……やっぱり、偏見じゃないかも。(フレイア)
フィデルという家は、流石国一番の金融商会というだけあって広く豪奢な家だった。市井の成金の家のような嫌味な調度品が置いてあるわけでもなく、しっかりと目利きの利いた価値のある、それでいて客人がくつろげるような落ち着いた部屋作りがされている。
貴族でもここまで立派な屋敷を用意できる家は少ない。それだけフィデル家が力を持っているという証拠でもあるし、だからこそ貴族の血が欲しいというフィデルの家の意向もよく理解できる。
「さて、約束の時間まではまだ少し時間があるが……それまでこの家でどうかくつろいでいてくれ。自分の家のように振舞ってくれても構わないよ」
「私はまだ部外者ですから、ご遠慮させていただきますわ」
フィデル家の客室に通されてからそんなことを言われる。言外に「もうすぐお前の家になる場所でもあるのだから」と言っているようだが、それはすなわちまだ私の家ではないということだ。
……はぁ。こんな風にあまり刺々しくしていても良いことはないのはわかっている。このままいけばこの家の使用人と関係を築き、奥向きのことをしっかりとこなせるようになる必要があるのだから。
私の意志がどうというのはあまり関係がない。そんなの貴族の子女として生まれたのなら当たり前だ。
私の両親もこの話が決まった時にすまなさそうな顔を私に向けてきていたが、このフィデル家との約束を反故にするつもりは無いことはわかっている。今は別室で最後の協議中だろう。事ここにきて私にできることは何もない。
「まぁ、好きにするといい。僕は少し用事があるから席を外させてもらうよ。何かあれば部屋の外にメイドが控えているから呼びつけるといい」
扉の傍の壁に掛けられている鈴を指しつつ席を立つルキウス。その対応は紳士然としているし、顔は確かに貴族でもなかなか見ないくらいに整っている。上辺だけを見れば女性が黄色い声を上げるのも頷ける。私の学友にもルキウスに色めき立っている子はいる。……貴族の男子らしい立ち居振る舞いは、私にとっては全然カッコよく映らないのだけれど。
そんなルキウスの向かい側にテーブルを挟んで座っている私は、短く「わかりました」とだけ返事をした。
「……何を期待しているかは知らないけど、いい加減切り替えた方がいい。今日が過ぎれば君とディッカ・レジスは赤の他人だ。彼が英雄のようにここに現れて君を連れて行くなんてことは起きないし、そもそも彼はこのことを知らないんだろう? まあ、仮に君が話していたとしても彼にはどうしようもできないことに変わりはない」
立ち上がったままのルキウスの表情に呆れの色が混じった。
その指摘に私の心臓が少しだけ跳ね上がった。
「……私が彼に何か期待しているように見えましたか?」
「少なくとも、いまだに僕との婚約に納得がいっていないのは見ていればわかるさ。僕も別にモンスターじゃないからね、君の気持ちは理解できるとも。でも、それとこれとは話は別だ。そういう態度は今日までにしてくれ。君もこの家の人間と関係が拗れるのは望むところではないだろう?」
……ルキウスの言っていることは正論で、私はその言葉に反論する術を持たない。そもそも私はディッカにこのことについて話しはしたけど、どうにかしてほしいなんて恥知らずなお願いはしていない。
ディッカが私の――スピリッツ家の借金を肩代わりする義務は全くない。普通の家ならよっぽど何か利益が無い限り、借金のある家との婚約なんて継続しないに決まってる。
だから、今のこれは私の気持ちの問題だけで。いい加減現実を受け入れて、ルキウスとのこれから、フィデル家でのこれからについて考えを巡らせるべきなんだ。
しなければならないことはたくさんあるはずで、覚えなければいけないこともたくさんあるはずだ。一度フィデルの家の人間になってしまえば、その家での立ち居振る舞いや事業についての知識を蓄えなければいけない。
金融については専門外で今まで勉強したことはほとんどないけど、私なら覚えるのにそれほど苦労しないだろう。自惚れでもなんでもなく、それだけの能力があると自負している。……フィデル家もそんな私の能力を見込んでの、この話だったのかもしれないけれど。
正直フィデル家の金融資産になびく貴族の家なんていくらでもあるはずだ。貴族だからといってすべての家が裕福に暮らしているわけではないのだから。その中であってわざわざスピリッツ家に融資をしてこんな条件を出してきたのは、できるだけ優秀な貴族の血を取り入れたいという考えがあるからだろう。
「さっさとディッカ・レジスのことは忘れるんだね。それが君にとって最も心が軽くなる方法だよ」
「……」
「ま、忘れられないならそれはそれでいいとも」
立ち上がった状態から腰をかがめて、私の目の前まで顔を寄せてくるルキウス。
その瞳が歪んで見えるのは、きっと私のルキウスに対する偏見だろう。
「忘れられない男がいる。そういう女を時間をかけて僕の女にするのも悪くないしね」
そう言って私から視線を外すと、ルキウスは軽い足取りで部屋から出て行った。
……やっぱり、偏見じゃないかも。
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