再鍛造
考える水星
再鍛造
兄弟姉妹の連中と焚き火を囲んでる時だった。あいつの言葉を聞いたのは。「次の戦では誰が死ぬかな」って。
そう言ったのは俺の一番のダチ、ヴァルバーンだった。だもんで、俺は冗談めかして言ったんだ。「次は俺だぜ」って。そしたらあいつ笑って、ゲラゲラ笑いやがった。そんで言ったんだ、「ヴェシャーディン、抜け駆けはさせねえぜ」って。俺たちは一緒に俺たちの女神様んところに行くんだってな。最高に斬り合い、殺し合った後で、頭から沢山血を浴びてな。俺たちの戦女神は別嬪さんなんだから、素敵に化粧をしていかなきゃなるめえなあって。
右手の連中、つまり騎士の奴らとぶっ殺し合ってる時に、そんなことを思い出した。奴らは探せる中でも上物に入る敵の一つってもんで、いつだって気合いが入ってるし、冷えた鋼みたいに鍛えまくられて容赦がねえ。やり合える時にゃあ最高だ。
なんでこんなことを思い出したかなあって考えたら、急に頭がガツンと痛くなってきた。そして、今までずっとはっきりしてたように思える視界がぐわんとボヤけて、何が何だか分からねえように感じてきた。でもな、すぐに思い出したんだよ。俺はテメェの兜に一発良いのを貰っちまったってこたを。お陰様で口の中は釘でも食ったみてえだ。
そうともさ、俺たちは右手野郎どもとぶち殺し合ってたんだ。昼頃から始まって、すげえ戦になった。何百人、何千人って戦いじゃねえさ、そりゃあ。でも奴らは手練れで、俺たちは女神様に自分を誓ってる連中なんだぜ。それはもう、最高ってやつだろ。中身が詰まってるもんは美味いんだ、そういうことだ。
すげえ戦ってのは、一方的な戦じゃねえ。俺たちの側も沢山死ぬもんだ。そんで、敵味方に混じって殺し合ってた時に、俺がさっきのことを思い出したのも、それが理由なんだ。
頭にいいもんを一発喰らっちまってさ、グラッと来ると、目線が下の方を向いたんだ。そしたらよ、見えちまってな、ヴァルバーンの死体が。血まみれに目ぇ剥いて、はらわた撒き散らして、切っ裂かれてんだ。だから思い出したんだ、あいつの話を。よう兄弟、よく死んだなあって。
膝当てに濡れた土が押し当てられる感触がしたんで、俺は膝をついたって分かった。ツラを上げると、剣を振り上げて俺を殺そうとしてる騎士がよく見えた。大兜を被ってても、その目はよく見えた。連中は連中の神様に命じられて、ぶち殺すほどに俺らを憎んでるんで、いっつも良いツラをして、全力で戦ってくれるんだよな。だから、奴の目も、奴の太陽みたいにギラギラと光ってたもんよ。
死ぬ時ってのは分かる。なんとなく分かる気がするんだ。アテにならねえけどな。でもこいつは俺を殺すだろうなってのが分かったんだよ。まず外すことはあるめえし、こいつは寸前で躊躇って手を止めたりするような奴じゃあねえ。俺は奴らを信頼してる、誰かをぶち殺すってことに関してな。だから奴は俺をぶっ殺すだろうって分かったんだよ。右手野郎と戦って死ぬってのは、なかなか良い死に方じゃねえかな、兄弟? だからお前も死んだんだよな、分かるぜ。腕が良いからな、奴らは。
最終的に他の兄弟姉妹が勝つかは分からねえが、この戦いはすげえ良いもんだと思った。だから俺もここで死ぬんだって思っても、大丈夫な気がした。俺のダチ公よぉ、約束は違わねえぜ俺は。一緒に逝こうや、そんで別嬪さんに会いに行こうぜ。それから俺たちの女神様の世界で永遠に戦おうぜってな、俺はそう思ったんだ。
