1日 Free Day 完結編
【1日 Free Day】完結編
~理由~
窓辺に立っていた紳士風の男が、ゆっくりとこちらへ向き直った。
品の良い顔立ちで、シニア手前といったところだろう。やや白髪の混じる銀髪を後ろへ撫で付け、ブルーグレーの瞳をしている。
着ているのは上質なスーツ。仕立ても良い。室内の調度品からしても、悪趣味ではなさそうだ。
男は、うさ王と翠を交互に見て口元に笑みを浮かべた。どことなく――嬉しそうな微笑だ。
翠がうさ王を少し庇う位置で男を観察していると、男は手前のソファを示した。仕草は優雅で、品がある。
「立っていないで、二人ともお座り。……紅茶は好きかな?」
そう言いながら、窓を背にこちらとは反対側、テーブルを挟んだ一人掛けのソファへ歩み寄り、腰を下ろす。
立っていても仕方がないので、翠はうさ王の顔を見た。
うさ王は僅かに頷き、静かな足取りでソファへ座って翠を促す。翠も大人しく隣へ腰を下ろした。
「緊張しているのも無理はない。……けれど、この部屋ではゆっくり寛いでほしい」
そう言っているうちにドアがノックされ、静かに開く。
上品なうさ耳のメイドが紅茶やケーキを運んできた。
優雅な所作で紅茶をそれぞれの前に置き、ケーキやスイーツをテーブルに並べると、そのまま部屋を出て行った。
翠はひとしきりそれを見てから、男へ顔を向ける。警戒の色を隠さない。
「何の真似ですか?誘拐しておいて“もてなす”って……何を企んでいるんです?」
率直に聞くことで答えが得られるときもある。逆に怒りを買う場合もあるが――
閉じ込められていた部屋は質素ながら必要な物は揃っていたこと。
うさ耳の特徴である魔法は封じているものの、手錠や足枷などの拘束具はされていないこと。
従わずに反抗しても暴力は振るわれなかったこと。
――こうした点から、この男は乱暴なタイプではなさそうだと、翠は踏んでいた。
翠の言葉に、男は少し困ったような表情を浮かべる。
悲しげとも寂しげとも言える……何とも言えない顔だ。
「そうだね。いきなり連れてこられて、紅茶を振る舞われても普通は警戒する。君の名前は?」
問われ、思わず本名を出しかけた翠は踏みとどまった。わざと少し考え込む素振りを見せ、静かに答える。
「うさ次郎です……。隣にいるのは、兄のうさお……」
偽装のための安直な名前だけに“名乗りたくなさそう”な雰囲気が顔に出てしまう。だが、それが功を奏したのか、男は静かに目を細めて笑った。
「兄弟か……。あの子にも兄弟がいたらね……」
その一言を逃さず、今度はうさ王が聞き返す。
「『あの子』?……子どもがいるのか?」
男はゆっくり頷いた。
「君たちと同じ年くらいの……息子がね。――さあ、冷めないうちに召し上がれ。と言っても信用してくれないだろうから、私が先にいただこう。同じものを口にすれば安心するだろう?」
そうして男は自分のティーカップの持ち手に指を絡め、上品な仕草で紅茶を一口飲んだ。
数分待ってみるが……変化はない。
それでも念には念を入れて飲食は避けたい――そう思った瞬間、いきなりうさ王がティーカップを掴み、紅茶を飲み始めた。
翠は思わず腰を浮かしかけるが、うさ王は視線だけで制した。
「紅茶は同じティーポットから注いでいる。俺たちのカップの方に細工している可能性もあるが……カップの中にも変な香りはしない。無味無臭の薬物の可能性もあるが、大丈夫だろう」
男が嬉しそうな表情を浮かべる。
「疑り深いことは良いことだけど、実際に何も細工はしていないから安心していいよ」
それを受け、今まで室内を観察していた翠が改めて口を開いた。
「じゃあ――なぜ“誘拐”を? しかも、同じ髪色、うさ耳、十代後半くらいの男子……。僕たちと同じくらいの息子さんがいるのに。あなた、もしかして……」
いったん言葉を切る。
室内には、男の“息子と思しき”少年の写真がいくつも飾られていた。
