第18話 死地
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
ルーベンスデルファーは雄叫びと共に、機種に装備されたすべての武装を撃ちっ放しにして突っ込んでいった。
複葉機ではせいぜい口径七ミリの機関銃が一基か二基という武装に対して、Bf-110は、重爆撃機さえ撃墜出来る二〇ミリと三〇ミリの機関砲を四基も機首に装備している。
「!」
凄まじい銃弾の嵐に叩きのめされ先頭の二機が立て続けに火を吹くと、数に優るはずのゾルアディウス戦闘機隊は怯んでしまった。
そもそも彼等は、アリストゥスの命令で事情もよく分からないまま強引に出撃させられている。「令嬢の気まぐれで空へ駆り出された」程度にしか思っていないので、当然ながら戦意は低かった。
「ぜ、全機散開!」
「まともに撃ち合うな! 回避して回り込め!」
編隊を汲んでいたゾルアディウス戦闘機隊は、ルーベンスデルファー機の捨て身の突撃を前に、蜘蛛の子を散らすようにバラバラになってしまった。
その只中をルーベンスデルファー機が一直線に突き抜けてゆく。
「突破したぞ!」
ルーベンスデルファーが歓喜の声をあげる。エインゼルは、思わず「ああ……」と安堵のため息をついた。
一方、ゾルアディウス戦闘機隊は慌ててルーベンスデルファーを追おうとした。
「つ、追撃だ!」
「全機、編隊長機に続け! 編隊を組みなおして……」
そこへ、ルーベンスデルファーを追うリディア機が続いて飛び込んできた。ゾルアディウス戦闘機隊は急に発進を命じられていたので、このロシア戦闘機のことまでは聞かされていない。
「なんだコイツは!」
「さっきの奴の仲間か?」
ルーベンスデルファーをひたすらに追う彼女は、自分の進路を塞ぐように飛び交っているゾルアディウス戦闘機など味方どころか邪魔者くらいにしか思っていない。どけ! とばかりに機銃を乱射、編隊を再び蹴散らして飛び去っていった。
「おのれ! ゾルアディウス空軍を二度もコケにしやがって!」
「追え! さっきの奴ともども撃ち落とせ!」
士気の低いゾルアディウス飛行隊も、これにはさすがに激昂した。
彼等は背後から激しい銃撃を浴びせる。それはリディア機に数発命中した。
(こいつらもドイツ機?)
(だったら……覚悟なさい!)
最悪の誤解だった。翼を翻し、復讐鬼が牙を剥く。ロシア空軍屈指の撃墜王を前にしては旧世代の複葉機など、ひとたまりもなかった。
(無抵抗なロシアの女子供相手にあれだけ残忍だった癖に、私が相手だと逃げるしか出来ないのか、卑怯者が!)
(死ね! 一人残らず死ね! 地獄に落ちろ!)
攻守はたちまち入れ替わった。飛び跳ねる悪魔のように空を舞い、容赦なく死の鎌を振り下ろすリディアに、数では圧倒的なはずのゾルアディウス飛行隊は近づくことすら出来なかった。為すすべもなく次々と血祭りにあげられてゆく。
戦意を失った一人のパイロットはとうとう操縦席から懸命に白旗を振って命乞いした。
だが、彼女は舌なめずりして照準器に彼を収めた。
(ふん、哀れに思って見逃すと思うの? その白旗を鮮血で染めてあげるわ!)
そのときリディアの眼前を大きな黒い影が覆った。
見上げた彼女の視界一杯に赤黒い鱗の巨大な異形の姿が映った。その首をもたげ、黄色い目がこちらを睨む。カッと開いた口から咆哮があがった。
(龍だと……?)
空の騒乱に飛龍が怒り心頭に発し、襲い掛かって来たのだ。その数は十匹を下らない。
見れば、逃げまどうゾルアディウス戦闘機は次々と背後から袈裟斬りに引き裂かれていた。鋭い牙に嚙み砕かれる機もいる。
(……)
復讐鬼は龍など恐れもしなかった。地獄のような幽界から怨念で蘇った魔少女なのだ。襲い掛かってきた龍の牙を捻るようにしてかわすとリディアは鋭い斉射を加えた。
首筋に銃弾を突き立てられた飛龍は短い悲鳴をあげ、地上へ落ちてゆく。
(龍ごときが私の邪魔をするな! 私の標的はドイツ機だけなのよ!)
(そうだ、彼奴の後を追わなくては……!)