でもその時、あいつの死体を思い出したんだ。手指は切り落とされちまってさ、あいつのお気に入りの槌の柄は掌からこぼれちまってた。口かっ開いて死んじまったら、ここではもう噛み付くことさえできねえんだなあ。足はだらしなく放り投げちまって、盾構えて地面に踏ん張りまくることもできねえや。あいつはここでは死んじまったんだ。右手の連中と殺り合ってな。
そしたらもう、こいつらとは戦えねえのかなあ? 俺はそう思ったんだ。負けちまったら、もう勝てねえのかなあってな。ハルマゲドンに行きゃあ、女神様んとこに行きゃあ、永遠に戦えるんだもんな。最高の仲間どもと、あの世でさ。でもよ、ここでこいつらと戦うのはもう滅多にできねえって考えると、そいつはなんだか随分……嫌なことにも思えてきちまった。
右手野郎が剣を振り下ろすのが、随分遅く見えた。正午の太陽みたいに、そいつはいつまでも上に居座ってるように見えたんだ。それで俺は思ったんだよ。
「死にたくねえ、こいつらともっと戦いてえ。ここでもっと戦いてえ」って。
気がついたら、俺はどうにか騎士の攻撃を防いでた。ダチの槌を借りたんだ。そんなに素早くできるもんだとは思わなかったぜ。ありがとよ。そんで、お前との約束は果たす気にゃなれねえや。まあでも、良いだろ? 俺とお前の仲じゃねえか。
するっどい叫び声を右手の野郎は上げて、そのまま膝をついた俺を蹴飛ばしてきた。装甲で覆われた爪先に腹を打たれて、俺はもんどり打って後ろに転がったんだよ。でも右手には俺の斧をしっかり持って、左手にはヴァルバーンの槌を持ったままな。
野郎が猛然と突っかかってくるのは分かってた。俺もそうするだろうからなあ。だから俺はぶっ転がった勢いのまま、思いっきり立ち上がったんだ。寝ぼけてるみたいに揺れてる頭のままな。
自分でもびっくりするくらい、しゃっきり立ち上がったんだ。脚に鉄の棒差し込んだみてえにな。こめかみはもう一個心臓が入ってんじゃねえかなってくらい脈打って、しかも胸当ての下でははち切れんばかりに鼓動してやがるんだ。
騎士の奴は剣を水平に構えて、向かってきた。その姿がよく見えた。今まで何も見えてなかったみてえにな。俺は自分が何考えてんのかも分かんなかったけどよ、少なくとも死ぬつもりは無くなってたんだ。こいつを殺して勝つんだ、生き残るんだよ、俺は。こいつみてえな野郎ともっと戦うために。
騎士の踏み込みが一段と強くなった瞬間に、俺も一気に踏み込んだ。槌で奴の刃をかち上げて奴の姿勢を崩した。そのまま、首元に向かって斧を叩き込んだ。
ぶっ千切れた鎖帷子の輪っかが舞い飛ぶのが見えた。狼の牙みたく、斧頭は首根っこに突き刺さった。また、兜の下から騎士の野郎の目が見えた。嵐の中で光る稲妻みてえな目だよ。それでも奴は剣を取り落とした。力が抜けてくのは、斧越しに伝わってきた。でもあいつは、最後に、短剣を引っこ抜いて俺の脇腹に突き立てて逝った。俺はこいつが好きだった。
ようやく向き合っている敵がいなくなって、不思議に俺は平静な気持ちになった。勝利の昂り、いつもみたいな獣じみた喜びの代わりに、落ち着いてたんだ。俺の中で血はぐるぐる走り回ってるのにな。それで俺は、やっと、戦場を見渡した。
不思議な気分だった。初めて戦場を見る気分だった。こんな風に、見えたことはなかった。どこか遠いところから見ている気持ちになっていたんだ、俺は。血腥い風が吹いているなあ。あそこに転がってる、綺麗な黒髪の首は、ヴェーディッカかな。おや、あそこに斃れてるのはヴスリーンだ。死に損ないの老耄だって自分を笑ってたけど、遂に死んだんだな……。みんな良い死に方をしてる。まだ戦ってる奴らも、それなりにいる。だけども、全体的に見りゃあ、劣勢だ。
