第十章:逃げられない影
月曜の朝、通勤のため玄関を出ると、廊下の奥に人影が見えた気がした。
一瞬目をこらすが、そこには誰もいない。
だが確かに、誰かが立っていた。そんな感覚だけが残る。
エレベーターに乗り込む。
下へ降りるわずかな時間も、背後から刺さる視線を意識せずにはいられなかった。
外に出ても同じだ。
交差点で信号を待つとき、背後からの視線を強く感じる。
振り返るとただの通行人だが、その一人ひとりが俺を監視しているように思えてならない。
会社に着くと、同僚から「顔色悪いけど大丈夫か?」と声をかけられた。
「大丈夫」と笑って返すが、声は震えていた。
デスクに座っても落ち着かず、背後からの視線に神経をすり減らす。
画面に集中していると、首筋に冷たいものを感じる。
まるで、すぐ後ろに誰かが立っているかのようだった。
帰宅後、ポストを確認する。
やはり封筒が入っていた。
中には俺が通勤途中で立ち止まった瞬間や、エレベーターに乗り込む姿の写真。
「今日も見ていたよ」
短い文字が添えられていた。
写真はどれも俺の後ろ姿ばかり。
背後から視線を浴びている感覚は、現実だった。
部屋に戻り、カーテンを閉め切る。
だが、その布一枚が俺を守ってくれるとは思えない。
窓の外に誰かが立ち、俺を見つめている気がしてならないのだ。
眠ろうとしても、視線の重さで目を閉じられない。
「俺は、逃げられないのか……」
小さく呟いた声は、自分でも驚くほどかすれていた。
息を整えようとしても、心臓の鼓動が全身に響く。
監視者の影は、生活のどこにいてもついてくる。
外でも、職場でも、そして自宅でも。
やがて俺は気づいた。
逃げ場は存在しない。
この監視の網からは、もう絶対に抜け出せないのだ。
布団の中で震えながら、俺は目を閉じた。
だがその暗闇の奥にも、視線の影が潜んでいる気がしてならなかった。
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