月光

@P-yamaguti

Ⅰ章

僕は、何が悪いのかを思い出す。

何が悪かったのかを思い出す。


1

 今日も午後から大学に来ていた。

 お昼を食べようと食堂に行くと、

「よう」

と後ろから声がかかった。

「よっ」

といつものように声を返し、後ろを向く。

 そこには、赤ぶちメガネをかけた茶髪の長身の男が立っていた。

 名前は「松坂圭」

 高校時代からの友人で、高校では野球をやっていた。

 身長は176の僕よりも高く、185くらいだろうか。

 体はがっしりとしていて安定感があるせいで、遠くからではそんなに大きく見えないが、近くに居ると威圧感が凄いのが分かる。

 高校時代の口癖は「モテて〜」で、高校の間ずっと坊主だった反動なのか、大学に入ってから髪を伸ばして茶色に染めた。

 付けている太縁​​メガネには度が入ってないため、伊達メガネなのだが、なぜつけ始めたのかは未だに分からない。

「そういえば俺、最近真太の顔見てないな」

「まあ、お前ほど単位ギリギリにして無いからな」

 僕の名前は圭が呼んだ通りに真太という。

 フルネームは吉田真太。

 大学生をしていて、いつか教師になるため、実家から離れて、今は一人暮らしをしている。

 入りたかった大学に入れて満足し、ゆったりとした生活をしていた。

 単位もこのままいけば大丈夫なので、余裕を持った時間割の中で学校に来ていた。

 圭はその逆で、単位をチキンレースかの如くギリギリを攻めている。

 そして、圭が学校に来るのは不定期な為、会うタイミングが無い時がたまにある。

 例えば、今回みたいに。

「で、今日も野菜ラーメンなん?」

「そうだけど……」

「最近野菜ラーメンばっか食うなお前」

 そうだろうか、記憶を遡ると確か昨日と3日前にも食べたのを思い出した。

「人の好物は否定しないけど流石に太るぞ」

「お前だって最近カレーばっか食うじゃん」

「何を言う、カレーは野菜が入っているからヘルシーだろが」

「じゃあ、野菜ラーメンもヘルシーじゃないか」

 そう、じゃれ合いながら注文して、僕はラーメンを、圭はカレーを受け取り席に座る。

 それから二人して

「いただきます」

と言って食事を始める。

 野菜ラーメンはラーメン特有のジャンキーさが無く、麺のもちもちと、野菜のシャキシャキとした食感が大好きだ。

「そういえば今度さ」

 カレーを食べながら圭が話しかけてくる。

「高校の同窓会があるんだけど、来るだろ?」

「あぁ……うん」

「なんで煮え切らない返事なんだよ」

 嫌だという気持ちが声に出てしまった。

「まぁ……行くよ」

 ちゃんと返事は返しておく。

「おけ、今週の日曜日な」

 あんま気乗りがしないが、一応頷いておいた。


2

 日曜日になってしまった。

 よく周りの視線が気になるのは自意識過剰だと言われているが……気にするなと言われても、気になる物は気になる。

 服や髪型が合ってなかったらどうしよう、話が合わなかったらどうしよう、圭には行くと伝えたが、正直、帰ってしまいたいくらいだ。

 圭と待ち合わせをしている駅まで歩いて向かう。

 無駄だと分かっていても、駅に着くまでその考えをやめられなかった。

 駅が見え始めた時に、駅の入り口のすぐ横に黒い車と茶髪で長身の男を見つけた。

「おはよう」

 声をかけようと近づいたら圭が先に声をかけて来た。

「今、お昼だよ」

「Helloは朝も昼も言うだろ」

 何故か圭のテンションがいつもより高い気がした。

「それとこれは違うだろ」

「てか、なんかテンション低くない?」

 圭が顔を覗きながら言ってきた。

「気のせいじゃない?」

「どうせ、行きたくね〜とか考えてたんだろ」

 見透かされていた。

「まぁ……ね」

 圭は免許を持っているからここからはレンタカーで移動する事になっていた。

 車を運転しながら、圭が誰ともなく呟くように喋りかけてきた。

「真太、沙智って覚えてるか?」

「いいや」

「そっか……何でもない」

 は? 意図が読み取れなかった。

 その後は着くまでだらだらと雑談をしていた。


3

 同窓会は大きなホールでの立食会だと圭から聞かされていた。

「それにしても広いな」

 イメージの何倍も広かった。

「だから広いって先に言ったじゃん」

 圭が独り言を拾って言ってくる。

「メールじゃわからないだろ、これは」

「そうか?」

 僕と圭は集合時間より少し早めに着いていた。

 しかし、みんなも同じ考えだったのか、ホールにはすでに十個程度のグループができていた。