俺の方に向かってくる、新しい連中が見えた。さっきの騎士みたいな、両手剣を持った奴だ。兜の上に、鷲の飾りが煌めいている。三人ほど、槍を持った兵士を引き連れてこっちにやってくる。
刃の嵐だ、そして、穂先は風が強い日の雨みたいに向かってくる。死にそうだ。でも俺は戦うんだ。永遠に戦いたい。戦女神よ、鴉の大母よ、ヴァハリガンよ、どうか、俺を永遠に、この世で戦わせてくれねえかなあ……。
戦いが終わった時、日が暮れ始めてた。槌には脳みそと頭蓋骨のかけらがべったり付いて、斧の刃はすっかり鈍くなって、体には何本か矢が突き刺さってた。俺はこの日、最も多く殺した戦士だった。そして、俺たちは勝った。
戦いが終わったら、俺たちは戦場に散らばる武器を拾い集めて、戦死者から鎧を剥ぎ取る。そしてそれを積み上げて、死んだ兄弟姉妹をその上に積む。それがヴァハリガンに誓った戦士団のやり方だった。もう刃こぼれしちまって、戦鍛治が新しい武器を作ってくれるっていうんで、ヴァルバーンの槌、そして俺の斧も火葬壇に積んだ。
それにしても、俺たちは随分死んだ。戦士長のヴリバースカも死んだ。皆ハルマゲドンに行っただろう。嬉しかったが、今ここで勝利の輪を囲めないのが寂しくもあった。戦死者の多い戦いではいつもそう思う。
ハルマゲドンに行くのは羨ましい。そこでは永遠に戦える。俺もいずれはそこに行く、はずだ。今日俺はそこに行かなかった。ヴァルバーンは行った。一緒に行こうやと話したがな。なんでだ? それはつまり、俺はまだ戦いたいからだ。まだってのは、いつまでなんだ? それはきっと……永遠にだ。
そう思った時、ふわりと、俺の肩に何かが落ちるのを感じた。それを手に取って見てみると、黒い、塗り込めたように真っ黒で、艶やかで、なのにどこか炭を塗ったみてえな鴉の羽だった。
ヴァハリガンは応えた。
ごうごうと、火葬壇は燃え盛っている。俺は、兄弟姉妹と一緒にそれを眺めていた。そして、戦鍛治はそんな俺の肩を叩いた。
「そろそろだ、ヴェシャーディン。火は十分に熱い」
俺は頷くと、一歩踏み出して、もう一歩踏み出した。その一歩ごとに、空気が熱くなってくのを感じる。目はあっという間に乾いちまって痛かったけど、瞬きはしなかった。というより、できなかったかもしれねえ。それで、炎の目前まで来た時、俺は皮膚が焦げてくのを感じた。
「ヴェシャーディン、万歳! 鴉の寵児よ、行け! その魂は神の鍛造に値する!」
その声は俺の背中にぶつかった。兄弟姉妹の連中が、一斉に叫んだ声だった。めらめら、ばちばち爆ぜる炎よりも、それはデカくて、俺はそのまま、押されるようにまた踏み出した。そして、火葬壇、その炎ん中に思いっきし身を預けた。
途端に、何もかもが塗り潰された。仲間たちは鴉の鳴き声を真似て鳴いていたが、そんな声も聞こえなくなった。炎の音だけ。そして、熱い。痛い。皮膚が黒ずんで焼け落ちていく。舞い踊る炎の他には何も見えない。その赤い手が眼球を這い回っていく。痛い。千の剣で突き刺されるよりも。生きながら切り刻まれてるよりもひでぇ。匂いなんてものはただ一つで満たされていた。自分が焼ける、自分の肉が焼ける匂いだけだ。
叫んだ。悲鳴なんて上げたこと無かったが、焼かれるのは何よりも痛え。そして、炎は口の中にも入り込んで、喉を下って、臓腑までも焼いていくんだ。皮膚はもう完全に黒くなっちまって、爪は指先から剥がれ落ちちまった。ぽろぽろと、自分の肉が落っこちていくのが分かる。身悶えして、さらに炎の中に倒れ込んだ気がするが、もう分からない。身動きするたびに皮膚がずり落ちていくのを感じる。骨から落ちていく。骨も黒くなっていく。溶かされる鉄ってのは、こんな気分なんだろうかなあ?
