Ⅱ章
本当は、
どうすれば良かったのかを考える。
1
…………
「真太、****を忘れるな」
…………
ジリリリリリリリリ
「ゔ〜」
不快な目覚ましで起こされた一週間。
最近眠りが浅い気がする。
昔の記憶を夢で見るようになったあの日から一ヵ月。
一週間前までは順調に記憶を取り戻していた。
しかし、一週間前から記憶が戻らなくなった。
それ以前も基本的な記憶は日常生活の記憶が多く、何故記憶が消えたのかなどを知ることができなかった。
*
今日も大学に行き、昼ご飯を食べに食堂へ向かった。
そして、先に席に座っていた沙智と圭に夢について話した。
「やっぱ今週は手がかりなし、か」
「そもそも、そんな物に頼りっぱなしで良いのか?」
沙智が言った言葉に圭が返していた。
「それ以外に思い出す方法が見つからないんだし、仕方ないじゃん」
「いや、思い出す為の方法を全て調べた訳では無いだろ」
「そうだけど、今期待値が一番高いのがこれじゃない?」
「なんか無いのか他の方法が……」
案が思い浮かばなかったのか、圭は口を閉ざしてしまった。
「圭、そんなに急がなくていいと思う」
「でも、結果が向こうから来るのを待つ事は、生産的じゃ無いだろ」
「それは……そうだけど」
圭がたたみかけるように言う。
「それに、記憶が戻り始めたきっかけは学校に行ったことだった。
なら、もう一度何かしないといけないと俺は思ったんだ」
僕らはこの言葉を肯定せざるを得なかった。
沙智が口を閉ざしてしまったので、僕が話を続ける。
「でも、圭は記憶を戻すために考えているんだし、今までと同じように、何をすべきか三人で考えようよ」
そのまま、進展のないまま、お昼の時間が過ぎてしまった。
…………
気づいたときには公園を歩いていた。
どこに向かっているかも分からない、どこから来たかも分からない。
そして、この公園も見た事の無い場所だった。
周りを見ても霧が掛かっていて、遠くがぼやけて見る事ができなかった。
近くにはゾウの滑り台などの遊具とベンチしかなく、人が一人も見当たらなかった。
「困ったな」
まるで、迷子になっているかのようだった。
スマホを出し、今どこにいるか調べようとしても、何故か電源が付かなかった。
そして、その時に自分が何故か黒いパーカーを着ていた事にも気づいた。
色々なおかしな事が起こっているのは分かった。
しかし、
「まいっか」
ずっと考えても仕方ないので、遠くに霞んで見えた看板を頼りに、商店街に足を向けるのだった。
*
「ここにも誰も居ないのか」
商店街に行ってもシャッターが降りているばかりで、シャッター通りだという事がすぐに分かった。
なのに、地面には埃一つなく不自然な綺麗さだった。
店の様に見える建物の看板は汚れ一つない真っ白な板になっていた。
「なんなんだ、本当に」
不安を紛らわすために声を出す。
一切温かみを感じることのできない風景に恐怖を覚え始めていた。
それを言った直後に声を掛けられた。
「迷子ですか?」
掠れた弱々しい声が聞こえた。
声がした方に振り向くと、見たことのない男が立っていた。
ふんわりとした髪には寝癖が一切無く、丸メガネのお陰で優しい雰囲気を醸し出している。
しかし、皺などを見るに年齢はかなり高く感じた。
会ってすぐで申し訳ないが、質問をすることにした。
「すみません、道が分からなくて」
「どこに向かってるか分かるかい?」
その男は特に焦る事なく冷静に質問してきた。
「帰ろうとは思ってるのですが………」
自分でも分からないから上手く答えを返せなかった。
「そうか……」
その男は下を向いて悩んでいるようだったが、すぐに顔を上げて言ってきた。
「とりあえず、この近くにある駅に向かいましょうか」
*
「何駅と言うのですか?」
「坂中駅だったと思いますよ」
「……聞いたことないですね」
電車はよく乗るのだが、大学と実家に行く時以外ほとんど使わない。
その為、家の近くにある駅かどうかすら分からなかった。
「そうだろうとは思ってましたよ」
「何故、ですか?」
「この場所を、貴方が知らないからです」
「あれ、言いましたっけ、僕」
その事について話をした記憶がなかった為、ついその男の方を向いて聞いてしまった。
「雰囲気で分かりますよ」
「そうですかね……」
確かに、車や自転車でここに来たのならまずそれらを置いた場所へと向かっているし、ここに電車で来ているなら駅を知っているはずだ。
家が近くでは無い事も言った為、そこから推測はできるかもしれない。
その男に関心していたら話が途切れてしまった。
沈黙が二人の間に流れる。
「そういえば」
何を話そうか考えていたら、先に男の方から話を振ってくれた。
「どうやってここに来ましたか?」
「それ分からなくて」
嘘をついても仕方ないと思い、本当の事を言った。
「そうですか」
「何故か聞かないのですか?」
普通ならもっと深掘りするだろうと思い、どう答えようか途方に暮れていたが、意外にも深掘りして来なかった。
