思い出すのはあの味。
三愛紫月
思い出
「まずっ」
「やっぱり、まずかった?ごめんね」
「いや、いいよ。俺の方こそごめん」
「ううん。大丈夫」
思ったことをすぐ口に出す俺は、同棲して三日目の
まあ、無理して食べてたところで。
「それ、まずいんでしょ?」と言い当てられてしまうのだから。
言うしかないわけだ。
藍の料理は、どんどん上手くなってって言えたらいいんだけど。
残念ながら、そうはいかない。
藍の料理は、ずっとまずい。
死ぬまで、まずい。
死ぬまで?って今、不思議に思っただろ?
そうなんだよ。
死ぬまでなんだよ。
「悩んでいた素振りはなかったのかな、城之内君」
「すみません。本当に思いつかなくて」
「4年だよ、わかるかい?」
「はい、わかっています」
同棲して4年目の夏の終わり。
藍が死んだ。
病気や事故じゃない。
自らを殺したのだ。
「味覚障害ってやつみたい」
「ストレスとかか?」
「まあ、今の仕事がいろいろ大変だったのかもね」
「俺じゃない?俺にご飯作るのとか。掃除とか洗濯とか」
「何言ってるのよ!それは、全部好きなことだから大丈夫!」
藍の心の好きと体の好きは違ったんだよ。
本当は、藍の体はゆっくり休みたかったんだと思うんだ。
そう考えたら。
ほら、しっくりくるだろ?
「目撃者の証言では、萩原藍さんはふらふらとした足取りで歩いていたそうです」
「それって事故だったってことじゃないんですか?」
「残念ながら、そうではありません」
「どうしてですか?」
「別の目撃者の方は、萩原さんが自ら飛び出したのを見ています」
警察からの言葉は、どこか真実じゃなかった。
だって、ほら。
あれだよ。
「城之内君、藍は悩んでいたんだろ?いい加減、本当のことを言ってくれ」
先に、警察からの言葉を聞いていた藍の両親は俺を睨み付けた。
本当のこと。
そう言われたって。
俺には、藍がいなくなる理由なんて全く思いつかないんだよ。
だって。
いったん家に帰った俺は、冷凍庫の作り置きを取り出す。
いなくなるのを考えている人が、こんなのたくさん置いとくか?
いつ食べるものかわかるように何月何日の晩御飯用とマジックで書かれた丸文字が並ぶ。
その中から、俺はこれを選ぶ。
電子レンジで温めて口に入れる。
「まずっ」
声に出したら、涙が込み上げる。
「レシピ通りにはかろうかな?」
「いやいや、このままがいい」
「何で?」
「だってさ、ずるいだろ。俺だけしかこの味わからないのって」
「じゃあ、このままにしておく」
大切な思い出の味。
思い出すのはあの味。 三愛紫月 @shizuki-r
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