細身で優しそうな笑顔。どことなく男に似ている。銀髪に、青と緑の中間くらいの瞳を持つうさ耳の少年――
そして、そのすべてがベッドの上で撮られていた。
笑顔ではあるが、パジャマに上着やガウンを羽織っている写真ばかり。
窓から差し込む光が、その少年を儚げに映しているようにも見える――。
「息子さん、亡くなられた……んですね?だから似た子をさらっている。違いますか?」
翠は静かに言った。
「うさ次郎君。君は観察と推測が得意なようだね」
男はそう言うとソファから立ち上がり、一番近い写真立てを取り上げ、愛おしそうに眺めた。
「息子は、私の妻の忘れ形見でね……。生まれてから病弱で、今の医療技術をもってしても長くはないと言われ……それでも本人はいろんなことに興味を持って、『やってみたい』ということは何でも一緒にやった。けど……」
そっと写真立てを棚に戻す。
「年齢が進むにつれて弱っていって、亡くなってしまった……。あの子だけが生きがいで、あの子と一緒に毎日を過ごすことが楽しみだった。
あの子を亡くしてから……寂しさを埋めるものがなくなり……同じ年の子を見ていると、あの子を思い出す……」
「だから、似た子どもをさらって、代わりにしようと?」
うさ王が静かに男を見つめる。
「あの子の代わりにお茶を楽しんだり、流行りの話をしたり……そうして寂しさを埋めたかったんだ。けど、連れてきた子たちは怯えて話もしてくれない……」
――いや、それはそうだろう?!それって、ただの変なオヤジじゃん?!
うさ王と翠は同時にそう思ったが、口には出さなかった。
「息子の代わりに同じくらいの子と仲良くしたかったら、誘拐なんてしたら余計に怪しまれるだろう?」
控えめにうさ王が切り出すと、男はしょんぼりと項垂れた。
「それはそうなんだ……。だが、街角で見かけた少年に『うちでお茶でもしないかい?』って声をかけると、みんな逃げていくんだよ……」
「俺でも逃げるぞ?」
「うさお兄さん、それ言っちゃ……可哀想だから……」
二人の言葉に、男がますます萎縮していくのが分かる。
「遊びに来てくれないなら、さらってきたら一緒にお茶してくれたり話ができるかな?と思ったけど、怖がられてうまくいかず……。君たちだけなんだ!ちゃんと会話してくれたの!!」
言った直後、男はうるうると泣きそうな顔になる。
『………………………………だよね』
二人の声が重なった、その時――
――ドガァーン!!
――バリィーン!!
という、けたたましい音が正面と背後から響いた!
うさ王が後ろを、翠が前を見る。
後ろからは、
「ご無事ですか?!」
という凜とした声。低いが耳に心地よい声だ。
重厚なドアを蹴破って、黒い人影が室内に飛び込む。
黒髪の少しツンツンしたショートヘアに、きれいな青い瞳。切れ長で鋭い眼差しの青年だった。
「クロ!!」
うさ王が驚きと嬉しさの混じった表情を浮かべる。
「うさ――……うさお様、下がってください!そいつが犯人ですね?!」
そして前からは――
ワイヤー一本で厚い窓ガラスを蹴破って、一人の老人が入ってくる。
「じいちゃん?!」
翠が驚きの声を上げた。
ジャケットに開襟シャツとスラックスという場違いな身なりで、うさ耳の老人が窓辺に立つ。
「ワシの孫たちを返してもらおうか?」
あまりの突然のことに、首謀者の男はクロとギンを交互に見て――その場にへたり込んでしまった……。
~そして…長い一日が終わる~
うさ王とクロの二人を滞在先の迎賓館へこっそり送り届けると、コウはその足で自宅へ戻り、深くため息を吐いた。
なんとか政府要人たちには知られずに事が済んだとはいえ、一歩間違えば国同士の問題になりかねない。
無事にうさ王を奪還・保護できたが、原因は自分の身内だ。
うさ王自ら「自分が遊びに外へ出たかったから」と言ってくれなければ、今もなお気持ちは落ち着かなかっただろう。
当の祖父本人は今ごろ、ばあちゃんにこっぴどく叱られているはずだ。