「あなたは答えを持っていないでしょ」
「持ってないですが……」
不思議な人だ、そう感じた。
*
「質問なんですけど」
「なんでしょうか」
「いつもここはこんな感じなんですか」
周りを見渡しながら聞く。
「こんな、とは」
その男も、周りに変な所が無いか探し始めた。
「この、もやが掛かったような……」
「あ、あぁ、いつもではありませんよ」
会話に妙なズレを感じたが、こちらの言いたい事は伝わった様だ。
「そうなんですか」
「今日は珍しい日ですから」
そんな話をしていると、駅のような物が見えてきた。
「あれが坂中駅ですよね?」
確認するように問いかけた。
「はい、中に入れば分かると思いますよ」
「助かりました」
何故だか駅に来れた事に謎の安心感があった。
「どういたしまして。
長い間ここに居てはいけないので、早く行ってください」
「え? あ、はい」
「お気をつけて」
「ありがとうございます」
感謝を述べながら、駅に入って、その後何をしたのかは覚えてない。
…………
2
カーテンの隙間から差し込む光で自然に目が覚めた。
久しぶりに目覚ましが鳴るよりも早く起きた。
「あれ?」
どう寝たのか思い出せない。
「まぁ、いっか」
とりあえず、ベットから起きる事にした。
*
「今日は何か進捗はあったか?」
今日は圭が聞いてきた。
「今日は……」
何の夢を見たんだっけ、何かを探していた気がする。
それに、誰かに出会った気がする。
そして、とても大切なヒントを見つけた気がした。
頑張って思い出そうとする。
「坂中駅」
何故かその単語が頭に浮かんできた。
「ん?」
圭が引っ掛かりを覚えた様子だった。
「坂中駅っつたら、大きな商店街の近くの駅だろ」
「へー、知ってたんだ」
沙智が聞きかえしていた。
「昔、そこら辺に住んでたからな、確か、ここから一、ニ回電車を乗り換えれば着く距離だったな」
沙智の質問に圭が言葉を返していた。
「そうなんだ」
何故かは分からないけど、行かないといけないと思った。
「その駅を夢で見たの?」
沙智が今度はこちらに聞いてきた。
「うん、そういう駅名を夢で聞いたはず」
「まぁ週末にでも行くか」
そう圭が言って、週末の予定が決まった。
3
「しっかし、本当にシャッターだらけになっちゃったか」
圭が商店街を見ながら言った。
三人で坂中駅に着いてから、商店街を歩いていた。
「なんか見たことあるな」
既視感を覚えた。
しかし、この光景をどこで見たかは覚えていない。
「そりゃ、こんな商店街はどこにでもあるからな」
圭が独り言を拾って言ってくれたが、それとは何か違う気がした。
「前はここって、どんな場所だったの?」
沙智が圭に質問をしていた。
「まぁ、強いて言うなら、ご近所さんみたいな感じだったな」
「ご近所さん?」
「みんな顔見知りで、ここを通るたびに声をかけてくれたからな」
「へー」
沙智が楽しそうに言葉を返していた。
「いいな〜、私もこういう場所に住んでみたかったな」
「沙智ってどんな感じの所に住んでたんだっけ?」
「図書館の近く、周りに家が少ないからお隣さんとも遠かったし、近所に友達とかもいないから、ずっと本ばっか読んでた」
「俺はそっちの方が静かで楽しそうだけどな」
「隣の芝は青く見えるってやつだね」
そう言って二人とも一緒に笑った。
「ねえ、圭」
「なんだ?」
「ここら辺に公園ってある?」
僕はこの景色を見た時に、公園に行けと記憶が言ってるように思った。
「あー……光公園が、ここの近くにあった気がする」
「どんな公園?」
「昔だったからあんま記憶ないけど、ゾウの滑り台とたくさんのベンチがあったはず」
「道教えてもらえる?」
「いいぞ」
*
「なんでだ?」
公園への道案内をお願いして五分程経って、
目的地に着いたらしいのだが、一向に公園が見つからなかった。
「ここだったはずなんだけどな」
圭は途方に暮れてしまい、近くをうろついていた。
「すみませーん」
遂には、道ゆく男性に聞いていた。
「光公園という公園がこの近くにあるのですが、知りませんか?」
「光公園?」
声をかけられた男は白衣を着ていて、いかにも科学者らしい雰囲気を醸し出していた。
身長は圭に並ぶほど高いが、背筋が曲がっているせいか威圧感があまり感じられなかった。
「あの、ベンチがたくさん置いてあり、ぞうの滑り台があった広い公園です」
「あぁ! 光公園ね、あの公園は一年前に壊されたはずだけど……」
「そうなんですか!」
それを聞いた圭は、相当ショックを受けていた。
「教えてくれてありがとうございます」
「どういたしまして」
そう言った後にこちらに目線が来た。
少しびっくりした顔で、こちらに話しかけてきた。
「吉田真太くんで合ってるかな?」
なぜ本名を知っているのか分からないが、嘘をついても仕方ないと思い返事をすることにした。
「はい、そうです」
男が少しの迷いの後に口を開こうとした時に、その男は後ろから声をかけられた。