 だが、そのグループの中には記憶の中に残っているクラスメイトと同じ顔の奴が一人もいなかった。

 卒業アルバムを見とけば良かったと思っても後の祭だった。

「やあ、圭、真太」

 早速、声を掛けられる。

「よぉ斉藤、一年ぶりくらいか?」

「そのくらいだね」

 先に圭が挨拶を返していた。

 斉藤は、二、三年生の時に同じクラスで、更に長い間同じ班だった仲間だ。

 勉強がかなりできるため、よくノートを借りていた。

「てかよく俺だとわかったな、真太はともかく」

「ともかくって……」

「真太の近くにいる長身の男ってだけで推測できるよ。

まあ、あの頃と雰囲気は全然違うけどね」

 斉藤が自慢げに言ってきた。

「おい〜真太、お前のせいでサプライズドッキリが台無しじゃないか」

「サプライズドッキリってなにするつもりだったんだ?」

「それは……雰囲気が変わった俺に、俺だと気づいてない女子が告白してくるかもしれないだろ」

「ないって」

 やっぱり今日の圭はテンションが高い。

「信じなきゃ始まんないぜ真太」

 そのやりとりに斉藤は笑いながら言ってくる。

「君たちは今も仲が良いんだね」

「まあね〜」

 何故だか自慢げに圭が返す、斉藤はそれを見て更に笑っていた。


「沙智が着いたってよ」

 圭が急に声をかけてきた。

「てか、さち? って誰よ」

 ホールの真ん中を見ながら、目を合わせずに答えを返す。

「本当に記憶がないのか?」

「名前に聞き覚えがないな」

 特に何も考えずに返したら、不思議な物を見るような目で見てきた。

「こんな事、本当にあるんだな」

 そんなことを話していると、

「こんにちは」

 後ろから明るい女性の声が聞こえた。

「よぉ沙智」

 僕よりも先に圭が反応した。

 振り向いた先に見えたのは、綺麗な黒髪を腰まで伸ばし、後ろで一つにまとめている女性だった。

 身長は僕より低いが、女性の平均身長くらいだと思う。

 柔らかい雰囲気があり、少し大きめのパーカーがそのイメージを強くしていた。

「こんにちは」

 僕はかけてきた言葉をそのまま返す。

「吉田真太と松崎圭であってるよね?」

「あってるよ」

 軽い感じで圭が返す。

 何かが引っ掛かる感じがあるが思い出せない。

「私の事覚えてる?」

 何かを返すべきだと分かりながらも、上手く言葉が出てこなかった。

「……ごめん」

 少し沙智が残念そうな顔をした。

 もっと良い答えがあったのでは無いか? と思ってしまった。

 しかし、さっきの僕はちゃんとした返事を返せなかった気がする。

「まぁそうだよね、前もこっちを覚えてない感じだったし」

「そこまで忘れてたか」

 圭が頭を手で掻いている。

「もしかしてあひるの事も?」

「そうっぽい」

 すかさず沙智の質問に圭が答えを返す。

 忘れてはいけない、何かを僕は忘れてしまったようだった。


4

 次の日、大学に来て学食で野菜ラーメンを頼み、いつもの席に座ったら、いつも通りに圭に声をかけられた。

 いつもと違うのは、横に沙智を連れている所だ。

「よう真太」

「何で沙智さんを連れているんだ?」

「それは、真太に思い出して貰うためだよ」

「なにを?」

「できるんなら全部を」


 圭から聞いた話だと僕と沙智は同じ部活だったそうだ。

 ロボット研究会に入っていたらしい。

「何で僕がそんな部に入ったんだ?」

「俺に聞かないでくれ」

「てか何で忘れてるんだ?」

「俺は知らない、沙智は?」

 圭が沙智の方を向く。

「動機については聞いてないし、忘れている事についても何も知らないよ」

 沙智は、自分がそれを知らない事に少し罪悪感を持っている様子だった。

「だとよ」

 もう一度自分の記憶を探ってみる。

「何も記憶にない」

「じゃあ逆に覚えてる事は?」

 沙智が聞いてきた。

「……斉藤にノート借りて勉強したけど、2年の学年末テストが終わってた」

「あったな、そんな事」

 圭が笑いながら返してきた。

 だがその後、沙智が話をまとめてくれた。

「学校の部活関連の事は忘れているけど、日常の記憶があると。

どういう事なんだろう?」

「まあ、結論」

 その話を圭が引き継いだ。

「まだ、何も分からないな」

 その日はそれでお開きになった。


5

 その週末、僕、圭、沙智の三人は母校にやって来た。

 ここ周辺は今日も丁度良い温度だ。

 日向でも暑くなく、涼しい風も吹いている。

 夏になると四十度を記録する猛暑だらけの時代に嬉しい暑さだ。

 学校の近くに着くと野球部が校庭で練習している様子が見えた。

