第2話 クロノグラス
クロノグラス・・・魔法の砂時計が閉じ込められたガラス瓶。所持者の記憶を遡りその者に関わる過去を見ることができる魔法具。
その魔法具を与えてくれたのは王からのはからいであって、その元の所持者はクオールの兄やであるクースの両親からの形見であった。
クースは姫であるクオールが魔法女学院に入学した折り、女装をして側仕えになった身であり、その麗しい線の細い姿は長めの髪も相まって女性と見紛うばかり。
赤子の頃に王宮にあずけられ、兄やとして教育を受けてきたクース。
彼は優秀な兄やであり、そして女学院では11歳の姫の立派な側仕えだ。
――
――――・・・
学園の敷地内に、魔法のリンゴの木を発見したのは授業中で、あまりにも突然のことだった。魔法のリンゴの木は、神出鬼没。いつどこにどやって現れるのか謎。そして皆が遺伝子的に知っている「甘くて美味しい素敵なもの」。
授業をいったん中断して、大きなその赤い葉のリンゴの木から実を収穫しようという運びになった。わいわいきゃっきゃと無邪気にリンゴを収穫するクオールたち。
クオールはその美味しいリンゴを側仕えのクースにも味わって欲しいと思って、彼の側仕えとしての名前、「シェリー」を呼ぶため声を透した。
「姫、足元にお気をつけをっ」
何か危険を感じとったシェリーが急いでその場に現れ、その何かの拍子に足を滑らせてクオールは木の上から転落。その御身を護るために、スライディングをした彼が下敷きになり、クオールは無事。
そしてシェリーことクースが、気を失ってしばらくしても目覚めない。
「頭を強く打ったかもしれないから、むやみに動かしてはいけない」
と、医療班が呼ばれた。
そして医療班はシェリーを数秒観察して、「ん?」と奇妙がった。
女学院であるが医療班には男性もいて、ちょうど居合わせたのは男性陣だった。
「医務室に運びましょうね」
頭の弱いクオールのクラスメイトのひとりが、
「何をする気なのっ?男はみんないやらしいのよっ」と
叫び、周りは騒然とする。
「大丈夫ですから」と言って担架でシェリーを運ぶ医療班について、男性に偏見を持っている女子たちは顔を見合わせうなずき合った。
「私たち、お見舞いに行きますっ」
ーーーー
貴重な魔法のリンゴの木の実の収穫を続けることになって、担当の教師は副担任にクオールたちのことを頼んだ。
ベッドに寝かされている未だ目覚めないシェリーの側で、クオールは「クース・・・クース・・・」とぼやいている。
医務室の扉を少し開けて聞き入っている地獄耳の女子が、「クースって男子の名前でしかないわよね?」と言う。
そこに担任が現れて、女子たちの肩をぽんと叩く。
驚きの悲鳴があがった。
医療班がクースの首にかかったクロノグラスを見つけ、クオールに言った。
「今後のために・・・彼の過去、見させてもらうよ」
発動した砂時計は記憶を巡るもので、医療班はものすごいスピードで読み取れるらしい。
そして「気になる部分があった」と空中に漂う映像雲の流れを変えた。
クースの頭上に現れた「記憶」は、彼が赤子の時・・・王宮にあずけられたきっかけの頃合いらしかった。
【このクロノグラスを誰かが見ると思う。チャプターに仕掛けをしておいたわ。必要な時に再生するように・・・私はこのクロノグラスの所持者になるクースの母。第弐王妃です。まさか第壱王妃と同じ日に出産するなんて思わなかった。おかしな占い師のせいでどちらかが処分されかねない、と耳にしました。なので・・・愛しの我が子を捨てます。長くはもたなかったことにして、隣国の王族に『しもべ』としてでもあずけます。きっとそちらは女の子が生まれる・・・そしたらせめて、兄やに。匙いわく我が息子は優良種。真実の愛でつながるのならば、この母として我が息子と姫の婚姻を望みます――――・・・】
映像雲に映っていた、どこかクースに似ている女性の映像が煙のように消えた。
少しの間沈黙があって、医務室にため息が漏れる。
医療班が本心から、「どうしよう?」とつぶやいた。
そして副担任が「どうしようじゃないわよ!」と声を上げる。
柔和な美女で有名なその副担任は言った。
「彼・・・それ、なのねっ」
「・・・ええっ?ま、まって、なに?」と医療班が動揺する。
「いい、いい。しょうがない。大丈夫、実は私もそうなんですよ!!」
「「ええっ?」」
その時、校長が別の仕事を終わらせ医務室へとやって来た。
膨らんだアンティークなドレスの似合う美人だ。
「聞こえていました。そして私も言いたいことがある・・・私は生まれつき、アトリメデューナと言う雌雄同体であり、時間により身体の性別が変わる体質です」
周りが唖然とした。
校長がくすりと苦笑する。
「なにかあれば、当然に出て行ってもらいますが、彼の護りたい気持ちと立場を優遇して、クオールさんを退学にするのは保留です」
よか、った・・・そうつぶやいたシェリーに、校長が魔法をかけた。
「運命の口づけであなたは目覚める。その口づけの記憶はない」
そしてクオールに視線でそれをうながして、泣いているクオールはシェリーにキスを贈った。すると数秒後・・・小さなうなり声が聞こえて、みじろぎをしたシェリーが、目をうっすらと開けえると意外そうにまたたいた。
「クース!!」
兄やを抱きしめるクオールは、小声で「姫、今はシェリーです」と言った。
副担任が医療班を無視してふたりを大きく抱きしめ、「応援するよっ」と言った。
校長が、「このことは内密に」と冷静にその場を締めくくったあと、人差し指を顔の側に立て、片目をつぶって見せると、星型の光が凜と小さく光った。
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