「桜木さん! 何サボってんですか!」
桜木と呼ばれた男の後ろから若い男が走って来た。
「いや、吉田博士の子供が居たから少し話そうかなって思って」
言い訳がましく言葉を並べていた。
「桜木さん、もう戻りましょうよ」
呆れている声で諭すように言っていた。
しかし、その言葉を無視するようにこちらに近づきながら声をかけて来た。
桜木さんの顔がよく見える。
汚れが目立つ白衣、少し剃り残しのある髭、無造作に結んだ髪、清潔感をあまり感じなかった。
「真太くん、うちの研究所に来ないか? 見せたい物があるんだが」
しかし、その会話に圭が割り込んで来た。
「いや真太、言っちゃ悪いが、今日会ったばかりのおじさんに付いてくのはどうかと思うぞ」
その言葉を聞いて、桜木と呼ばれた男はその言葉を否定していた。
「いや、真太くんと知り合いなのは確かだ。
記憶を無くした事故についても知ってるし、真太くんが記憶を無くす前にも数回会っているから、信用してもらって良いと思うけどね」
初めましてなのに名前を知っていて、事故の話を知っているのなら知り合いの可能性は高い。
それにこちらは大人三人だ。
大事はそうそう起きないだろう。
一旦信用しても良いと思った。
しかし、気になることもあった。
「研究所はどこに」
*
「光公園が無くなったのはこの為か」
納得したように圭が喋っていた。
「そう、新しい研究所を作るために取り壊したんだ。
だから、光公園がいつ取り壊されたのか私は知っている」
桜木さんが待っていたかのように説明を始めた。
「ここには何があるんですか?」
「んー、それは見てもらった方が分かりやすいと思うな」
はぐらかされてしまった。
今は説明する流れだと思ったのだが……。
大人四人が歩くには少し狭い通路を進んで行く。
独特な緊張感が漂っていた。
「どのくらいで着きますか?」
沈黙に耐えられず聞いてしまった。
「もう少し歩けば着くよ」
またはぐらかされると思い、もう一度聞こうとしたら、
「ほら、着いた」
と、桜木さんが先に答えを言った。
ゆっくりと部屋の扉がスライドした。
そこにあるものに言葉を失った。
女の子が目を閉じて、椅子に座っていた。
普通にはありえない明るい緑色の髪をしていて、肌は驚くほどに白かった。
整った顔は作り物じみていた。
それなのに、ゆるく弧を描く口元や、そっと閉じられた瞼、ほのかに紅い頬のせいか、どこか人間の様に思えた。
まるでうたた寝でもしているかの様に見えて、でも、呼吸すらしておらず、まるで時が止まったかの様に少しも動かない。
何か聞こうとした時に、圭が口を開いた。
「あひる?」
それに続くように沙智も桜木さんに質問をしていた。
「廃棄処分と言っていたはずでは?」
桜木さんがそれに応える。
「あぁ、最初は、このあひると言うアンドロイドは廃棄予定だった。
元は、人の記憶を移した最新のアンドロイドだったんだが、今では何故かロックがかかっていて、使う事が一切できなかったんだ。
しかし、吉田博士が作った〝月″のキーになるかもと言われて、ギリギリで廃棄を回避したらしい」
「らしい?」
気になって聞いてみた。
「私は急にこれのロックを外せとしか言われなかった。
だから、その話は先輩にしか聞いていない」
「じゃあ、桜木さんは今ロックを外す為に頑張っていると」
「その通りなんだけど、今はどうしようもないんだよね」
「何故ですか?」
桜木さんは投げやりな感じで言ってきた。
「声でロックが外れるんだけど、声の周波数、言葉を変えても動かない。
酷い事に吉田博士の声じゃないと動かない。
更に、声が似ている息子の真太くんに頼むにしてもキーワードが分からない。
強行突破したらデータが破損するかもしれない。
だから今は、完全にお手上げ状態だ」
大袈裟に両手を上げながら言った。
「あれ? あひるにロックなんてなかったろ」
その話を聞いていた圭が質問をした。
「吉田博士が居なくなるちょっと前に、ロックをかけた痕跡があったから、誰かに使われたら困る事があったのかもしれない」
「それならロックを外しちゃダメだろ」
「お上の人達には関係ない」
桜木さんが冷たく返した。
「それはそうかもだけど……」
納得していない様に圭が口ごもる。
「だから、真太くん、記憶がないかもしれないが、知っている事はないかい?」
話が振られると予想していた僕は、用意していた答えを返した。
「本当に何も知らないです」
「そうか……」
僕の答えに桜木さんは落胆した表情を浮かべた。
「まぁ何か分かった事があったら、ここに来てくれ、少し長く話してしまったね、駅まで送るよ」
その言葉に圭が言葉を返す。
「いや、ここら辺で迷う事は無いから大丈夫だ」
「そうかい。
分かった、じゃ気をつけて」
そう言って、桜木さんは別の部屋へと移ったのだった。
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