 野球部の威勢のいいかけ声、バットでボールを打つ音などが響いて来た。

 僕らは職員玄関の中に入り、事務室に向かった。

「すみませーん」

 圭が事務員に声をかけている。

 先に話を通していたのかすぐに返事が来て、入ることになった。

「見学ツアーは教室からにするか?」

 圭が聞いてくる。

「いや、部室からでしょ。

だって、真太は高校の大雑把な記憶はあるんだし」

 すぐに沙智が圭の言葉を否定した。

「まぁ、そうだな」

「それで良いよね? 真太」

「大丈夫」

 そうして、三人は部室に向かうことになった。


 学校は五階建てで、四階の端っこの方に部室があった。

 教室二つ分くらいの大きさで、綺麗に整理整頓されていて、机の上には何も置いてなく、棚の中はびっしりと物が詰まっていた。

「前に見た時とまったく変わりがないな」

「一応、後輩君が頑張ってくれてるからね」

 圭と沙智は中を見るなりそんな会話をしていた。

 僕は自然と、黒板のすぐ前にある席の窓側に向かった。

「真太、なんか思い出してるのか?」

 その動きを見た圭が質問をしてきた。

 座ってからそれに答える。

「なんか、ここに座るべきなのかなと思って」

「それだけか?」

「なんかごめん」

「いや、謝ることじゃないけど」

 つい謝罪を述べてしまった。

 その言葉を返しながら圭達も席に座った。

「懐かしいな、前はこの席に座って雑談をして、暇つぶしをしてたよね」

 沙智が口を開いた。

「部員がほぼ居ないお陰で、かなり部室が自由に使えたからな」

 こういう思い出話を聞く時、普通なら気まずい話なのだが、何故だか記憶にはないのに懐かしい気がする。

 何故だろうと考えているとまた、何か引っかかる感じがした。

 思い出そうとするともやがかかって来て、思い出せなくなる。

 やがて眠気が襲って来た。

 圭と沙智が何か言っていた気がするが、その時には、すでに意識を手放してしまった。


…………


「ただいま〜」

 知らない男の人の声が聞こえた。

 誰、と聞く前に無意識に言葉を返していた。

「お父さん!」

 自分の言った言葉にびっくりした。

 目の前の見たことない男が父親な訳がない、そう思っていたが、自分の中に目の前の人はお父さんだという自分の意識もあった。

 反論するために父親の顔を思い出そうとしても、一切、記憶から引き出すことができなかった。

「良い子にしてたか〜真太」

「うん!」

 今の僕よりも幼い声が聞こえた。

 さっきは驚きの余り気づかなかったが、自分の声にも違和感があった。

 目線の高さや声から考えると、小学校低学年くらいだろうか?

「今日は何をしていたんだ?」

「今日は一日、本を読んでた!」

「何を読んでたんだ?」

「絵本!」

 父の質問に返事を返していく、

「お父さんは何しに行ってたの?」

 スルスルと質問を返していく、その会話の自然さに違和感を覚えながら会話を聞いていた。

「お父さんはな、ロボットを作って来たんだ」

「どんな?」

「人間みたいなロボットだな」

「ふ〜ん?」

 わかってるのか、わかってないのか、要領を得ない返事ばかりしていた。

 そんな話をしていると、お母さんに呼ばれて、夕飯になった。


…………


「真太、真太」

 意識が朦朧としていて、耳に入ってきた音を声だと認識するのに、時間がかかった。

「うん……?」

 ぼーっとしながらも返事を返した。

「昨日あんまり寝れなかったのか?」

 圭が聞いてきた。

「いや、そんなわけじゃないけど」

 周りを見渡すと沙智さんがいなくなっていた。

「沙智さんは?」

「沙智なら、ロボット研究会の顧問の先生に会いに行ってる」

「へー」

 まだ戻っていない所を見ると、長い間は寝ていないようだ。

「俺もさっきまでトイレに行ってたんだけど、帰ったら真太が机にうつ伏せになってたんだ。

行く前に声をかけた事覚えてるか?」

 それを聞いて寝る前にあったことを思い出す。

「なんか言ってたのは覚えてる」

「まぁ真太も疲れてそうだし、今日はこれで帰るか」

「いや、まだ大丈夫だよ」

「そう……か」

 複雑な顔をしながら何かを考えているようだった。

「もしキツイならすぐ言えよ」

「わかってるって」

 そう言いながら立ち上がり、二人で沙智のいる職員室に向かって行った


 その後、三人で見学ツアーを続けて、それから三人はそれぞれの家へと帰っていった。

 そして、その日から不思議な夢を見始める事になった。

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