確定宣告

K-enterprise

つげる

「……中学生活はそんな感じで、特に記することもなかった。え、なにこれ? 日記?」

「まあいいから続きを読んでみてよ」


 相談の対価に、少し高めのディナーをご馳走してもらった以上はそれに向き合おうと、私は食後の紅茶を口に含んでから複数枚の便箋に目を落とす。


 彼からの相談は、ある手紙を読んで感想を教えてほしいというもの。

 最初の数枚には、生まれてから中学校までの人生が語られていた。

 性別は男性で、今のところ物語性も無く、悪く言えば平凡過ぎてわざわざ文章にして残す理由も感じられなかった。


『高校生になってしばらくすると、僕はいつの間にか孤立していて、やがていじめられるようになった。と言っても、最初はグループチャットに情報が共有されなかったり、文化祭で着用するクラスTシャツのサイズを聞かれなかったり、そんな小さないじめだった。いじめている方もそんな実感はなかっただろう。ただ、物事はエスカレートするもので、お弁当が無くなったり、ノートが無くなったりした。さすがになんとかしなくてはと思っていた時、彼女が僕を助けてくれた。クラス委員の須藤実里さん』


 そこまで読んで顔を上げる。

 

「私の名前……これはあなたの自伝なの?」

「まあ、先を読んでよ」


 彼は微笑みながらコーヒーを口に含む。

 なんとなく嫌な予感を抱えたまま読み進める。


『彼女は事あるごとに僕を助けてくれて僕へのいじめはなくなった。そしてそれから実里さんは、僕の友人として長い付き合いを続けることになる。でも、彼女が僕に近づいたのは、僕が通う学習塾に紹介してもらうことだった。人気の学習塾で、通塾者の紹介が無いと入れないから、僕に取り入ったんだ。そのためにいじめを始めたのも彼女だった』


 額から汗が流れ落ちた。

 確かに最初はそうだったけど、でも今となってはちゃんと友人関係を築いて来たつもりだ。でも、なんで? あの時だって露骨に紹介を求めず、護ってあげるためにどうしようか、という会話から自然に一緒の塾に通おうと誘ってもらえたのだ。


「何よこれ、私はそんなつもりであなたに近づいたりしてない!」

「分かってるよ。これは僕が書いたものじゃない。この手紙は送り主も分からなくてね、最後の一枚を見てもらえるかな?」

「最後?」


「……僕の人生の最後はあっけないものだった。就寝中に、すごく怖い夢を見て、そのまま心臓麻痺で死んでしまった。つまらない人生だった……え、なにこれ?」

「手紙はそこで終わっていて、僕はこれがたちの悪いいたずらと思っているんだ。だからそこに書かれている君の心情が本当かどうか聞きたかったんだよ。書かれていることがでたらめなら、僕は安心できる」

「ここに書かれていることは嘘よ、私は本当にあなたを護りたかっただけ!」

「良かった、安心したよ」


 そう笑った彼は、その日の夜に死んでしまった。

 就寝中の心不全ということだった。


 葬儀の翌日、私宛に封書が届いた。

 パンパンに膨らんだ封筒の裏に差出人の名前は無かった。


―― 了 ――

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