彼方へ目を向けると遥か彼方で、三匹の龍がルーベンスデルファー機を追い回しているのが目に入った。
標的を見失わずに済んだ、とリディアは笑みを浮かべたが(待てよ……)と思い至った。
(奴は恐らく、こいつらの襲撃を凌げたところで疲労困憊するはず)
彼女は再び笑みを浮かべた。嬲る遊びを思いついた悪魔のように……
** ** ** ** ** **
「ルーベンスデルファー、また龍が!」
ゾルアディウス戦闘機隊とリディアの交戦によって激昂した飛龍はルーベンスデルファーも襲っていた。
ルーベンスデルファーがセント・ラースロー空軍の迎撃を受けた際に現れた時と同じ、赤黒い鱗で身を覆った種だった。獰猛な気性らしく、何度も咆哮している。
「ルーベンスデルファー!」
「大丈夫だ。なんとかしてみせる」
請け負ったものの、今度はルーベンスデルファーも撃退出来るかどうか分からなかった。前回襲撃を受けた時の龍は単体だったが、今度は三匹もいるのだ。
空を切る鋭い音と共に振り下ろされる飛龍の爪をルーベンスデルファーは冷静に見極め、翼を翻して何とかかわした。空戦でひとたび落ち着きを失えば、絶対に生き残れない。
それに……
(エインゼルをフェリーリラへ送り届けるまで、俺は絶対に落とされる訳にはいかない)
己の生命も投げ出したエインゼルへの誓約を思い出し、冷静さを取り戻す。鋭い目で飛龍を観察した。
(弱点はないか)
(どこかに活路は見い出さねば……)
襲撃を幾度かかわすうちに、彼は気がついた。
彼等に意思の疎通はなく、連携も取れていない。時にはぶつかり合い、癇に障れば噛み付き合いまでしている。
(仲間内で争うように仕向ければ……)
その隙に脱出を……と考えついたのである。ルーベンスデルファーは必死に愛機を操った。
だが、飛龍たちは彼の思惑通りに同士討ちまではなかなか至らなかった。しきりにまとわりつき、その鋭い爪を振り上げて襲い掛かる。時には首を突き出し、鋭い歯で噛み砕こうとした。
後部席のエインゼルは、ずっと恐怖に震えていた。お守りのように水宝玉を抱きしめ「ロゼリア様……ロゼリア様……私たちを守って……」と泣きながら繰り返している。
ルーベンスデルファーは操縦桿を右に左に倒し、フットレバーを蹴り、飛龍の攻撃をかわし続けた。
そうして隙を見つけては龍と龍の間に巧みに入り込み、同士討ちを誘っては離脱する。
僅かな操作ミスが死に直結する際どい機動をそうやって何度も繰り返し……
活路が開けたのは、苛立った空龍が振り下ろした鉤爪がルーベンスデルファー機にかわされ、接近していたもう一匹の龍の身体を誤って抉ったことだった。
血しぶきが飛び、激痛に悲鳴をあげた龍は自分が攻撃されたものと誤解し、激昂して件の龍に飛び掛かるや首筋に牙を突き立てた。
互いを誤解した二匹は咆哮し、たちまちもつれあい、報復の牙を突き立てあう。ルーベンスデルファーのことなどもう眼中になく、目の前の同種に怒り狂った。残った一匹も二匹の争いに気を取られ、ルーベンスデルファー機を見ていない。
(今だ!)
ルーベンスデルファーはエンジン音を絞り、落下するように高度を落としてその場を静かに離脱した。争い合っている龍たちは気づかない。
争う彼らから十分に離れたところでルーベンスデルファーは再びスロットルを上げた。
激しい操縦で疲労困憊ながらも、彼は嬉しそうに告げた。
「エインゼル、もう大丈夫だ。脱出出来た……」
「ほ、本当ですか?」
エインゼルには死地を二度もくぐり抜けたことが奇跡の連続としか思えなかった。ルーベンスデルファーでさえ、ホッとして気を緩めた。
しかし、エインゼルが泣き濡れた顔に笑みを浮かべ、震え声で感謝を告げようとした瞬間……
(死ね、ドイツの悪魔!)
突然、激しい銃撃音と共に風防側面のガラスが砕け散った。エインゼルは反対のガラスに頭を叩きつけられ、一瞬気が遠くなった。
「ル……」
前の操縦席に座っているルーベンスデルファーの頭がのけぞり、噴き上がった鮮血が風防を真っ赤に染め上げてゆく光景を、エインゼルはスローモーションのように感じた。
「ルーベンスデルファー!」
返事はない。
悲鳴をあげたエインゼルを嘲笑うように、頭上を赤い星の翼が駆け抜けていった。
エインゼルは弱っていたはずの己の身体中の血が瞬時に燃え立つような思いがした。
密かに恋心を覚えていた異世界の騎士へ、あらん限りの声で彼女は叫ぶ。
「ルーベンスデルファー! お願い、返事をして! ルーベンスデルファー!」
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