」

 明日香はお腹を押さえ「アハハ」と笑う。蓮は焦って文字を打ち、「カタカタ」と震える画面を差し出した。


90. 《ごめ》

 その一言に明日香は首を横に振り、「違うよ」と微笑む。そして小さく肘で「コツン」と突いてきた。


91. 「ありがとう、の意味だよ」

 彼女の言葉に胸が「ドクン」と震えた。赤い空の下、心臓の鼓動が自分を叩き続ける。こんな瞬間のために、まだ生きているのかもしれない。


92. □ 商店街の灯りが「パチッ」と点き始める。人波のざわめきに混じりながらも、二人の歩調は不思議と揃っていた。


93. 《ま…た、あし、た》

 震える文字を打ち込み、差し出す。息が「ハァ」と荒い。蓮は自分の不器用さに「ズキッ」と胸を刺されながらも、必死に伝えた。


94. 「うん、また明日ね」

 明日香は「ニコッ」と振り返らずに答えた。その声は街灯の光に包まれ、柔らかく残響した。


95. □ 彼女の言葉が「ジン」と心に染みる。声は届かなくても、想いが届いた気がした。嫌いな自分が少しだけ許せる瞬間だった。


96. 《ありがトゥ》

 画面に映る文字を見つめ、蓮は「フウッ」と息を吐いた。夜空に瞬く星を見上げ、胸に小さな明かりを灯した。


97. 「ふふっ、それ好き」

 明日香は「クスクス」と笑い、足取りを軽くした。その背中を見つめ、蓮の視線は「ギュッ」と吸い寄せられた。


98. □ 胸の奥で「ドクン」と鼓動が響く。まだ伝えられない想いが確かにある。それは嫌いな自分を支える、かすかな力だった。


99. □ 夜空に星が「キラリ」と瞬く。未完成の恋模様は形を持たず、それでも静かに始まりを告げていた。


100. □ 放課後から始まった一日。声は届かなくても、笑顔は残った。その余韻に包まれ、蓮は小さく息を整えた。


この恋の行方が気になったら、ブクマで一緒に見守ってください。

ちょっと切ない恋模様





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