第14話 #ホストに恋して地獄

 全部セナが———あのクソ男が悪いんです。

 妹が借金を苦に自殺したとき、私はあの男への復讐を誓いました。殺すことも考えましたが、それだとつまらないでしょう? だから社会的に抹殺するつもりだったんです。セナはね、妹を風俗に斡旋してたんですよ。ええ、そう。金を稼がせるためです。きっと他の客にも同じことをやってるんじゃないかと思って、その証拠を掴むためにここで張り込んでいました。はい、ボイスレコーダーは音声を録音するためです……そうですね。どのくらいでしょう。ここに通い出して数日が経った頃、女の霊の噂を耳にしたんです。私はすぐに妹だと気づきました。だって、あの子の遺体は、酒瓶の破片が頭に刺さって可哀想な姿になっていましたから。なのに、なのにセナは妹だって気づかなかった。私、お店で会ったときも、妹の特徴を丁寧に伝えたのに。まあ、女の客なんて腐るほどいるから、いちいち顔を覚えていられなかったんでしょうね。すごくムカついたけど、今直ぐ殺した方がいいかもしれないと思ったけど、部外者の私が復讐するのは筋違いかな、と思ったんです。


 女の表情は変わらない。口元に歪んだ笑みを貼り付けていて、視線はどこに向けられているのか分からない。僕は女に向き直って「何故ですか?」と尋ねる。


「だって、これは二人の問題でしょう? 私はセナを恨んでいるけど、妹が恨んでいるとは限らない。だからセナへの制裁は妹に任せることにして、私は二人がもう一度会うための手助けをしようと思ったんです」


 そう言って女は強引に御守りを引きちぎり、中からシルバーのリングを取り出した。


「私の努力の結果、妹とセナはあの世で結ばれたと思います」

「……つまり、あなたは復讐者じゃなくて、恋のキューピッドだったと、そう言いたいんですか?」

「ええ、久しぶりにクラヴシルバへ行ったとき、他のホストから一連の話を聞きました。妹が飛んだ廃ビルから、セナも飛び降りたって」


 ふふふ、と、女は笑った。


「たとえ妹が天国へ行けなくても、二人一緒の地獄に落ちれば、幸せだと思うんです」


 女はそう言い残して、店を出て行った。残された僕とロキはその後ろ姿を、黙って見送ることしか出来なかった。


「愛ですね」


 ぼんやりとグラスを拭きながら、ロキが言う。


「でもこの街は、誰かを愛するのに向いていないですね」


 と、僕は呟いた。

 それは、怪談師ではない自分の本心だった。ここ数週間のうちに、さまざまな恐怖が自分を襲ってきたけれど、それらを振り返ってみると、ままならない人間模様が見て取れる。向こう側に透けている怪異の存在が、ネオン街に霞んでいく。


 二人一緒に落ちた地獄が、少しでも幸せなものでありますようにと、僕は願わずにはいられなかった。

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#ホストに恋して地獄 猩々けむり @kemuri_s

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