きつく結んでいたネクタイを解くと、夜風に当たりたくなって庭へ出る。
すると、庭のベンチに翠が一人で座っていた。
すっかり夜になり、あたりは暗い。銀髪が風に揺れ、頭上のうさ耳がぴょこぴょこと動く。
「あれ? うさ耳、アケさんに消してもらわなかったの?」
そう言いながら、コウは翠の隣に腰を下ろす。
翠はどことなく不満そうに兄を見上げた。
「アケさん、防御陣張ったり事件の事後処理で体力無くなっちゃったから、今夜はうさ耳外せないって……」
ぷうっ…と頬を膨らませる翠に、コウは弟の頭をわしわし撫でた。撫でるたび、うさ耳が揺れる。
「いいじゃん、たまには“うさ耳が生えてる気分”を味わえるよ」
「それは構わないんだけどさ……」
まだ不満げな翠の顔を、コウは見返す。
「まだ何か不満でもある?兄ちゃんが聞いてあげよう」
笑いながら言うコウを、翠は上目遣いで睨んだ。
「僕の“買ったばかりの”パーカー、うさ王様がすっかり気に入ったからあげたんだ……。でも、あれちょっと惜しかったんだ……」
弟がまだ子どもっぽいと思いつつ、コウは僅かに苦笑する。
「今度、新しいの買ってあげるよ」
「要らない」
「え?!なんで?」
秒で返ってきた返事に驚くと、翠は満面の笑みで答えた。
「アケさんが今日の功労賞にまた新しいの買ってくれるって♪」
「はいはい、良かったね。翠は兄ちゃんよりも、アケさんに懐いてるもんね」
取ってつけたようなコウの返事に、二人で笑い合う。
ひとしきり笑うと、翠は真面目な表情になった。
「あのさぁ……」
「何?」
「あの誘拐犯……どうなるの?」
「……誘拐・拉致・監禁はかなり罪は重い。けど、そうさせる理由も分からなくはない。息子さんを亡くして精神的ショックも大きいだろうし、多少は情状酌量の余地はあると思う」
そこまで言うと、コウは夜空を仰ぎ見た。
――全員で行動を開始したあの後。
コウは彗と共に、他の被害者がいる部屋へ入り保護に当たった。
彗は建物内にいた共犯者を捕らえ、クロは出会った者を倒しつつ、うさ王の元へ。
今回の被害は怪我や暴力こそなかったものの、さらわれた子たちが怖い思いをしている。
犯人には何らかの処罰を――という治安維持庁の意向が既に出ていた。
「でも、実際はどうなるんだろうね。理由はどうあれ、やったことに対しては償って反省してもらわないと。捜査協力とはいえ……翠も怖かったろうし」
「怖くはなかったよ。アケさんが付いててくれるって分かってたし。それに、うさ王様もいたから。思ったんだけど……あの誘拐犯、息子さんと似てる子を養子にもらって、普通に生活してたら良かったんじゃないのかな……」
翠の一言に、コウが目を丸くする。
「養子か……思いつかなかったんじゃないかな」
「……かもね」
そうして兄弟二人はしばらくの間、庭で星を眺めていた。
夜風が心地よく、うさ耳を撫でていく――。
── ✦ ── ── ✦ ── ── ✦ ──
「勘弁してください。他国へ来てまで脱走されては困りますから……」
迎賓館の一室。
疲れてベッドでうとうとしているうさ王へ、クロはそう声をかけた。
今回の当事者であるうさ王は、もう半分夢の中だ。
「分かった分かった……おとなしく、するから………」
そう言いながら眠ってしまう。
クロは大きくため息を吐くと、ベッドへ歩み寄り、うさ王の傍らに立って顔を覗き込んだ。楽しそうな表情で眠っている。
そっと肩まで毛布をかけた時、不意にうさ王が小さな声で囁いた。
「みんな……全員、家族だ……」
その囁きを聞いた途端、クロはいつもの凜とした鋭い表情を緩めた。
そして灯りを消し、部屋を後にする――。
長かった一日が、やっと終わりを告げようとしていた……。
【一日 Free Day】~ END~
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