一瞬ですべて溶かした恋心
神無月ナナメ
別作品のオープニングみたいなワンシーン
ほぼ明け方近くまで悩み依頼された掌編でっち上げて目覚めたばかりなんだけど。
片割れみたいな妹のメール着信にかなり衝撃を受けながら何の用意もできない自分。
ミナミの仕事で一緒になった先輩の車に同乗するついでの挨拶とか必要ないのに。
よく考えれば知らない人に会うなんて中二病を患った引きこもりから初めてのこと。
ウェブ投稿から拾い上げてもらえた版元の担当さんは打ち合わせも電話やメール。
家族以外との対面コミュニケーションが必要になるなんて求められても絶対ムリだ。
姿見の前でうつむき加減の顔を上げると井戸を這いだす長い黒髪のアイツじゃん。
今更だけどお化粧なんて必要な状況がないからやつれた顔色は誤魔化しようもない。
フリーズしたままそれなりの時間が経過して滅多に聴こえない電子音が鳴り響く。
「ピンポーン!」高音チャイムと同時に解錠されたのかあっさり玄関の扉は開いた。
下駄箱から洗面所に浴室トイレを越えて五メートル程の通路から目をのぞかせる。
ひょっこり視線を合わせた妹が苦笑いのご挨拶「ただいまムムちゃん。ヤッフー♪」
能天気なバカっぽい雰囲気で帰宅するお嬢さまが西園寺美月でわたしが姉の夢々。
「ムムちゃんなんてそそられるキャラネーム興味あるし素顔を見たくなったんだよ」
美月の背後から半身をギリまで折り曲げて手のひらを振る金髪碧眼の超イケメン。
二メートル超で白シャツに黒い三つ揃いスーツ下を意識させる細マッチョが際立つ。
「なんでよ……こんなのないない」最近になって見始めた夢にいる過去の相棒さん。
ここじゃなく遠いどこか違う場所だろう剣と魔法の世界で仲間だった王子さまだ。
向こうで長耳のエルフとして過ごした晩年に邂逅する上級冒険者チームのリーダー。
「ふぅん……素材抜群なのに惜しい」頭を振りながら目を逸らさず呟いた彼の小声。
「そう勿体ないんですよ。ムムちゃん可愛く産まれたのに中二病こじらせちゃって」
「…………」まっすぐ妹の双眸を睨めつけながら言い訳できない自分が嫌になった。
「まぁ……今更だろうし急がせる必要もない。一歩ずつであれ踏みだせばいいのさ」
「なんか極限まで見開かれたムムちゃんの驚き眼。真っ赤に見える頬が微笑ましい。
本当にありがとうございましたジロウさん。送ってくれたことも感謝申し上げます」
「いやいや。まぁミナミから天王寺なんて一瞬だし? 機会あればどこかで遊ぼう。
ジャグラーガール試打やってた白い女の子。面倒を見てんだけど仲良くして欲しい」
美月の感謝に軽く首を振ると苦笑いして手をひらひらさせた彼が静かに立ち去る。
無意識でベッドに戻ると三角座りで受け入れ難い現実と妄想の狭間で呆然と佇んだ。
「ねぇねぇムムちゃん。あんなに超イケメンのジロウさんだけど企業所属の大先輩。
本業がミナミの雇われバーテンらしいよ。そのうちお店まで会いに行きたいよねっ」
ぼおっとしたまま無言でうなだれる頭をポンポンしながら真正面の美月が微笑む。
「ちょい待ち美月……情報量が多すぎ。あんたの先輩ってパチスロライターなん?」
「そそそジャンバリ放送局ってネット配信の紅バラ軍団。初期メンバーみたいだよ」
ふぅん同じ顔に姿かたちでも中身は別かもしんない。わたしも当時の面影ないし。
数メートルのジャングルジムから落下で意識のない美月を助けようと祈りを捧げた。
その瞬間……前世なんだろうかエルフの記憶と治癒魔法が芽生えてから十年近く。
かつて退屈なエルフ暮らしに冒険の刺激をくれた仲間たちは感謝の気もちしかない。
最後に交わした遠い日の約束……「いつかどこかで出会えたら旅の続きをやろう」
あれは夢でもリアル──実現に自分で越えなきゃいけない壁が一杯すぎるんだけど。
先ずやらなきゃいけないことは引きこもりの脱却と社会復帰に向けた準備だよね。
あとがき:1分で読める創作小説2025予定が文字数オーバーしました(苦笑)
一瞬ですべて溶かした恋心 神無月ナナメ @ucchii107
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