第29話


「おはよう、新君」


 部屋の壁に向かって練習。

 私は今日から、新君の隣の部屋に住むこととなった。


 今日の深夜に母は、父の待つアメリカへ旅立った。

 寂しさはもちろんあったから、少し泣きそうだったんだけど、母が「嬉し涙?」と笑っていたので私もなんかワクワクしちゃって。


 そのまま支度して、朝イチに店に行くと新君のお母さんが「いらっしゃい。あっ、今日からはおかえりかしら」と言ってくれて部屋を案内してくれた。


 私のテンションはこう見えてマックスである。


 この壁の向こうに新君がいると思うと、先日部屋で寝させてもらったはずなのに、まるで初めて家にあげてもらったかのように興奮してしまう。


 起こしに行こうか、それとも朝ごはんを支度していようか。


 なんにしても今日から、この店から学校に通い、この店へ帰る日々が始まる。


 でも、いくら仕事先であり、いい人たちだからと言っても、うちの母は意外と常識人。


 同級生の男の子の家に可愛い娘を居候なんて危険な真似は普通なら許さない。


 だから約束した。


 母と。

 新君のお母さんと。


 新君のお嫁さんになると。


 もちろん本人はまだそんな話は知らないから。

 私が全力で頑張ってサポートして、私なしの生活なんて考えられないようにしてやるんだと。


 その本気度が伝わって、母は今回の居候を了解した。


 だから私はやり切らないといけない。


 母が本格的に帰国するのは数年先だけど、お正月には一度帰ると言っていたからそれまでに。


 私は新君のお嫁さんになる。

 まだ高校生だから正確には許嫁に。


 将来を約束してもらう。

 生涯を共にしてもらう。

 未来永劫、側にいてもらう。


 そのためにはまず何をしないといけないかと考えていると、隣の部屋から物音がした。


 私は制服に着替えて、部屋を出た。


 そして、隣の部屋の前へ行き、扉をコンコンとノックして。


 大きな声で。


「おはよう、新君。朝だよ」

 


 

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