爆ぜる音がする。薪、それに俺の骨。熱い。溶岩に沈んだらこんな気分なんだろうな。それなのに、なんだかだんだん、落ち着いていく自分に気がついた。痛い。ヴァルバーンのことを思い出す。あいつの体も今焼かれてるんだな。熱い。痛い。ヴリバースカ、あんたからは色々教わったよな。熱い。痛い。熱い。痛い。皆、皆良い奴だった。あいつらに会えないのは悲しいな。永遠に生きるなら、死んだ奴らには会えない。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。俺は、もう直ぐ、完全に、燃え尽きる。熱い。
いつの間にか、知らない光景を見ている。どこかの空にいるみてえだ。地上は……燃えてるな。世界それ自体が、炉の中の石炭みたいだ。そしてその上には無数の人がいて、そしてその波はぶつかり合っている。俺はそれが、ひどく見慣れたもんだと気がついた。戦争だ。鴉が舞い飛んでいることに気がついた。焼け焦げた城塞が見える。城塞は包囲されている。守備する兵士たちは頑強で、守りは破られないかに見えたが、人よりも大きい、鴉の下半身と女の上半身を持つ存在が燃える武器を手にそこに突撃した時、それらは粉砕された。戦士たちは倒れ、その上を新たな戦士が駆ける。世界は一つの形を取らないように見える。波打つようにして、戦場は形を変え、そして戦士たちは望むがままに戦っていた。
ここはハルマゲドンだ。俺には分かった。ここはヴァハリガンの戦士たちが行き着く先なのだ。そして、これを見ている意味も分かった。それは問いなのだ。喜ばしき戦士の楽園。永遠の戦場。お前はこれを今、拒もうとしている。現世にて、永遠に戦い続けるために。その覚悟はあるか、と。
見慣れた顔が幾つかあった。遥か下にいるはずなのに、その顔は鮮明に見えた。それは、随分昔に死んだ兄弟姉妹だった。そしてその隣に、ヴァルバーンの姿が見えた。あいつは歯を剥いて、嬉しそうに相手の頭をかち割っていた。
別のものも見えた。それは、世界の中にあっても一際暗い一角にあった。そこは名誉なき灰の山だった。そこには、空っぽの鎧が幾つも埋まり、その全てには、色を失ったヴァハリガンの聖印があった。敗れた者たち。それは、永遠に戦い続けることを果たせなかった者たち、拒んだはずのハルマゲドンへと、流れ着いてしまった者たち。
眼差しを感じた。揺るぎなく、燃えるような眼差しを。遥かに強大な何かだと、分かる。何もかも焼き尽くす眼差し。俺はただ、頷いた。少なくとも、そうしたように思う。
再び炎の中にいた。だが、火は熱くない。むしろ、清水のように冷たい。その舌が撫でる感触で、鎧の中にいることに気がついた。今まで身につけたどんな鎧よりも分厚く重たい鎧。そしてその中には、融けた金属が満ちている。分かった。この体には飢えも衰えもない。それはずっと、灼けている。手を握った。そこには、武器の柄があった。かつて手にしたどんな武器よりも、自然に馴染み、決して離れることのない完璧なものが。目を開こうとした時、瞼がないことに気がついた。それはずっと開かれている。見える世界の全ては燃えて、明るい。気がつけば、足は大地を踏んでいた。二本の足で地面を踏んだ日から、これほど確かに地面を踏み締めたことはなかった。
火は消えていた。周りには、ただ灰ばかりが積もっていた。しかし、ヴァハリガンの印が輝く鎧の内には、渦巻き続ける融けた鉄があった。手には槌と斧を握っていた。二振りの武器は、それぞれの腕と炎の鎖で繋がれていた。
戦士たちは盾を打ち鳴らした。それは再鍛者への賞賛であった。永遠の使命を負った者への賞賛。ハルマゲドンへと向かわぬ者への賞賛。この世にハルマゲドンを呼び込むためだけに生きる者への賞賛。
再鍛造 考える水星 @mercuryman
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